上 下
35 / 39

聖戦⑤・魔女は軍師を撃破する

しおりを挟む
「早馬の報告ではヴァルツェル辺境伯軍が魔王軍の一派を足止め出来ているようですねえ」
「ならこっちは目の前の敵に専念出来るって事か」
「ええ。では皆々様にこのわたくし、ジークリットの神秘の一端をお見せいたしましょう」
「それは楽しみだな」

 ジークリットが邪竜の軍勢を足止めしている間に神聖帝国軍は大半の兵力を東側へと集結させた。思わぬ苦戦に他の将軍が率いる魔王軍の軍勢は進軍の速度を落として足並みを揃えた。そんな事情もあって神聖帝国軍の展開が間に合った形となった。

 ジークリットとマクシミリアンが城壁上から見下ろす先に広がっているのは大地一面を埋め靴す程の数を成す魔王軍だった。雑兵一匹に至るまで訓練された正規軍兵士を凌ぐ猛威とならん絶望は今正に人間達の儚い灯火を吹き消そうとしていた。

「風よ舞い荒べ!」

 真っ先に力ある言葉を発したのはジークリットだった。言葉は世界の事象へと影響を及ぼし、やがて突風という形で魔王軍へと襲い掛かった。向かい風が吹き荒れる中でも魔王軍は一向に進軍の速度を緩めはしなかったが、当然その程度はジークリットの想定通りだった。
 神聖帝国軍の兵士達が弓を射かけ、石を投げる。未だはるか遠くにいる魔王軍の群れへは本来決して届かぬ距離。しかしジークリットの生み出す風がそれらを運び、凄まじい速度となって襲い掛かっていった。

「あちら様の方がはるかに数が多いですからねえ。少々削り取らせていただきます」
「魔法は補助に留めて飛び道具で攻撃、か。中々勉強になるぜ」
「魔法と道具は使い様です。ただ威力の大きい魔法に縋るなど愚の骨頂!」
「それは是非宮廷魔導師達に言ってくれ」

 さりとて魔王軍の圧倒的数の前では降りしきる弓や石でも抑えきれず、絶望の波は徐々に国境を防衛する城壁へと迫りつつあった。魔物達の放つ弓や投石等もジークリットの烈風が押し返していくが、やがて段々と城壁上にも届くようになっていく。

「なら俺もそろそろ本気を出すとするか」
「ほう、マクシミリアン様の本気ですか。拝見させていただきます」
「召喚! 降臨せよ黒き巨人!」
「……!?」

 マクシミリアンが声を張り上げて地面に手を突くと、大地が揺れた。そして次には魔王軍に埋め尽くされつつあった前方の大地が隆起し、やがて巨大な人型を成していくではないか。土の色は巨人を形成していくにつれて漆黒に染まっていく。

 マクシミリアンによって作り出された巨人は、その頭部がそびえ立つ城壁の上にいたジークリット達よりも高い。そんな黒き巨人はマクシミリアンが前方へ手を突き出したのに呼応して前進を開始する。文字通り足元の魔王軍を蹴散らしながら。

「小細工なんかいらねえ。質量と体積で敵を圧倒すりゃあいいんだからな」
「なんとまあ大味ですこと。しかし無数の軍勢が相手であれば圧倒的な暴力となるわけですか」

 巨人が踏みつける度に魔王軍の群れに血だまりの穴が生じる有様は正に地獄絵図。城壁上に展開していた弓兵や投擲兵はこれほどの魔導師が味方である事を神に感謝した。逆に魔王軍の方は巨大な蹂躙者によって阿鼻叫喚。城壁への攻め手が緩んでしまう。
 ジークリットは悪巧みを思いついたような黒い笑顔をさせてマクシミリアンに耳打ちした。マクシミリアンは言われるがままに巨人を転倒させる。たったそれだけでも多くの魔物がその巨体の下敷きとなり、血と肉の華を咲かせた。

「後は黒き巨人を寝転がせてください。それだけで多くの戦力を削り取れましょう」
「……どうやらそれは無理らしい」
「はぁ? どうしてでございますか?」
「時間切れだ」

 黒き巨人が転がり出したその時だった。段々と色褪せていった巨人は身体を見る見るうちに崩していき、やがて土くれとなって崩壊した。土砂崩れの形となって生き埋めとなった魔物も大勢いたが、まだ迫りくる魔王軍の勢いは衰えていないようだった。

「成程。さすがに短時間しか維持可能ではありませんでしたか」
「それでも結構な打撃は与えられただろうから、俺は満足だぜ」
「えぇ~? 自己満足じゃないですかぁ。もっと効率よく魔法を使っていれば宜しかったと具申いたしますが」
「……! おいジークリット、アレを」

