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部活②・魔王達は帝都で待ち合わせる

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 学園は帝国の政務に携わる貴族を育成する場という考えにもとづき、各委員を統括する生徒会は学園理事会に匹敵する権限を与えられていた。その役目は行事の遂行や予算管理、時には学園内外の問題の解決等多岐に渡っている。
 人は生徒会を帝国の将来を背負う者達の集まりだと表現する。現に歴代の皇帝や執政官等の多くが生徒会から輩出されている。生徒会役員に就任した者は成功された未来が約束されるとまで語られる程、その役目は重要だった。

 生徒会の構成員は最上級生四名、二学年三名、新学年三名の計十人。傾向としては名門貴族の子息や息女が就任する場合が多い。

「どうしてだ? 試験の成績や授業の評価等、出自には関係無く学園での在り方で判断されるのであろう?」
「あのですね。それは学園入学時に皆さんが等しく横一列に並んでいたら、の話ですよね? あいにく財力や権力のある家は自分の子が生徒会に加われるよう英才教育を施すものです。それも入学前からね」
「ああ、成程。学園では等しく学ぶ権利があろうと、その敷地から外では歴然とした差があるわけか」

 現に今生徒会を担う役員は歴史を積み重ねた名門貴族、躍動する新興貴族、そして財力を伴った大商人等、神聖帝国内で名を馳せた家の名が連なっている。今度新入生で抜擢されたアンネローゼも当然との見方が強かった。

「つまり自主勉強だけでヒロインさんが生徒会入りを果たしたのは快挙だったと」
「うむ。ルードヴィヒが言うには数年ぶりだそうだ」
「ヒロインさんが試験の答えまで事前に把握していたって可能性は? わたくし共の予言の書よりもっと細部にわたり描写されていたとか」
「だとしても高得点が取れる程に丸暗記してきたとなるな。どの道脚本に沿っただけでは到底成し得ぬのは事実。敵ながら天晴だな!」

 生徒会にまつわる雑談で話を膨らませているのはアーデルハイドとジークリット。二人は今、帝都内の噴水広場にいた。そこは帝都市民の憩いの場として親しまれており、また外国より来訪した旅人や商人が一度は必ず目にしたいと語る程有名だった。

 噴水の外縁に座っていたアーデルハイドは脚をぶらぶらと前後に動かす。隣ではジークリットが噴水からの水しぶきで冷やされる空気を背中で感じながら氷菓子をなめる。段々と暑くなっていくこの季節、二人はアーデルハイドが持参した小さな日傘の下で身を寄せ合っていた。

「暑いな……。ベルシュタインの屋敷内は温度調整がされておったから外は辛いぞ」
「今からそんな事を仰っていたら夏季休暇中なんて溶けてしまいますよ」
「だがそれがいい。これまでわたしの世界は部屋の中だけだったからな。こうして広大な世界の中で大自然を感じられてわたしは幸せだ」
「左様ですか。ま、わたくしも貴女様のお言葉にも同意する点が多少ございますし」

 アーデルハイドのジークリット二人は簡素で地味な服に袖を通していた。これは貴族令嬢としてではなくお忍びでの散策のため、街中で目立たないよう野暮ったい衣服を選んだから。尤も二人とも容姿が良すぎて物腰に気品があって人の目を惹いてしまうのだが。

「ところでジークリットよ。そなたは今の服装に不満は無いのか?」
「わたしが服や装飾で着飾るのは全てお慕いしている方のため。肌や髪を手入れして余計な肉が付かないように運動するのも同じです。自分の為に美しくなりたいわけではございません」
「む、そうか。わたしも病床生活が長かったものだからお洒落にはとんと疎くてな。むしろ今はきついコルセットや重いペチコートが無くてせいせいしておる」
「殿方から言わせれば自分のために美しくなろうとする女性が可愛いんだそうですね」

 ジークリットは深く被った帽子の広いつばを摘まみ上げてからのは噴水広場に設置されていた日時計に視線を移した。針の影は待ち合わせに指定した時刻より前を指し示している。彼女は舐め終えた砂糖菓子の棒を無造作に放り投げる。
 棒は地面に落ちる前に一瞬で燃え上がり、灰となって風に乗っていった。

「で、アーデルハイドさんは生徒会ご一行様のご予定は把握していらっしゃるので?」
「どの区画をどの時刻に回るか程度にはな。具体的な道順までは知らぬぞ」
「ま、その辺りは行き当たりばったりでしょうねえ」
「そなたなら探知魔法や遠見魔法を使えるのではないか? 魔法は道具と同じで使い様だぞ」
「おや。才能を無駄遣いされた貴女様に指摘されるとは思いませんでした」

 二人が帝都の街中に姿を見せたのは、街並みを視察する予定の生徒会一同に乱入するためである。この視察はヒロインがどの攻略対象者と恋仲になっても共通に起こるらしく、三人共の予言書に記載がある。しかし細部が微妙に食い違っているせいで全容は把握出来ていない。

