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起 その①
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「エリザベス! お前との婚約は破棄する!」
貴族の子息・息女の学び舎たる王立学園において年に一度開かれる卒業生を祝う場にて、王太子殿下は婚約者である公爵令嬢のエリザベス様に向けてそのように宣言なさいました。あまりに突然でして、会場にいらっしゃった方々の注目を残らず集める程でした。
王太子殿下の口調はまるで毛嫌いする……いえ、もう憎悪の対象に向けてものだったと言えます。それほど重く、冷たく、鋭く。もし言葉が刃になるんだとしたら今頃公爵令嬢様は身体中串刺しになっていたことでしょう。
「そして、私は今ここで男爵令嬢パトリシアと婚約を結ぶことを表明する!」
「嬉しいですヘンリー様ぁ」
そして、口角を釣り上げた王太子殿下は男爵令嬢のパトリシアの腰に手を回して自分の方へと引き寄せました。パトリシアもまた猫を撫でるような甘い声を出して王太子殿下へすり寄ります。意図的にか無意識か、中々豊満な胸を押し付けるように。
はっきり申し上げますと、こんなのは異常事態としか表現出来ません。
いえ、正確にはこのお祝いが始まった時からその兆候はありました。
まず、学園を卒業する貴族のご子息、ご息女の方々の大半はすぐ後にご結婚なさいます。これは卒業と同時に大人の仲間入りとみなされるためです。よって、卒業生を送る祝いの場では卒業生は伴侶となる婚約者とともに入場するのが通例となっています。
しかし、エリザベス様はなんと単身で姿をお見せになったのです。
そして、王太子殿下はこともあろうに男爵令嬢を連れ立ってきました。
「……まず、理由をお聞かせ願いますか?」
「ふんっ。相変わらず無愛想でつまらん奴だ。お前のような小うるさく意地の悪い女と結婚するなどありえん。その点、パトリシアは私に優しく、可愛く、一緒にいて楽しい。お前を見限るのは当然だろう」
「私とヘンリー様の婚約は王家と公爵家の絆を確かなものとするためのもの。愛があろうがなかろうが、私達は夫婦にならなければなりません」
「その偉そうな態度が気に入らんと言っている! 私はパトリシアと出会い、真実の愛に目覚めたのだ! お前など必要無い!」
王太子殿下の決別宣言は、けれど観衆を驚かせませんでした。
むしろ漂うのは大半が呆れ、諦め。一部はよくぞ言ったと盛り上がりましたか。
「パトリシアさんとの出会い、とは今からおおよそ一年前でしたか」
「ああそうだ。あの時からパトリシアは私が守ってやらねば、と思ったものだ」
王太子殿下と男爵令嬢の出会い、それは王太子殿下とエリザベス様が最高学年に進級し、男爵令嬢が新入生として入学した頃の話です。男爵令嬢が足をもつれさせて転んだ時、王太子殿下が優しく手を差し伸べたのでしたね。
それから王太子殿下と男爵令嬢が時間を共にする機会が度々ありました。学園活動費用や学法、行事を司る生徒会の役員に選出されてからは毎日のように交流を深めていましたね。
「それだけではないぞ。貴様は事あるごとにパトリシアを誹謗中傷したではないか!」
「いくら寛容な学園という空間の中でも節度がございます。パトリシアさんはヘンリー様に馴れ馴れしく接しすぎでしたので注意したまでです」
「貴様のことだ、どうせ口汚く罵ったのだろう!」
「あの程度を罵りと仰られますと、もはや私は黙るしかありませんわ」
当然ですが異性と交流するな、とまでは言いません。それでも婚約者のいる殿方の身体に気安く声をかける、触れる等していては咎められても仕方がありません。ましてや相手は王太子殿下なのですから、言われなくても弁えるのが当然でしょう。
初めのうちは寛大だったエリザベス様も段々と見過ごせなくなり、何度か男爵令嬢に注意しました。ですが男爵令嬢はあろうことかそれを王太子殿下に報告、王太子殿下がエリザベス様に怒ったものですから、事態は悪くなる一方でした。
「それに貴様はこの前の夜会でパトリシアの正装に難癖をつけたではないか!」
「それは王太子殿下が婚約者たる私を蔑ろにしてパトリシアさんの正装を準備したからでしょう。そればかりか宝飾品も彼女にあげたそうですね」
「パトリシアの実家の男爵家は貧乏だからな。夜会に相応しい衣装を用意したまでだ。まさか学園の制服で参加すべきだった、とでも言うつもりか?」
「学園にはそんな事態も想定して何着か貸出用の正装もあったでしょう。男爵家の懐事情は皆様ご存知だったんですし、借り物を着たって別に恥でも何でもありませんわ」
「どうだか。貴様のことだ、みすぼらしいだのと嘲笑ったことだろうな」
「……他の方は知りませんが、私はそんな真似は致しません」
王太子殿下はよほど男爵令嬢を気に入ったのか、過度に甘やかすようになりました。男爵令嬢との時間が婚約者と過ごす時間より多くなりましたし、何かと男爵令嬢に貢ぐ……もとい、贈り物を送るようになったのです。
勿論エリザベス様は苦言を呈しましたが王太子殿下は聞く耳を持ちませんでした。それどころか僻みだの妬みだなどとエリザベス様を口撃なさったのです。ああそうそう、あとエリザベス様に何か送っても反応が薄くて面白くない、とも仰ってましたね。
