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Season 2 キャサリン・ランカスター
処刑まであと23日(前)
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■Side フレデリック
「フレデリック殿下、ようこそいらっしゃいました」
スチュアート公爵家はアルビオン王国でも有数の名門で、その歴史を紐解くと何名もの王妃を輩出し、他国の王家や有力貴族に嫁ぎ、また逆に各国の王族の姫が嫁いできた。
公爵令嬢ジェーン・ステュアートもまた由緒正しい家の娘に相応しい教養と品格を持ち合わせていた。キャサリン・ランカスターを次の王太子妃に、と言い出されなければ、間違いなく彼女が次の王太子妃になっていたことだろう。
そんな彼女は隣国王子のフレデリックを屋敷に招き入れていた。無論、男女の逢瀬などではなく、学友としてである。本来の身分を踏まえれば外交面の交流にも結びつくほどの大事なのだが、年齢的に許される気さくな間柄を最大限利用した形だった。
「招待してくれてありがとう。話したいことが山程あるんだ」
「私もです。……どうやら殿下はうつつを抜かしていないご様子で」
「疑われるのは心外、と言いたいけれど、そうも言ってられないからね」
「立ち話も何ですし、お入りくださいませ」
婚約関係でもない二人には何ら過ちも無いことを証明するため、部屋にはフレデリックの護衛騎士とジェーンの侍女が片隅に控える。フレデリック達が声を落とせば従者達には聞こえず、さりとて何か異変があればすぐさま主を守れる距離だ。
念の為、フレデリックはジェーンの侍女が信用できるかを訪ね、ジェーンもまた同じくフレデリックの護衛騎士が信頼に値するかを問い、双方共に問題ないことを保証する。これもまた用心のためだった。
「フィリップ王子の独断から数日が経ったけれど、周囲の反応は?」
「王国貴族のうち半分ほど静観、残り半分は王太子殿下、もしくはキャサリン様を支持しておりますわ」
「意外だね。てっきり王族の命令には背かない貴族が大半と思っていたのだけれど」
「やはり前例があるのが影響しているのでしょう」
現在、アルビオン王国は王太子フィリップと公爵令嬢キャサリンのどちらが正しいかで割れていた。聖女や王家の正当性を謳う者は前者を、ヴィクトリア時代を教訓とする者は後者を選択している。表立ってフィリップを非難しているのは、そしてそれが許される世論となっているのは、ヴィクトリアという前例があるからだ。
そして、キャサリンとランカスター家を支持する筆頭こそが何を隠そう、ジェーン達スチュワート家である。この公爵家もヴィクトリア時代は最終的にヴィクトリアの支持に回っており、過去に続いて再び王家に異を唱えていた。
フィリップを支持する者達もその思惑は様々で、純粋に王家に従っているから支持する者、聖女への信仰心からくる者等がいたが、かの断罪の場でのフィリップの主張が正しいと公言する者が半数以上を占めていた。
「思っていた以上にあの魔女めは社交界に影響を及ぼしていたようで……。シャーロットが正しいのだからキャサリン様は間違っている、と疑っていないのです」
「学園生活を共にした同世代ならまだしも、大人達の中にも彼女を崇拝している者がいるのだから、驚きだ」
「それだけシャーロットは用意周到に各々を虜にしていったのでしょう。念入りに」
聖女シャーロット個人を支持する者達は彼女に魅了された為だ、とジェーンは見ている。それがいかなる手法なのかはまだ掴めていないが、そうでなければあの騎士の模範ともいうべき王宮騎士団長サイラスを初めとする各々の豹変ぶりに説明がつかなかった。
「それで、聖女支持者の共通点は何か分かったのかな?」
「少なくとも一回はシャーロットと接触したことがある、ぐらいしか共通点はありませんでしたわ。ですから王都に滞在しない地方は聖女の支持に熱狂する、なんて異常は起こっていませんし」
「接触があった、ってだけなら学園で何度も会っていた僕らが正気を保っているのはおかしい。逆に、彼女が単に可愛くて弁が立つだけだったらあそこまで支持を集められない筈だよね。それはどう考える?」
「おそらく、条件があるのでしょう。シャーロットに共感や好意を抱くことでその思いが増幅される、とか」
ジェーンはふと一つの可能性を思い浮かべる。
魅了や誘惑といった、人の心を操る外道な魔法を。
アルビオン王国の歴史を紐解けば、魅了や誘惑といった魔法の使い手は少なからず現れた。中には邪悪な野望を抱き、周囲の者達を次々と虜にして思うがままに弄ぶ者もいた。神は下界を眺めているのか、聖女といった奇跡を与えられし者もまた現れ、最悪を回避するのが常ではあったが。
では、あのシャーロットは魅了の魔法でフィリップ達の心を掴んだのだろうか? しかしシャーロットが人の傷を癒やす場面はジェーンも見ている。なら彼女は本物の聖女だろう。
果たして聖女と魔女が両立するのだろうか?
