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終幕・魔王は引き続き悪役令嬢になる
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聖戦での勝利の余韻が薄れた頃のある日、ユリアーナは教会で祈りを捧げていた。
純粋なる日々の恵みへの感謝ではなく文字通り神頼みの為に。
「神様……どうかこのわたしを助けてください……」
アーデルハイド達悪役令嬢三名はユリアーナもまた予言の書を持つ者の一人だと考えているが実は違う。彼女はたった一つのシナリオしか記されていない予言の書、所謂ラノベ版よりはるかにこの世界の動向や行く末について熟知していたから。
そう、彼女はヒロインである男爵令嬢ユリアーナ・フォン・ガーブリエルに生まれ変わった転生者だった。彼女だけが自分が今生きている世界がとある乙女ゲーそのままだと知っている。
彼女が自分が転生者と自覚したのは幼少の頃に高熱を出した時。突然自分よりも数倍長く生きた前世の知識と経験が頭の中に詰め込まれた衝撃は計り知れなかったが、彼女は新たに得た記憶を天からの恵みだと受け取った。
彼女はそれらを駆使して自分に都合が良いように立ち回った。平民に毛が生えた程度の財政事情だった男爵家を盛り上げ、本来ヒロインが見舞われる過酷な幼少期を回避し、そして物語の舞台となる学園へと駒を進めていった。
全ては自分が成り上がる為に。
ところがいざ本編部分の蓋を開けてみたら、屈指の人気を誇る攻略対象者上位三名を攻略する際に邪魔立てする悪役令嬢が最初から姿を見せているではないか! 魔王、魔竜、魔女。誰もが攻略対象者や他の友達と結んだ絆でようやく乗り越えていく相手なのに。
魔女はその献身ぶりでマクシミリアンの心を掴んだ。魔竜はその圧倒的強さでレオンハルトを虜とした。そして魔王はその絶対的自身でルードヴィヒの興味を惹いた。もはや一介の男爵令嬢ごときがどれ程足掻いたところで好感度が上がらない程になっていったのだ。
挙句、本来最も好感度の高い攻略対象者に同行する形だった聖戦では実家に呼び戻される始末。結局魔王軍と言う嵐が通り過ぎるまで屋敷内で不安な日々を過ごすだけとなり無駄に終わった。そして学園に帰ってみればなんと魔王が勇者を覚醒させるなどとヒロインの役目を奪う始末。
「お願いです。こんなのあんまりです……」
ユリアーナは神を信じている。でなければ一体誰が彼女をヒロインに転生させたというのか。何らかの意図があって、使命があってこの世界を知り尽くす自分がヒロインに抜擢したのではないのか。なのにこの仕打ちは酷いのではないか。そうした嘆きは彼女を追いこんでいく。
「どうかわたしにも幸せを、愛を、成功を……!」
けれどまだ彼女はヒロインとしての未来を諦めていない。男爵令嬢には不相応なサクセスストーリーがあるんだと信じている。だってまだ乙女ゲーの半分を消化しただけ。まだ挽回の機会は残されている。逆転劇があってしかるべきだ。
だって自分はヒロインなのだから……!
