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Season 2 キャサリン・ランカスター
処刑まであと17日(後)
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「その時点で暗殺の失敗を確信し、撤退することにしました。そしてその判断は決して間違っていなかった、と今でも思っております」
「そこ、省略しないで。撤退の際も何かあったのでしょう?」
「……はい。暗殺役二名はもはや手遅れだ、と判断した私はすぐさま男爵邸の脱出に踏み切りました。そんな私に元部下はあろうことか、別れを告げる時のように手を振ったのです……!」
「なるほど。既に元部下は聖女側に取り込まれていたわけですね」
何のことはありません。ベラは謀られたのです。あえて隙を作って誘い込み、返り討ちにされたわけですか。内通者だった筈の元部下は案内役で、暗殺をこなす優秀な人材をみすみす向こうに取られた、という結果に終わったのです。
と、なれば、もはやシャーロットの暗殺は不可能と言っても良いでしょう。他の市民を巻き添えに大々的に事に及べば、あるいは食事や衣服に毒物を仕込むかすれば不可能ではありませんが、この一件でその実行役が信じられなくなりましたから。
「それで、この暗殺失敗について第一王宮騎士団から正式な抗議はありませんか?」
「いえ、今のところはありません」
「大騒ぎするつもりはない、ということですか……」
沈黙が部屋を支配します。考えれば考えるほど絶望的な状況に陥っていくようで、気が重くなります。こんな時はインクの付いていない筆を指で回して、と。ふう、だんだんと落ち着いてきました。
「やはりここは偉大なる先人、ヴィクトリア様の叡智にすがる他ありませんね」
「ヴィクトリア様の叡智、ですか?」
「そうですね。ではまず、ベラを試しましょう」
わたくしは机からとある物を引っ張り出し、ベラの前に置きました。とある絵が描かれた真鍮の板で、それを見たベラは目を大きく開きました。わたくしは足元のソレを指差し、かしずくベラを見下ろします。
「異教を信仰していないか、を確かめるための踏み絵というそうです。これを踏めればまだあの魔女の虜になっていない何よりの証明になるでしょう」
「シャーロットの肖像画……!?」
「勿論、ベラは踏めますよね? さあ、やりなさい」
「……それでは、失礼いたします」
立ち上がったベラは僅かな間だけ踏み絵を見つめ、そして次には憎しみで顔を歪ませながら思いっきり踏みつけました。そして執拗に踏みにじりました。詰らないよう必死に歯を食いしばりながら。
やはり、愚兄やサイラス達の心を奪った聖女には相当負の感情を抱いているようですね。今もわたくしの前なので、おそらくこれでもある程度自制はしていることでしょう。
溜飲が少し下がったのか、足を離したベラは再びわたくしへとかしずきました。わたくしも彼女の前で踏み絵に両足を乗せ、体重をかけます。良かった、心はさざ波一つ立ちません。わたくしはまだ聖女の虜にはなっていないようですね。
「これである程度は見抜けるはずです。これを使って王宮騎士団内の人員を洗い出し、次の任務に備えなさい」
「ありがたく頂戴いたします」
「頼みましたよ。わたくしにはもはや頼れる者は貴女を除いていませんから」
「……次こそは必ずやお役に立ってみせます」
ベラは踏み絵を手にして退室していきました。来た時と異なり、表情は少し明るく元気になっていました。どうやら踏み絵は彼女の希望になったようで、何よりです。
一人になった執務室でわたくしは椅子に寄りかかります。そして目元を押さえながら天井を仰ぎました。それはまるで無力にも天へと救いを求めるようで、わたくし個人はあまり好きではないのですがね。
「事態は何も改善していないのに、時間だけが刻一刻と過ぎていく……」
キャサリン様の潔白を証明したところで愚兄や父が聞き入れるとは思えず、シャーロットの暗殺は極めて困難。キャサリン様をお救いするには、もはや亡命していただくしかすべがないような……。
ふと、恐ろしい解決手段が頭に浮かびました。
それはいくら否定しても頭から離れず、むしろそれが最適解だろうと思うようになってきます。そうなればその下準備をどうすれば、と次々と考えが膨らんでいき、執務を忘れてしばし没頭してしまいました。
