上 下
3 / 7

承 その①

しおりを挟む
「それで、このような公の場で婚約破棄を言い渡した理由をお聞かせください。皆を巻き込まずとも二人きりの時に言い渡せば宜しかったかと」
「当然皆に知ってもらいたかったからだ。いかに貴様の心が醜く浅ましいかをな。現に貴様は自分の罪を認めずに言い訳ばかり並べているではないか」
「……。この婚約は王家と公爵家で結ばれたもの。国王陛下と父の宰相閣下には話を通しているのですか?」
「父上も宰相も理解してくれるに決まっている」
「つまり、事後承諾を取るつもりだ、と仰るのですね?」

 王太子殿下がエリザベス様に愛想尽かしたにせよ、真実の愛を貫こうとするにせよ、このやり方は実にまずいです。あまりにも自分勝手で周囲が見えておらず、迷惑を掛けるどころか自分の破滅すら呼びかねないのに。

 何故なら貴族の婚約とは家同士の契約。それを勝手に反故するどころか当主の許しを得ていないだなんてありえません。今回は王太子殿下が一方的にエリザベス様を突き放したんですから、非は全面的に王太子殿下にあります。

「では父には私から報告しますので、国王陛下には殿下からお願いします」
「いや駄目だ。貴様のことだ、自分は悪くないと嘘八百を並べるつもりだろう。宰相を誤解させないためにも私から説明する」
「……そうですか。どうぞご随意に」

 エリザベス様は会釈し、祝いの場を台無しにしたから早退すると告げて踵を返したその時でした。会場入口から物々しい雰囲気が漂い、扉が開かれたのです。現れた方々に一同が臣下の礼を取りました。あの男爵令嬢ですら。

 姿を見せたのは国王陛下ご夫妻と宰相閣下ご夫妻、そして王弟殿下でした。
 王太子殿下とエリザベス様の卒業祝いですので親が参加するのはごく自然なことですが、国王陛下御自らが姿を見せるとあれば緊張が走るのは無理がありません。

「ヘンリーよ、これは一体何の騒ぎだ?」

 国王陛下は厳格な声で息子に問いかけました。
 王太子殿下は仰々しく頭を下げ、これまでの経緯を説明しました。いかに自分が男爵令嬢を愛しているか、いかにエリザベス様が醜いか。とても誇らしげに、自分が正しいと信じて疑わずに。……周囲の視線には全く気づかないで。

 実に滑稽な道化ですね! 宰相閣下が怒りで顔を真っ赤にしていますし、公爵夫人は今にも扇をへし折りそうですし、王妃様は今にも気絶しそうですよ。極めつけが国王陛下で、一見表情を全く変えていませんが、目が全く笑っていません。

「――と言ったわけですので父上! パトリシアとの婚約を認めていただきたい!」
「……」

 この空気の読めなさはある意味羨ましい限りです。

 ひとしきりの説明を聞いた国王陛下は眉間にシワを寄せて王弟殿下と小声で話し合います。それから再び王太子殿下の方を向きましたが、先程までと打って変わって顔を引き締めていました。そう、父としてではなく国王として。

「ヘンリー。現時点をもって王太子の地位を剥奪。王家より除籍とする」
「なっ……!?」
「そして国王たる余の命令に逆らった罪への罰として国外追放に処す」

 そして、自らの口から重い処分を告げました。

「な、何故ですか!? どうしてこの私が王太子失格だと……!」
「黙れっ!」
「ひっ!?」

 国王陛下に怒鳴られた王太子殿下は情けない悲鳴をあげました。これが男爵令嬢を守るんだと息巻いていた彼だなんて想像も付きません。

「宰相の娘エリザベスとの婚約を決めたのは余だ。それを身勝手にも破棄した貴様は余の命に逆らった反逆者に他ならぬ。自害を命じぬだけ慈悲深いと思え」
「それはあんまりです! 私は何も悪くない! 全部エリザベスが――!」
「もはや聞くに耐えんな。おい、早く此奴を黙らせろ」
「な、何をする貴様ら……!」

 国王陛下が従えていた近衛兵達が王太子殿下を取り押さえ、彼の口元を布で縛り付けました。
 王太子殿下は何やら文句を言っているようですが、もがもがとしか聞こえてきません。あと口で息出来ないせいか鼻息が荒いです。組み伏せられているので今の殿下は皆に見下される状態。どのような感想を抱いたでしょうか?

 殿下を見つめる眼差しは様々。驚愕に彩られた方もいれば失笑を含める方もいました。国王陛下は失望、王妃様は絶望、公爵夫妻は憤怒、王弟殿下は軽蔑でしょうかね。エリザベス様は……殿下を視界に収めてすらいませんでした。

「ほら兄上、言ったとおりだったでしょう? 王太子は自分が正しいと思いこみがちだから、物事を偏って見てしまうって」
「少しでも公正に調べればエリザベスが潔白だとすぐに分かっただろうに……。ヘンリーに期待した余が愚かだったのか?」
「息子に期待するのは父親として当然です。残念ながら彼が答えなかっただけですから、兄上がそこまで悲観しなくてもいいかと」
「残念だ。あやつでもエリザベスが支えられれば無難な王になれただろうに」

 国王陛下はエリザベス様の方へと歩み寄り、なんと頭を下げました。

「すまなかった。愚息のせいでそなたにつらい思いをさせた」

 君主たる国王が謝罪するなんて、権威が崩れるので決してあってはなりません。
 それだけこの度の王太子殿下がしでかした失態が重大なんでしょう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