(――諦めてはなりません)
「――ぇ?」
熱心な祈りが通じたのか、彼女の脳内に直接語りかける誰かの声が聞こえてくる。辺りを見渡すと祈りを捧げる神を示す象徴的な像が輝きを放っている。とうとう奇蹟が舞い降りた、とユリアーナは舞い上がらない。何故ならその声の主には心当たりがあったから。
「大天使様!」
その存在はヒロインに祝福をもたらす大天使。メタ的には乙女ゲー内でプレイヤーにヒントを与えて応援してくれるお助けキャラでもある。そんな彼女の声は熟練の声優の熱演もあって人気が高い。主神の作中での出番が一切無いのもあって彼女自身が慈母だと語られる程に。
(ユリアーナ、貴女は主に選ばれし使徒。必ずやその使命を全うするのです)
「で、でも、もうわたしには攻略対象者の前に割り込む事なんて……」
(主に愛されし者は誰からも愛されるでしょう。主の定めを超えて選択するのです)
「そんな……ゲームのシナリオから外れちゃったらわたしなんて相手にされる筈が……」
(大丈夫、主は貴女を見守っています。ユリアーナの望むままにすれば良いでしょう)
「……分かりました、大天使様。啓示をありがとうございます」
――だが、下手にこの世界を熟知していた故にユリアーナは気付かなかった。
彼女に語りかけた大天使、その姿は乙女ゲー内での大天使とは異なるとは。
一見すればその神々しさと美しさから天の使者だと思わず納得してしまうその風貌、雰囲気、物腰、そして言動からは想像も出来ない。生きとし生ける全てを虜として意のままにする彼女こそが乙女ゲー内で皇太子ルート最後の敵となる真の魔王なのだと。
ユリアーナが真の魔王の意のままとなり男を誑かしてその身を抱かれる。
そんな汚れた未来に大天使と呼ばれた存在は舌なめずりをさせた。
■■■
「良い事を思いついた、と先代の魔王様は仰られていた」
「良い事?」
大魔宮、魔王の間。王が不在の王座の左右で向かい合うのは魔王軍の一角を担う参謀と司祭だった。参謀は何代も前の魔王より仕える大悪魔。司祭は神と袂を分けた堕天使。いずれも今代の魔王に忠誠を誓う者達だった。
司祭が手にするのは予言の書。しかし魔王が熟読して参謀へと押し付けた皇太子ルートが記されたものではない。それは物語の本質へと迫る、あえて呼称するなら勇者ルートが書き綴られていたから。
「魔の者も生殖行為によって個体数を増やしていくが、優れた者になれば己に宿す魔力の結晶として子を創造出来るようになる」
「ソレは知っている。自分が思い描く通りの存在を設計するんだろう? 魔王とて生き物なのだから神の定めた寿命は避けられない。だから自分の分身を残すんだったっけ」
「あの方はそうして創造した己の分身を怨敵である大天使へと宿させた」
「……は?」
「そして本来大天使が宿していた光の御子を取り上げ、己の子としたのだ」
「ちょっと待って。じゃあ今の魔王様ってまさか、あの大天使の……?」
司祭は理解が追い付かなかった。突然暴露された衝撃の真実を受け止められないでいる。
確かに今代の魔王は光の御業を好み、更にはどう斜めから見ても天使にしか見えない出で立ちをさせている。堂々としながらも素直な感情は隠さず、時折見せる優しさには魔へと堕落した司祭にとっても心地よい。彼女にとって魔王とはもはや神をも超える崇拝の対象になっている。
何の為に、と動機を問い質そうとして司祭は口を開くも参謀は彼女が声を出す前に予言の書を指し示す。不満は飲み込んで予言の書を読み進めた。聖戦が終わって勇者へと覚醒した皇太子の前に本来の婚約者である公爵令嬢が現れるも、彼女は魔王に乗っ取られていた。が……、
挿絵に描かれる魔王の姿は天使にしか見えない。作中のアーデルハイドは慈悲深さや献身ぶりで皆の心を掴んでいく。だからこそ学園中の生徒が騙されて彼女を狂信していく事になるのだろう。皇太子も心と体を委ねかけるものの、ヒロインとの真実の愛でかろうじて跳ね除ける。
そうして最後の断罪イベント、アーデルハイドの身体を食い破った魔王は始めこそそうした天使の姿をさせていたが、勇者と聖女に追い込まれてその正体を露わにする。煽情的で醜悪さを露わにしながらも神々しさを損ねない絶妙な外見は、正しく人を誘惑する悪魔その者だった。
一方、ヒロインと皇太子の背後に付き添って魔王と対峙する天使長の姿は、何度も司祭がこの目に拝んできた人物その者だった。
「魔王様が、本来天使長になる筈だった方だって……?」
「そうだ。そして本来次の魔王となる定めだったご息女は現在天使長を務めている」
魔王と天使長のすり替え。それこそが今や参謀のみが知る真実だった。
「いや待ってよ。じゃあ今魔王様が深紅の瞳なのはどうして? 天使だったら金色とか白銀色とかになる筈でしょう。神の創造物である血肉を表す朱色なのはおかしいでしょう」
「魔王の娘たる証だから、と魔王様がご自分で変えられた。無論先代様方のような本物には遠く及ばぬが、人間共を瞬く間に虜とする魅了も会得されている」
「嘘……今まで全然知らなかったし」
「先の大戦で散っていった執政共も知らなかったのだ。無理もない」
司祭はここでようやく動機に思い至った。
先代の魔王はこの予言の書に目を通したのだ。そして魔王が勇者達に討ち滅ぼされる未来を知ってしまった。ではそんな破滅を避けるにはどうすればよいか? 勇者となる者をあらかじめ血祭としても良かったが、先代の魔王は良い事を思いついてしまった。
ヒロインの運命を導く者を魔王としてしまえば良いのでは?