貴族の子息・息女の学び舎たる王立学園において年に一度開かれる卒業生を祝う場にて、王太子殿下は婚約者である公爵令嬢のエリザベス様に向けてそのように宣言なさいました。あまりに突然でして、会場にいらっしゃった方々の注目を残らず集める程でした。
王太子殿下の口調はまるで毛嫌いする……いえ、もう憎悪の対象に向けてものだったと言えます。それほど重く、冷たく、鋭く。もし言葉が刃になるんだとしたら今頃公爵令嬢様は身体中串刺しになっていたことでしょう。
「そして、私は今ここで男爵令嬢パトリシアと婚約を結ぶことを表明する!」
「嬉しいですヘンリー様ぁ」
そして、口角を釣り上げた王太子殿下は男爵令嬢のパトリシアの腰に手を回して自分の方へと引き寄せました。パトリシアもまた猫を撫でるような甘い声を出して王太子殿下へすり寄ります。意図的にか無意識か、中々豊満な胸を押し付けるように。
はっきり申し上げますと、こんなのは異常事態としか表現出来ません。
いえ、正確にはこのお祝いが始まった時からその兆候はありました。
まず、学園を卒業する貴族のご子息、ご息女の方々の大半はすぐ後にご結婚なさいます。これは卒業と同時に大人の仲間入りとみなされるためです。よって、卒業生を送る祝いの場では卒業生は伴侶となる婚約者とともに入場するのが通例となっています。
しかし、エリザベス様はなんと単身で姿をお見せになったのです。
そして、王太子殿下はこともあろうに男爵令嬢を連れ立ってきました。
「……まず、理由をお聞かせ願いますか?」
「ふんっ。相変わらず無愛想でつまらん奴だ。お前のような小うるさく意地の悪い女と結婚するなどありえん。その点、パトリシアは私に優しく、可愛く、一緒にいて楽しい。お前を見限るのは当然だろう」
「私とヘンリー様の婚約は王家と公爵家の絆を確かなものとするためのもの。愛があろうがなかろうが、私達は夫婦にならなければなりません」
「その偉そうな態度が気に入らんと言っている! 私はパトリシアと出会い、真実の愛に目覚めたのだ! お前など必要無い!」
王太子殿下の決別宣言は、けれど観衆を驚かせませんでした。
むしろ漂うのは大半が呆れ、諦め。一部はよくぞ言ったと盛り上がりましたか。
「パトリシアさんとの出会い、とは今からおおよそ一年前でしたか」
「ああそうだ。あの時からパトリシアは私が守ってやらねば、と思ったものだ」
王太子殿下と男爵令嬢の出会い、それは王太子殿下とエリザベス様が最高学年に進級し、男爵令嬢が新入生として入学した頃の話です。男爵令嬢が足をもつれさせて転んだ時、王太子殿下が優しく手を差し伸べたのでしたね。
それから王太子殿下と男爵令嬢が時間を共にする機会が度々ありました。学園活動費用や学法、行事を司る生徒会の役員に選出されてからは毎日のように交流を深めていましたね。
「それだけではないぞ。貴様は事あるごとにパトリシアを誹謗中傷したではないか!」
「いくら寛容な学園という空間の中でも節度がございます。パトリシアさんはヘンリー様に馴れ馴れしく接しすぎでしたので注意したまでです」
「貴様のことだ、どうせ口汚く罵ったのだろう!」
「あの程度を罵りと仰られますと、もはや私は黙るしかありませんわ」
当然ですが異性と交流するな、とまでは言いません。それでも婚約者のいる殿方の身体に気安く声をかける、触れる等していては咎められても仕方がありません。ましてや相手は王太子殿下なのですから、言われなくても弁えるのが当然でしょう。
初めのうちは寛大だったエリザベス様も段々と見過ごせなくなり、何度か男爵令嬢に注意しました。ですが男爵令嬢はあろうことかそれを王太子殿下に報告、王太子殿下がエリザベス様に怒ったものですから、事態は悪くなる一方でした。
「それに貴様はこの前の夜会でパトリシアの正装に難癖をつけたではないか!」
「それは王太子殿下が婚約者たる私を蔑ろにしてパトリシアさんの正装を準備したからでしょう。そればかりか宝飾品も彼女にあげたそうですね」
「パトリシアの実家の男爵家は貧乏だからな。夜会に相応しい衣装を用意したまでだ。まさか学園の制服で参加すべきだった、とでも言うつもりか?」
「学園にはそんな事態も想定して何着か貸出用の正装もあったでしょう。男爵家の懐事情は皆様ご存知だったんですし、借り物を着たって別に恥でも何でもありませんわ」
「どうだか。貴様のことだ、みすぼらしいだのと嘲笑ったことだろうな」
「……他の方は知りませんが、私はそんな真似は致しません」
王太子殿下はよほど男爵令嬢を気に入ったのか、過度に甘やかすようになりました。男爵令嬢との時間が婚約者と過ごす時間より多くなりましたし、何かと男爵令嬢に貢ぐ……もとい、贈り物を送るようになったのです。
勿論エリザベス様は苦言を呈しましたが王太子殿下は聞く耳を持ちませんでした。それどころか僻みだの妬みだなどとエリザベス様を口撃なさったのです。ああそうそう、あとエリザベス様に何か送っても反応が薄くて面白くない、とも仰ってましたね。
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