「わたくしが王権を行使してキャサリン様を無罪とする……」
その手段とは他ならぬ、王位の簒奪でした。
「そこ、省略しないで。撤退の際も何かあったのでしょう?」
「……はい。暗殺役二名はもはや手遅れだ、と判断した私はすぐさま男爵邸の脱出に踏み切りました。そんな私に元部下はあろうことか、別れを告げる時のように手を振ったのです……!」
「なるほど。既に元部下は聖女側に取り込まれていたわけですね」
何のことはありません。ベラは謀られたのです。あえて隙を作って誘い込み、返り討ちにされたわけですか。内通者だった筈の元部下は案内役で、暗殺をこなす優秀な人材をみすみす向こうに取られた、という結果に終わったのです。
と、なれば、もはやシャーロットの暗殺は不可能と言っても良いでしょう。他の市民を巻き添えに大々的に事に及べば、あるいは食事や衣服に毒物を仕込むかすれば不可能ではありませんが、この一件でその実行役が信じられなくなりましたから。
「それで、この暗殺失敗について第一王宮騎士団から正式な抗議はありませんか?」
「いえ、今のところはありません」
「大騒ぎするつもりはない、ということですか……」
沈黙が部屋を支配します。考えれば考えるほど絶望的な状況に陥っていくようで、気が重くなります。こんな時はインクの付いていない筆を指で回して、と。ふう、だんだんと落ち着いてきました。
「やはりここは偉大なる先人、ヴィクトリア様の叡智にすがる他ありませんね」
「ヴィクトリア様の叡智、ですか?」
「そうですね。ではまず、ベラを試しましょう」
わたくしは机からとある物を引っ張り出し、ベラの前に置きました。とある絵が描かれた真鍮の板で、それを見たベラは目を大きく開きました。わたくしは足元のソレを指差し、かしずくベラを見下ろします。
「異教を信仰していないか、を確かめるための踏み絵というそうです。これを踏めればまだあの魔女の虜になっていない何よりの証明になるでしょう」
「シャーロットの肖像画……!?」
「勿論、ベラは踏めますよね? さあ、やりなさい」
「……それでは、失礼いたします」
立ち上がったベラは僅かな間だけ踏み絵を見つめ、そして次には憎しみで顔を歪ませながら思いっきり踏みつけました。そして執拗に踏みにじりました。詰らないよう必死に歯を食いしばりながら。
やはり、愚兄やサイラス達の心を奪った聖女には相当負の感情を抱いているようですね。今もわたくしの前なので、おそらくこれでもある程度自制はしていることでしょう。
溜飲が少し下がったのか、足を離したベラは再びわたくしへとかしずきました。わたくしも彼女の前で踏み絵に両足を乗せ、体重をかけます。良かった、心はさざ波一つ立ちません。わたくしはまだ聖女の虜にはなっていないようですね。
「これである程度は見抜けるはずです。これを使って王宮騎士団内の人員を洗い出し、次の任務に備えなさい」
「ありがたく頂戴いたします」
「頼みましたよ。わたくしにはもはや頼れる者は貴女を除いていませんから」
「……次こそは必ずやお役に立ってみせます」
ベラは踏み絵を手にして退室していきました。来た時と異なり、表情は少し明るく元気になっていました。どうやら踏み絵は彼女の希望になったようで、何よりです。
一人になった執務室でわたくしは椅子に寄りかかります。そして目元を押さえながら天井を仰ぎました。それはまるで無力にも天へと救いを求めるようで、わたくし個人はあまり好きではないのですがね。
「事態は何も改善していないのに、時間だけが刻一刻と過ぎていく……」
キャサリン様の潔白を証明したところで愚兄や父が聞き入れるとは思えず、シャーロットの暗殺は極めて困難。キャサリン様をお救いするには、もはや亡命していただくしかすべがないような……。
ふと、恐ろしい解決手段が頭に浮かびました。
それはいくら否定しても頭から離れず、むしろそれが最適解だろうと思うようになってきます。そうなればその下準備をどうすれば、と次々と考えが膨らんでいき、執務を忘れてしばし没頭してしまいました。
「わたくしが王権を行使してキャサリン様を無罪とする……」
その手段とは他ならぬ、王位の簒奪でした。
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