ジェーンには分からなかった。
「フレデリック殿下、ようこそいらっしゃいました」
スチュアート公爵家はアルビオン王国でも有数の名門で、その歴史を紐解くと何名もの王妃を輩出し、他国の王家や有力貴族に嫁ぎ、また逆に各国の王族の姫が嫁いできた。
公爵令嬢ジェーン・ステュアートもまた由緒正しい家の娘に相応しい教養と品格を持ち合わせていた。キャサリン・ランカスターを次の王太子妃に、と言い出されなければ、間違いなく彼女が次の王太子妃になっていたことだろう。
そんな彼女は隣国王子のフレデリックを屋敷に招き入れていた。無論、男女の逢瀬などではなく、学友としてである。本来の身分を踏まえれば外交面の交流にも結びつくほどの大事なのだが、年齢的に許される気さくな間柄を最大限利用した形だった。
「招待してくれてありがとう。話したいことが山程あるんだ」
「私もです。……どうやら殿下はうつつを抜かしていないご様子で」
「疑われるのは心外、と言いたいけれど、そうも言ってられないからね」
「立ち話も何ですし、お入りくださいませ」
婚約関係でもない二人には何ら過ちも無いことを証明するため、部屋にはフレデリックの護衛騎士とジェーンの侍女が片隅に控える。フレデリック達が声を落とせば従者達には聞こえず、さりとて何か異変があればすぐさま主を守れる距離だ。
念の為、フレデリックはジェーンの侍女が信用できるかを訪ね、ジェーンもまた同じくフレデリックの護衛騎士が信頼に値するかを問い、双方共に問題ないことを保証する。これもまた用心のためだった。
「フィリップ王子の独断から数日が経ったけれど、周囲の反応は?」
「王国貴族のうち半分ほど静観、残り半分は王太子殿下、もしくはキャサリン様を支持しておりますわ」
「意外だね。てっきり王族の命令には背かない貴族が大半と思っていたのだけれど」
「やはり前例があるのが影響しているのでしょう」
現在、アルビオン王国は王太子フィリップと公爵令嬢キャサリンのどちらが正しいかで割れていた。聖女や王家の正当性を謳う者は前者を、ヴィクトリア時代を教訓とする者は後者を選択している。表立ってフィリップを非難しているのは、そしてそれが許される世論となっているのは、ヴィクトリアという前例があるからだ。
そして、キャサリンとランカスター家を支持する筆頭こそが何を隠そう、ジェーン達スチュワート家である。この公爵家もヴィクトリア時代は最終的にヴィクトリアの支持に回っており、過去に続いて再び王家に異を唱えていた。
フィリップを支持する者達もその思惑は様々で、純粋に王家に従っているから支持する者、聖女への信仰心からくる者等がいたが、かの断罪の場でのフィリップの主張が正しいと公言する者が半数以上を占めていた。
「思っていた以上にあの魔女めは社交界に影響を及ぼしていたようで……。シャーロットが正しいのだからキャサリン様は間違っている、と疑っていないのです」
「学園生活を共にした同世代ならまだしも、大人達の中にも彼女を崇拝している者がいるのだから、驚きだ」
「それだけシャーロットは用意周到に各々を虜にしていったのでしょう。念入りに」
聖女シャーロット個人を支持する者達は彼女に魅了された為だ、とジェーンは見ている。それがいかなる手法なのかはまだ掴めていないが、そうでなければあの騎士の模範ともいうべき王宮騎士団長サイラスを初めとする各々の豹変ぶりに説明がつかなかった。
「それで、聖女支持者の共通点は何か分かったのかな?」
「少なくとも一回はシャーロットと接触したことがある、ぐらいしか共通点はありませんでしたわ。ですから王都に滞在しない地方は聖女の支持に熱狂する、なんて異常は起こっていませんし」
「接触があった、ってだけなら学園で何度も会っていた僕らが正気を保っているのはおかしい。逆に、彼女が単に可愛くて弁が立つだけだったらあそこまで支持を集められない筈だよね。それはどう考える?」
「おそらく、条件があるのでしょう。シャーロットに共感や好意を抱くことでその思いが増幅される、とか」
ジェーンはふと一つの可能性を思い浮かべる。
魅了や誘惑といった、人の心を操る外道な魔法を。
アルビオン王国の歴史を紐解けば、魅了や誘惑といった魔法の使い手は少なからず現れた。中には邪悪な野望を抱き、周囲の者達を次々と虜にして思うがままに弄ぶ者もいた。神は下界を眺めているのか、聖女といった奇跡を与えられし者もまた現れ、最悪を回避するのが常ではあったが。
では、あのシャーロットは魅了の魔法でフィリップ達の心を掴んだのだろうか? しかしシャーロットが人の傷を癒やす場面はジェーンも見ている。なら彼女は本物の聖女だろう。
果たして聖女と魔女が両立するのだろうか?
ジェーンには分からなかった。
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