農地スローライフ、始めました~婚約破棄された悪役令嬢は、第二王子から溺愛される~

可児 うさこ
恋愛
前世でプレイしていたゲームの悪役令嬢に転生した。公爵に婚約破棄された悪役令嬢は、実家に戻ったら、第二王子と遭遇した。彼は王位継承より農業に夢中で、農地を所有する実家へ見学に来たらしい。悪役令嬢は彼に一目惚れされて、郊外の城で一緒に暮らすことになった。欲しいものを何でも与えてくれて、溺愛してくれる。そんな彼とまったり農業を楽しみながら、快適なスローライフを送ります。

悪役令嬢は、あの日にかえりたい

桃千あかり
恋愛
婚約破棄され、冤罪により断頭台へ乗せられた侯爵令嬢シルヴィアーナ。死を目前に、彼女は願う。「あの日にかえりたい」と。 ■別名で小説家になろうへ投稿しています。 ■恋愛色は薄め。失恋+家族愛。胸糞やメリバが平気な読者様向け。 ■逆行転生の悪役令嬢もの。ざまぁ亜種。厳密にはざまぁじゃないです。王国全体に地獄を見せたりする系統の話ではありません。 ■覚悟完了済みシルヴィアーナ様のハイスピード解決法は、ひとによっては本当に胸糞なので、苦手な方は読まないでください。苛烈なざまぁが平気な読者様だと、わりとスッとするらしいです。メリバ好きだと、モヤり具合がナイスっぽいです。 ■悪役令嬢の逆行転生テンプレを使用した、オチがすべてのイロモノ短編につき、設定はゆるゆるですし続きません。文章外の出来事については、各自のご想像にお任せします。 ※表紙イラストはフリーアイコンをお借りしました。 ■あままつ様(https://ama-mt.tumblr.com/about)

婚約破棄された悪役令嬢は辺境で幸せに暮らす~辺境領主となった元悪役令嬢の楽しい日々~

六角
恋愛
公爵令嬢のエリザベスは、婚約者である王太子レオンから突然の婚約破棄を言い渡される。理由は王太子が聖女と恋に落ちたからだという。エリザベスは自分が前世で読んだ乙女ゲームの悪役令嬢だと気づくが、もう遅かった。王太子から追放されたエリザベスは、自分の領地である辺境の地へと向かう。そこで彼女は自分の才能や趣味を生かして領民や家臣たちと共に楽しく暮らし始める。しかし、王太子や聖女が放った陰謀がエリザベスに迫ってきて……。

【完結】悪役令嬢、ヒロインはいじめない

荷居人(にいと)
恋愛
「君とは婚約破棄だ!」 きっと睨み付けて私にそんなことを言い放ったのは、私の婚約者。婚約者の隣には私とは別のご令嬢を肩に抱き、大勢の前でざまぁみろとばかりに指をこちらに差して叫ぶ。 「人に指を差してはいけませんと習いませんでした?」 周囲がざわつく中で私はただ冷静に注意した。何故かって?元々この未来を私は知っていたから。だから趣旨を変えてみたけどゲームの強制力には抗えないみたい。 でもまあ、本番はここからよね。

転生した悪役令嬢はシナリオ通りに王子に婚約破棄されることを望む

双葉葵
恋愛
悪役令嬢メリッサ・ローランドは、卒業式のパーティで断罪され追放されることを望んでいる。 幼い頃から見てきた王子が此方を見てくれないということは“運命”であり決して変えられない“シナリオ”通りである。 定刻を過ぎても予定通り迎えに来ない王子に一人でパーティに参加して、訪れる断罪の時を待っていたけれど。険しい顔をして現れた婚約者の様子が何やら変で困惑する。【こんなの“シナリオ”になかったわ】 【隣にいるはずの“ローズ”(ヒロイン)はどこなの?】 *以前、『小説家になろう』であげていたものの再掲になります。

その国外追放、謹んでお受けします。悪役令嬢らしく退場して見せましょう。

ユズ
恋愛
乙女ゲームの世界に転生し、悪役令嬢になってしまったメリンダ。しかもその乙女ゲーム、少し変わっていて?断罪される運命を変えようとするも失敗。卒業パーティーで冤罪を着せられ国外追放を言い渡される。それでも、やっぱり想い人の前では美しくありたい! …確かにそうは思ったけど、こんな展開は知らないのですが!? *小説家になろう様でも投稿しています

悪役令嬢に仕立てあげられて婚約破棄の上に処刑までされて破滅しましたが、時間を巻き戻してやり直し、逆転します。

しろいるか
恋愛
王子との許婚で、幸せを約束されていたセシル。だが、没落した貴族の娘で、侍女として引き取ったシェリーの魔の手により悪役令嬢にさせられ、婚約破棄された上に処刑までされてしまう。悲しみと悔しさの中、セシルは自分自身の行いによって救ってきた魂の結晶、天使によって助け出され、時間を巻き戻してもらう。 次々に襲い掛かるシェリーの策略を切り抜け、セシルは自分の幸せを掴んでいく。そして憎しみに囚われたシェリーは……。 破滅させられた不幸な少女のやり直し短編ストーリー。人を呪わば穴二つ。

辺境伯と悪役令嬢の婚約破棄

六角
恋愛
レイナは王国一の美貌と才能を持つ令嬢だが、その高慢な態度から周囲からは悪役令嬢と呼ばれている。彼女は王太子との婚約者だったが、王太子が異世界から来た転生者であるヒロインに一目惚れしてしまい、婚約を破棄される。レイナは屈辱に耐えながらも、自分の人生をやり直そうと決意する。しかし、彼女の前に現れたのは、王国最北端の辺境伯領を治める冷酷な男、アルベルト伯爵だった。

処理中です...