 そんな再び迫りくる魔王軍の先頭に立つ者こそ魔王軍の一派を率いる軍師の将軍。怒りに支配された軍師はその姿を変貌させていき、やがて正体であるあらゆる獣の要素を入り混じらせたキマイラを人間達に晒した。
 キマイラが向かう先はただ一点、ジークリットとマクシミリアンの方。総勢の何割もの被害をもたらした魔導師達を脅威と判断して自ら仕留めにかかったのだ。降り注ぐ弓や石の雨にも全く怯まずに突き進んでいく。

「おや、さすがは魔王軍を司る将軍の一角。一筋縄ではいきませんか」
「……どうする? あんな奴に攻めてこられたら俺達の手には負えねえぞ」
「お任せあれ。このわたくしが秘術をお見せいたしましょう」

 ジークリットは天へと手をかざした。途端に段々と辺り一帯が昼間だというのに薄暗くなっていく。日光を遮る曇りどころではなく日が沈んだ夜のように。上空を見上げたマクシミリアンの目には信じられない光景が飛び込んできた。

 太陽が欠けていた。やがて闇は太陽を覆いつくし、暗黒が世界を支配する。

「に……日食……?」
「大地を照らす太陽の光を一点に集中させて対象を焼き尽くします。日光よ降り注げ!」

 そんな闇に一筋の光明が輝いた。それが降り注ぐ先は迫りくるキマイラの一点のみ。眩いほど降り注ぐ光線は凄まじい熱量を伴ってキマイラを焼き尽くしていく。キマイラが灼熱で絶叫を上げてもなおジークリットへの距離を詰めていく。
 そして跳躍。もはや炭と化しつつありながらも渾身の力を込めて牙を剥き、ジークリットへと襲い掛かった。ジークリットは日光の投射角度を変えてキマイラを逃すまいとするが、それでも迫りくる脅威は止まろうとしなかった。

「おい、俺の女に近寄るんじゃねえ」

 ジークリットはまさかの決死の特攻に思わず目を瞑ったが、そんな死をもたらす絶望を跳ね除けたのはマクシミリアンだった。彼は投石器を魔法で操作、岩石をキマイラへと直撃させたのだ。さしものキマイラも空中で回避する術も無く、勢いを殺された反動で大地へと落ちていった。
 ジークリットが怯んだ事で魔法の効果が切れて世界には再び太陽の恩恵が授けられる。マクシミリアンが城壁上から下を見下ろすと、空堀へと落ちた黒焦げのキマイラからは煙が上がっていた。マクシミリアンの指示により魔導兵が火球を放ち、更に燃やし尽くしていく。

「ジークリット、大丈夫か?」
「え、ええ……。大丈夫でございます」
「ったく、いくら凄え魔法が使えるからって油断しすぎだ」
「め、面目次第もございません」
「どうやらジークリットには俺が必要みたいだな。お前の足りない分は俺が補う」
「……っ! マクシミリアン様……」

 司令塔を失った魔王軍へと追い打ちをかけるよう、城壁の門が開かれて兵士達が突撃していく。既に烏合の衆と化した魔物の群れは連携して戦う人間達を押しきれずに徐々にその数を減らしていく。無論、城壁上からの遠距離攻撃は止まないままだ。

 ジークリットはマクシミリアンへと深々とお辞儀をした。

「不束者ですがよろしくお願いいたします」
「ああ、頼むぜジークリット」

 ジークリットは感服する。ただの恋愛相手でしかなかったマクシミリアンが魔法の面でも一目置く存在へと成長を遂げた事を。予言の書でも記されていた内容ではあったか間近で見て考えを改めた。恋愛という遊戯でも運命の変革などでは語れない想いを抱き始めていた。

 そう、ジークリットは今初めてマクシミリアンに本当の恋をした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

【完結】冤罪で殺された王太子の婚約者は100年後に生まれ変わりました。今世では愛し愛される相手を見つけたいと思っています。

金峯蓮華
恋愛
どうやら私は階段から突き落とされ落下する間に前世の記憶を思い出していたらしい。 前世は冤罪を着せられて殺害されたのだった。それにしても酷い。その後あの国はどうなったのだろう? 私の願い通り滅びたのだろうか? 前世で冤罪を着せられ殺害された王太子の婚約者だった令嬢が生まれ変わった今世で愛し愛される相手とめぐりあい幸せになるお話。 緩い世界観の緩いお話しです。 ご都合主義です。 *タイトル変更しました。すみません。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

処理中です...