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起 その②
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「さらに、貴様はパトリシアを迫害していただろう!」
「身に覚えがありません。注意、指導こそすれ、彼女を傷つける真似など……」
「しらばっくれるな! 貴様の崇拝する者がパトリシアに何をしたか、知らぬとは言わさんぞ!」
「それについては私からも彼女達に注意しています。私に怒りを向けるのはおかしいとは思わないのですか?」
「はっ、連中を問いただしたら口を揃えて貴様のためにやった、と白状したぞ」
「成程、私の名を騙っていたのですね。今後のお付き合いの参考に致します」
当然王太子殿下と男爵令嬢が仲睦まじく学園生活を送る光景を好ましく思わない者達もおります。むしろ貴族令嬢の多くがそうだった筈です。そのうちの何名かが過激にも男爵令嬢に直接分からせようとしても、何も不思議ではないでしょう。
例えば筆記具や教科書等を壊されたり、わざとぶつかってこられたり、会話の輪から仲間外れにしたり。陰湿な、しかし大事にならない絶妙な手口で男爵令嬢の心を追い詰めていったのです。
ですがそれでも王太子殿下の男爵令嬢の交流……いえ、交際は続きました。いえ、むしろ障害が出現する度に更に深まったとも言えます。
男爵令嬢が傷つけられると王太子殿下は彼女を更に守りたいと思うようになり、男爵令嬢もそんな頼もしく優しい彼に惹かれていったのです。
「挙句の果てに暴漢を雇ってパトリシアを襲わせた! 絶対に許るわけにはいかん!」
「あのですね。そんなことをして私に一体どのような利があるのですか? もしパトリシアさんが暴漢に滅茶苦茶にされていたとしても、ヘンリー様はパトリシアさんを汚らわしい女だとお見捨てになったんですか?」
「そんなわけがないだろう。どれだけ汚されようが傷つこうが、最後にこの私の傍にいてくれればいい」
「なら、そんな無意味なことは致しませんわ。万が一実行に移すにしても、奴隷として遠い南の国に連れ去ってもらうかしていたでしょうね」
くっくとお笑いになったエリザベス様はとてもお美しく、同時に恐ろしかったです。
ちなみに事件は男爵令嬢が学園から帰る途中で起こりました。人気の少ない道で男爵令嬢は暴漢数名に襲われました。
宗教的な理由で貞淑だの純血だのが尊ばれるので、男に乱暴されたとあっては王太子殿下はおろか他のどの殿方ともまともに添い遂げられなくなります。雇い主はそんな明確な悪意から暴漢をけしかけたのでしょう。
幸いにも男爵令嬢はすんでの所で王太子殿下に救われました。大切な想い人を襲った輩を王太子殿下は許しておけず、彼は初めて人を殺めました。それでも飽き足らず、男爵令嬢が止めるまで王太子殿下はもはや息をしない暴漢に剣を振り下ろし続けました。
「ところで暴漢で思い出したのですが……その日は王宮に戻らなかったそうですね」
「当然だ。下賤な男共に襲われたんだぞ。深く傷ついたパトリシアを放っておけるか」
「それで未婚の男女が同じ屋根の下で一夜を明かした、と?」
「下衆の勘繰りだぞエリザベス! 私とパトリシアが褥を共にしたと言うのか!?」
「事実はもはやどうでもいいでしょう。王太子殿下ともあろうお方がそのような疑惑の種を生んだのが問題なのです」
「ふん。そこで愛する女性を放置する奴など男ではないな」
確かに王太子殿下の仰るとおり男爵令嬢との淫らな行為は無かったでしょう。
ただし、それはその日に限っての話です。
男爵令嬢は暴漢に襲われたせいで男性に恐怖心を抱くようになり、王太子殿下がつきっきりで癒やすようになっていきました。振るえる男爵令嬢の身体を王太子殿下が優しく抱きしめることも何度かありましたね。
極めつけは、王太子殿下が男爵令嬢に愛の告白をなさったことです。夕日で茜色に染まる学園、人気の無い場所でお二人は接吻を交わしたのでした。最初は軽く唇が触れ合う程度に、けれど段々と相手を求めるように深く濃厚に。
王太子殿下と男爵令嬢は男女の関係になった。
学園内でそれを疑わない者などもはやいないでしょう。
それほどまでに二人は愛を育んでしまったのです。
「よって貴様はこの私に相応しくない! 分かったか!?」
「全く分かりませんが、その命令承りました。これより私とヘンリー様……いえ、王太子殿下とは何の関係もございません」
「初めからそれだけ聞き分けが良ければまだ可愛げがあったのだがな」
エリザベス様は王太子殿下に恭しく頭を垂れました。婚約者としてではなくお受けに忠誠を誓う公爵家の娘として。
聞き分けがいい、でも思ったのでしょうか。王太子殿下は満足気に笑みをこぼすと、抱いていた愛する男爵令嬢へと口付けしました。
「パトリシア。これで私達を阻むうるさい奴は消えたぞ。幸せになろう」
「ヘンリー様ぁ。わたし、この日が来るのをずっと待ってました」
男爵令嬢が浮かべる天真爛漫な笑みは貴族令嬢が社交界でしてはいけない類です。
喜怒哀楽をそのまま表に出すのは下品である。それが常識らしいので。
ですがそれもその筈。男爵令嬢は男爵家に養子として迎え入れられたんですから。
大方男爵が下半身を緩くして愛人と子を作ったんだろう、と言われています。
そんな素朴な女性に王太子殿下が惹かれたのをあえて例えるなら、そうですね……庭園の薔薇ばかり見てきたお坊ちゃまが野花を綺麗だと思う感じですか。貴族令嬢に飽きた彼の周りにいなかった女子にまんまと釣られたわけです。