「つまりいずれかの予言の書に沿うかもしれませんし、全く別の出来事が起こるかもしれない、と」
「結局予言の書の内容は参考程度に考え、その場の状況に合わせて判断するしかあるまい」
「えー、わたくしそう言った臨機応変って凄く嫌いなんですけれどー」
「あー、そなたは陰謀を巡らせて物事を自分の思い通りに動かしたい派か」

 なお、既にアーデルハイド達は意見と方針の摺り合わせを事前に済ませている。改めての打ち合わせは必要なく、今繰り広げているのは単なる雑談に過ぎない。二人とも建設的ではない会話は嫌いではなかったが、退屈がそうさせる大きな要因でもあった。

 そんな状況の元凶、二人の待ち人は突然目の前に現れた。

 待ち人、ヴァルプルギスは空から降ってきた。突然大きな衝撃音を轟かせて地面に着地した彼女に周囲の人々は大きく驚き、中には飛び退く人もいた。彼女は周りの反応を意にも介さず固さの無いしなやかな挙動でゆっくりと立ち上がった。そして脇目で日時計を窺う。

「どうやら待ち合わせ時間には間に合ったようだな」
「あのですねえヴァルプルギスさん? 一体どうして空から降っていらっしゃったんです?」
「空? 私は屋根伝いに移動しただけで空は飛んでいないぞ。今のもあの屋根から跳んだだけだ」

 ジークリットはそんな平然とするヴァルプルギスの手を引いて急いでその場を離れていく。アーデルハイドも周囲ににこやかな笑顔を向けつつ手を振ってごまかした。周囲のどよめきを背にしながらもジークリットの追及は続く。

「ですからぁ! どうしてそんな真似をするんですっ?」
「友の親に呼び止められてな。人の通りが多い中を進んでいては間に合わないと判断したからだ。待ち合わせに遅れてはいけないからな」
「わたくし達はこれから生徒会の方々の後を付けるんですよ? 初っ端から目立ってどうするんです!?」
「そうか、そんな考えもあったか。だが気付かれたなら堂々と名乗り出れば……」
「そなた達、言い争いはそこまでにしておけ」

 声を潜めてもなお言葉の応酬を交わすジークリットとヴァルプルギスとの間にアーデルハイドは割り込んだ。歩行しながらなのもあって二人はすんなりとアーデルハイドに中央の位置を譲る。ヴァルプルギスが軽率だったと一言謝り、ジークリットもいいんですと笑って済ませた。

 華奢かつ背丈もあまりないが出る所は出ているアーデルハイド、豊満ですらりとした印象も受けるジークリット、細身だが鍛えられた四肢や胴を覗かせるヴァルプルギス。そして三人共別々の魅力がある容姿端麗さ。三者三様な令嬢が並び歩く様子は否応なく人の目を惹いた。
 
「では向かうとしましょうか。案内はこのわたくしにお任せを」

 そんな三人はジークリットの先導で段々と人気の少ない道へと抜けていく。街の雰囲気も日の当たる明るいものから日影が覆う薄暗いものへと変わっていく。道端にはごみが散乱し始め、異臭もきつくなってきた。

「しかし折角市街地まで足を運んだというのに素通りとはな。今度日を改めて三人で遊び回らぬか? きっと楽しいぞ!」
「お前達の家の財力ならわざわざ足を運ばずとも職人を屋敷に呼び寄せれば済む話だろう」
「馬鹿者! 店を見て回るなんて楽しそうではないか! 陳列する物珍しい品にあれこれと話を弾ませるのだ。……まあ、わたしの想像でしかないがな」
「いや、欲する物の購入ではなく買い物自体を目的にしているんだろう? 友も私に勧めていたし、興味はある」

 左右に並ぶ建物も補修されていないのか崩壊が目立つ。土くれや布で応急処置をしていればまだいい方、穴が開いたまま中が丸見えな家もいくつかあった。道端で寝転ぶんだり座り込む人の姿もちらほらと見かけるようになる。
 ジークリットはただ前方を見据えて歩み続ける。アーデルハイドは左右をじっくりと見渡して興味深げに観察し回る。ヴァルプルギスは視線だけを周回させて様子を確かめていく。そんな三人を道にいる者達は逃すまいとばかりに凝視していく。

「この辺りはまだ序の口ですねえ。もっと奥に行けば半壊した建物ばかりになって、人々は天幕住居での生活を強いられていましたっけ」
「実際に目の当たりにすると想像とは違うものだなあ。こんな生活模様もあるのか」
「とても同じ都市の風景とは思えないな。何世紀も前の建物がそのまま使われているのか」
「はい。なので旧市街地とも呼ばれておりますが、まあ大抵そんな丸めた表現は使われておりませんね」

 ジークリットは目立たない服装や髪形、化粧など無意味とばかりに華やかで妖韻な笑みをこぼして両腕を広げた。それはまるでこの周辺一帯を抱き込む仕草にも見えた。

「ようこそ貧民街、わたくしの故郷へ」
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