ついでに悪役令嬢に憑りつかせる存在を天使長にしたらどうなるのか?
物語は予言の通りに進むと見せかけて歪んで捻じれ狂うのではないか?
「これ完全に先代の愉悦、っていうか趣味が混じってるでしょう」
「否定はしない。が、有効だと判断されて賛同に回った」
司祭は主のいない王座を見下ろした。ここに王がいたなら些細な事に一喜一憂する退屈しない在り様を見せてくれただろう。思い出すだけで微笑ましい今代の魔王に司祭は忠誠を誓い、崇拝し、そして絶対に守らねばと決意を抱かせている。
「じゃあなんで参謀は魔王様に従っているのさ?」
「何故?」
「だっていくら誕生から先代や参謀が育てたからってあの方は天使じゃん。私みたいなはぐれ者ならいざ知らず、生粋の悪魔の筈の参謀が心から敬うのはおかしくない?」
確かに、と参謀は呻ったもののその忠誠心に一切の揺るぎは無い。
「では彼女は自分が天使だと一回でも口にしたか?」
「いんや。事ある度に自分は魔王だって胸を張ってた記憶しかない」
「魔王であるご自分に誇りを抱いている。そして我らを気にかけて下さる。なら誕生秘話がどうであれあの方は先代様も認められたとおり、魔王であらせられる」
「真実がどうであれ、か。違いないね」
二人の会話はそのまま昔話へと変わっていく。その中身の大半は今代魔王の幼少期可愛いに尽きた。
■■■
「んー、マクシミリアン様から告白同然の熱い言葉を頂戴しましたしー」
「レオンハルトも前よりは見れるようになった。この分なら残りの期日で大きく成長を遂げてくれるだろう」
「ヒロインさんももう戦意喪失してしまったようですから残りは消化試合ですかねえ」
「油断はできない。起承転結で言い表せばまだ承の段階だからな」
悪役令嬢同好会は今日も活動する。破滅の運命を打ち砕いて己が婚約者と結ばれる未来を思い描きながら。
「ヒロインめも本腰を入れて天使長めに縋るかもしれぬからな。入念にあ奴が起こす騒動を潰し込んでいかねばならぬ」
「分かっていますとも。最後まで油断せずに、ですよね」
「ところでアーデルハイドは随分と皇太子と打ち解けたように見えるが?」
「……どうも身体の主たる真アーデルハイドの想いに引きずられているらしい。悔しいが悪い気がしなくなってしまった」
「進展があってようございました」
魔王は引き続きアーデルハイドと一体化して共に日々を送っている。
全ては予言の書と言う挑戦状を受けて立ち、運命に勝利をする為に。
……初めはそうだったが、今は少し違う。
少しだけ神が人にのみ授けた概念、恋愛に興じてもいいと思い始めている。
(頑張りましょうね、魔王さん)
(うむ、引き続き共に行こうぞアーデルハイド!)