「身に覚えがありません。注意、指導こそすれ、彼女を傷つける真似など……」
「しらばっくれるな! 貴様の崇拝する者がパトリシアに何をしたか、知らぬとは言わさんぞ!」
「それについては私からも彼女達に注意しています。私に怒りを向けるのはおかしいとは思わないのですか?」
「はっ、連中を問いただしたら口を揃えて貴様のためにやった、と白状したぞ」
「成程、私の名を騙っていたのですね。今後のお付き合いの参考に致します」
当然王太子殿下と男爵令嬢が仲睦まじく学園生活を送る光景を好ましく思わない者達もおります。むしろ貴族令嬢の多くがそうだった筈です。そのうちの何名かが過激にも男爵令嬢に直接分からせようとしても、何も不思議ではないでしょう。
例えば筆記具や教科書等を壊されたり、わざとぶつかってこられたり、会話の輪から仲間外れにしたり。陰湿な、しかし大事にならない絶妙な手口で男爵令嬢の心を追い詰めていったのです。
ですがそれでも王太子殿下の男爵令嬢の交流……いえ、交際は続きました。いえ、むしろ障害が出現する度に更に深まったとも言えます。
男爵令嬢が傷つけられると王太子殿下は彼女を更に守りたいと思うようになり、男爵令嬢もそんな頼もしく優しい彼に惹かれていったのです。
「挙句の果てに暴漢を雇ってパトリシアを襲わせた! 絶対に許るわけにはいかん!」
「あのですね。そんなことをして私に一体どのような利があるのですか? もしパトリシアさんが暴漢に滅茶苦茶にされていたとしても、ヘンリー様はパトリシアさんを汚らわしい女だとお見捨てになったんですか?」
「そんなわけがないだろう。どれだけ汚されようが傷つこうが、最後にこの私の傍にいてくれればいい」
「なら、そんな無意味なことは致しませんわ。万が一実行に移すにしても、奴隷として遠い南の国に連れ去ってもらうかしていたでしょうね」
くっくとお笑いになったエリザベス様はとてもお美しく、同時に恐ろしかったです。
ちなみに事件は男爵令嬢が学園から帰る途中で起こりました。人気の少ない道で男爵令嬢は暴漢数名に襲われました。
宗教的な理由で貞淑だの純血だのが尊ばれるので、男に乱暴されたとあっては王太子殿下はおろか他のどの殿方ともまともに添い遂げられなくなります。雇い主はそんな明確な悪意から暴漢をけしかけたのでしょう。
幸いにも男爵令嬢はすんでの所で王太子殿下に救われました。大切な想い人を襲った輩を王太子殿下は許しておけず、彼は初めて人を殺めました。それでも飽き足らず、男爵令嬢が止めるまで王太子殿下はもはや息をしない暴漢に剣を振り下ろし続けました。
「ところで暴漢で思い出したのですが……その日は王宮に戻らなかったそうですね」
「当然だ。下賤な男共に襲われたんだぞ。深く傷ついたパトリシアを放っておけるか」
「それで未婚の男女が同じ屋根の下で一夜を明かした、と?」
「下衆の勘繰りだぞエリザベス! 私とパトリシアが褥を共にしたと言うのか!?」
「事実はもはやどうでもいいでしょう。王太子殿下ともあろうお方がそのような疑惑の種を生んだのが問題なのです」
「ふん。そこで愛する女性を放置する奴など男ではないな」
確かに王太子殿下の仰るとおり男爵令嬢との淫らな行為は無かったでしょう。
ただし、それはその日に限っての話です。
男爵令嬢は暴漢に襲われたせいで男性に恐怖心を抱くようになり、王太子殿下がつきっきりで癒やすようになっていきました。振るえる男爵令嬢の身体を王太子殿下が優しく抱きしめることも何度かありましたね。
極めつけは、王太子殿下が男爵令嬢に愛の告白をなさったことです。夕日で茜色に染まる学園、人気の無い場所でお二人は接吻を交わしたのでした。最初は軽く唇が触れ合う程度に、けれど段々と相手を求めるように深く濃厚に。
王太子殿下と男爵令嬢は男女の関係になった。
学園内でそれを疑わない者などもはやいないでしょう。
それほどまでに二人は愛を育んでしまったのです。
「よって貴様はこの私に相応しくない! 分かったか!?」
「全く分かりませんが、その命令承りました。これより私とヘンリー様……いえ、王太子殿下とは何の関係もございません」
「初めからそれだけ聞き分けが良ければまだ可愛げがあったのだがな」
エリザベス様は王太子殿下に恭しく頭を垂れました。婚約者としてではなくお受けに忠誠を誓う公爵家の娘として。
聞き分けがいい、でも思ったのでしょうか。王太子殿下は満足気に笑みをこぼすと、抱いていた愛する男爵令嬢へと口付けしました。
「パトリシア。これで私達を阻むうるさい奴は消えたぞ。幸せになろう」
「ヘンリー様ぁ。わたし、この日が来るのをずっと待ってました」
男爵令嬢が浮かべる天真爛漫な笑みは貴族令嬢が社交界でしてはいけない類です。
喜怒哀楽をそのまま表に出すのは下品である。それが常識らしいので。
ですがそれもその筈。男爵令嬢は男爵家に養子として迎え入れられたんですから。
大方男爵が下半身を緩くして愛人と子を作ったんだろう、と言われています。
そんな素朴な女性に王太子殿下が惹かれたのをあえて例えるなら、そうですね……庭園の薔薇ばかり見てきたお坊ちゃまが野花を綺麗だと思う感じですか。貴族令嬢に飽きた彼の周りにいなかった女子にまんまと釣られたわけです。
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