ならばその衝動に突き動かされるのみだ。
二人……いや、アーデルハイドとして幸せになるために。
純粋なる日々の恵みへの感謝ではなく文字通り神頼みの為に。
「神様……どうかこのわたしを助けてください……」
アーデルハイド達悪役令嬢三名はユリアーナもまた予言の書を持つ者の一人だと考えているが実は違う。彼女はたった一つのシナリオしか記されていない予言の書、所謂ラノベ版よりはるかにこの世界の動向や行く末について熟知していたから。
そう、彼女はヒロインである男爵令嬢ユリアーナ・フォン・ガーブリエルに生まれ変わった転生者だった。彼女だけが自分が今生きている世界がとある乙女ゲーそのままだと知っている。
彼女が自分が転生者と自覚したのは幼少の頃に高熱を出した時。突然自分よりも数倍長く生きた前世の知識と経験が頭の中に詰め込まれた衝撃は計り知れなかったが、彼女は新たに得た記憶を天からの恵みだと受け取った。
彼女はそれらを駆使して自分に都合が良いように立ち回った。平民に毛が生えた程度の財政事情だった男爵家を盛り上げ、本来ヒロインが見舞われる過酷な幼少期を回避し、そして物語の舞台となる学園へと駒を進めていった。
全ては自分が成り上がる為に。
ところがいざ本編部分の蓋を開けてみたら、屈指の人気を誇る攻略対象者上位三名を攻略する際に邪魔立てする悪役令嬢が最初から姿を見せているではないか! 魔王、魔竜、魔女。誰もが攻略対象者や他の友達と結んだ絆でようやく乗り越えていく相手なのに。
魔女はその献身ぶりでマクシミリアンの心を掴んだ。魔竜はその圧倒的強さでレオンハルトを虜とした。そして魔王はその絶対的自身でルードヴィヒの興味を惹いた。もはや一介の男爵令嬢ごときがどれ程足掻いたところで好感度が上がらない程になっていったのだ。
挙句、本来最も好感度の高い攻略対象者に同行する形だった聖戦では実家に呼び戻される始末。結局魔王軍と言う嵐が通り過ぎるまで屋敷内で不安な日々を過ごすだけとなり無駄に終わった。そして学園に帰ってみればなんと魔王が勇者を覚醒させるなどとヒロインの役目を奪う始末。
「お願いです。こんなのあんまりです……」
ユリアーナは神を信じている。でなければ一体誰が彼女をヒロインに転生させたというのか。何らかの意図があって、使命があってこの世界を知り尽くす自分がヒロインに抜擢したのではないのか。なのにこの仕打ちは酷いのではないか。そうした嘆きは彼女を追いこんでいく。
「どうかわたしにも幸せを、愛を、成功を……!」
けれどまだ彼女はヒロインとしての未来を諦めていない。男爵令嬢には不相応なサクセスストーリーがあるんだと信じている。だってまだ乙女ゲーの半分を消化しただけ。まだ挽回の機会は残されている。逆転劇があってしかるべきだ。
だって自分はヒロインなのだから……!
(――諦めてはなりません)
「――ぇ?」
熱心な祈りが通じたのか、彼女の脳内に直接語りかける誰かの声が聞こえてくる。辺りを見渡すと祈りを捧げる神を示す象徴的な像が輝きを放っている。とうとう奇蹟が舞い降りた、とユリアーナは舞い上がらない。何故ならその声の主には心当たりがあったから。
「大天使様!」
その存在はヒロインに祝福をもたらす大天使。メタ的には乙女ゲー内でプレイヤーにヒントを与えて応援してくれるお助けキャラでもある。そんな彼女の声は熟練の声優の熱演もあって人気が高い。主神の作中での出番が一切無いのもあって彼女自身が慈母だと語られる程に。
(ユリアーナ、貴女は主に選ばれし使徒。必ずやその使命を全うするのです)
「で、でも、もうわたしには攻略対象者の前に割り込む事なんて……」
(主に愛されし者は誰からも愛されるでしょう。主の定めを超えて選択するのです)
「そんな……ゲームのシナリオから外れちゃったらわたしなんて相手にされる筈が……」
(大丈夫、主は貴女を見守っています。ユリアーナの望むままにすれば良いでしょう)
「……分かりました、大天使様。啓示をありがとうございます」
――だが、下手にこの世界を熟知していた故にユリアーナは気付かなかった。
彼女に語りかけた大天使、その姿は乙女ゲー内での大天使とは異なるとは。
一見すればその神々しさと美しさから天の使者だと思わず納得してしまうその風貌、雰囲気、物腰、そして言動からは想像も出来ない。生きとし生ける全てを虜として意のままにする彼女こそが乙女ゲー内で皇太子ルート最後の敵となる真の魔王なのだと。
ユリアーナが真の魔王の意のままとなり男を誑かしてその身を抱かれる。
そんな汚れた未来に大天使と呼ばれた存在は舌なめずりをさせた。
■■■
「良い事を思いついた、と先代の魔王様は仰られていた」
「良い事?」
大魔宮、魔王の間。王が不在の王座の左右で向かい合うのは魔王軍の一角を担う参謀と司祭だった。参謀は何代も前の魔王より仕える大悪魔。司祭は神と袂を分けた堕天使。いずれも今代の魔王に忠誠を誓う者達だった。
司祭が手にするのは予言の書。しかし魔王が熟読して参謀へと押し付けた皇太子ルートが記されたものではない。それは物語の本質へと迫る、あえて呼称するなら勇者ルートが書き綴られていたから。
「魔の者も生殖行為によって個体数を増やしていくが、優れた者になれば己に宿す魔力の結晶として子を創造出来るようになる」
「ソレは知っている。自分が思い描く通りの存在を設計するんだろう? 魔王とて生き物なのだから神の定めた寿命は避けられない。だから自分の分身を残すんだったっけ」
「あの方はそうして創造した己の分身を怨敵である大天使へと宿させた」
「……は?」
「そして本来大天使が宿していた光の御子を取り上げ、己の子としたのだ」
「ちょっと待って。じゃあ今の魔王様ってまさか、あの大天使の……?」
司祭は理解が追い付かなかった。突然暴露された衝撃の真実を受け止められないでいる。
確かに今代の魔王は光の御業を好み、更にはどう斜めから見ても天使にしか見えない出で立ちをさせている。堂々としながらも素直な感情は隠さず、時折見せる優しさには魔へと堕落した司祭にとっても心地よい。彼女にとって魔王とはもはや神をも超える崇拝の対象になっている。
何の為に、と動機を問い質そうとして司祭は口を開くも参謀は彼女が声を出す前に予言の書を指し示す。不満は飲み込んで予言の書を読み進めた。聖戦が終わって勇者へと覚醒した皇太子の前に本来の婚約者である公爵令嬢が現れるも、彼女は魔王に乗っ取られていた。が……、
挿絵に描かれる魔王の姿は天使にしか見えない。作中のアーデルハイドは慈悲深さや献身ぶりで皆の心を掴んでいく。だからこそ学園中の生徒が騙されて彼女を狂信していく事になるのだろう。皇太子も心と体を委ねかけるものの、ヒロインとの真実の愛でかろうじて跳ね除ける。
そうして最後の断罪イベント、アーデルハイドの身体を食い破った魔王は始めこそそうした天使の姿をさせていたが、勇者と聖女に追い込まれてその正体を露わにする。煽情的で醜悪さを露わにしながらも神々しさを損ねない絶妙な外見は、正しく人を誘惑する悪魔その者だった。
一方、ヒロインと皇太子の背後に付き添って魔王と対峙する天使長の姿は、何度も司祭がこの目に拝んできた人物その者だった。
「魔王様が、本来天使長になる筈だった方だって……?」
「そうだ。そして本来次の魔王となる定めだったご息女は現在天使長を務めている」
魔王と天使長のすり替え。それこそが今や参謀のみが知る真実だった。
「いや待ってよ。じゃあ今魔王様が深紅の瞳なのはどうして? 天使だったら金色とか白銀色とかになる筈でしょう。神の創造物である血肉を表す朱色なのはおかしいでしょう」
「魔王の娘たる証だから、と魔王様がご自分で変えられた。無論先代様方のような本物には遠く及ばぬが、人間共を瞬く間に虜とする魅了も会得されている」
「嘘……今まで全然知らなかったし」
「先の大戦で散っていった執政共も知らなかったのだ。無理もない」
司祭はここでようやく動機に思い至った。
先代の魔王はこの予言の書に目を通したのだ。そして魔王が勇者達に討ち滅ぼされる未来を知ってしまった。ではそんな破滅を避けるにはどうすればよいか? 勇者となる者をあらかじめ血祭としても良かったが、先代の魔王は良い事を思いついてしまった。
ヒロインの運命を導く者を魔王としてしまえば良いのでは?
ついでに悪役令嬢に憑りつかせる存在を天使長にしたらどうなるのか?
物語は予言の通りに進むと見せかけて歪んで捻じれ狂うのではないか?
「これ完全に先代の愉悦、っていうか趣味が混じってるでしょう」
「否定はしない。が、有効だと判断されて賛同に回った」
司祭は主のいない王座を見下ろした。ここに王がいたなら些細な事に一喜一憂する退屈しない在り様を見せてくれただろう。思い出すだけで微笑ましい今代の魔王に司祭は忠誠を誓い、崇拝し、そして絶対に守らねばと決意を抱かせている。
「じゃあなんで参謀は魔王様に従っているのさ?」
「何故?」
「だっていくら誕生から先代や参謀が育てたからってあの方は天使じゃん。私みたいなはぐれ者ならいざ知らず、生粋の悪魔の筈の参謀が心から敬うのはおかしくない?」
確かに、と参謀は呻ったもののその忠誠心に一切の揺るぎは無い。
「では彼女は自分が天使だと一回でも口にしたか?」
「いんや。事ある度に自分は魔王だって胸を張ってた記憶しかない」
「魔王であるご自分に誇りを抱いている。そして我らを気にかけて下さる。なら誕生秘話がどうであれあの方は先代様も認められたとおり、魔王であらせられる」
「真実がどうであれ、か。違いないね」
二人の会話はそのまま昔話へと変わっていく。その中身の大半は今代魔王の幼少期可愛いに尽きた。
■■■
「んー、マクシミリアン様から告白同然の熱い言葉を頂戴しましたしー」
「レオンハルトも前よりは見れるようになった。この分なら残りの期日で大きく成長を遂げてくれるだろう」
「ヒロインさんももう戦意喪失してしまったようですから残りは消化試合ですかねえ」
「油断はできない。起承転結で言い表せばまだ承の段階だからな」
悪役令嬢同好会は今日も活動する。破滅の運命を打ち砕いて己が婚約者と結ばれる未来を思い描きながら。
「ヒロインめも本腰を入れて天使長めに縋るかもしれぬからな。入念にあ奴が起こす騒動を潰し込んでいかねばならぬ」
「分かっていますとも。最後まで油断せずに、ですよね」
「ところでアーデルハイドは随分と皇太子と打ち解けたように見えるが?」
「……どうも身体の主たる真アーデルハイドの想いに引きずられているらしい。悔しいが悪い気がしなくなってしまった」
「進展があってようございました」
魔王は引き続きアーデルハイドと一体化して共に日々を送っている。
全ては予言の書と言う挑戦状を受けて立ち、運命に勝利をする為に。
……初めはそうだったが、今は少し違う。
少しだけ神が人にのみ授けた概念、恋愛に興じてもいいと思い始めている。
(頑張りましょうね、魔王さん)
(うむ、引き続き共に行こうぞアーデルハイド!)
ならばその衝動に突き動かされるのみだ。
二人……いや、アーデルハイドとして幸せになるために。
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リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
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本日、終幕まで拝読させていただきました。
完結はずいぶん前ですので遅いのですが、完結おめでとうございます。素敵なコンテンツを提供してくださり、ありがとうございました!
ここまでありがとうございました。
本来ならここから魔王な天使と天使な魔王がすったもんだする展開になるのですが、それはまたの機会で。
続きが気になるの一言につきます。
お時間あればつづきを書いていただきたいです。
お待ちしておりますね!
今連載中の作品が終わったらこちらの方も完結に向けて再開したい所です。現時点で折り返し地点ですので。
…40年位前、天を追われて魔王となった元未婚女性の守護神が、産まれなかった綺麗な魂を気に入って養女とし、産まれさせる為に天使の長を騙して胎を無断使用した小説を読んだ記憶が…
タイトルとかも、すっかり忘れましたが。
何となく思い出しました(^ω^)
結構、ブラックだった気が。
それはともかく。
流石は魔王(先代)w
考える事が享楽的ww
そして、ヒロインは聖女から性女へジョブチェンジしちゃうのか!?
生徒会のヒステリックなおまけ二人と、貧民窟の関係や如何に!
こぼれ話としては、魔竜が友を喰らった辺りの詳細が気になります(^ω^)
生徒会二人については第四の悪役令嬢のかませになる予定でした。
魔竜の過去についても魔女同様に過去話を挟む予定でした。
機会があれば続きを書きたいものです。