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授業③・魔王はヒロインの評判上げを邪魔する

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 魔導学の担当教師が他の同僚を連れて戻ってきたのはアーデルハイドの独壇場が終わってから程なくだった。担当教師は先ほどとは全く異なる場の空気に困惑する。

「い、一体何があったんだ?」
「あ、先生、その……」
「ああ、それでしたらわたくしから説明させていただきます」

 担当教師が周囲の生徒に何があったのかと伺うも、令嬢は上手く説明出来ないで口ごもる。代わって教師へと前に歩み出たのはジークリットだった。しなやかな歩き方一つ取っても目を惹きつけられてしまい、担当教師は思わず視線をジークリットに張り付かせてしまった。

「先生が去っていった後にアーデルハイドさんが似たような現象を起こしましてねえ。それで中々現実を整理できていない訳です」
「ベルンシュタイン公爵令嬢もなのか!?」
「あー、まずはその誤解から解いて差し上げますね。アーデルハイドさん、ちょっとソレをこちらに投げてもらえませんか?」
「む、これか?」

 アーデルハイドは手にしていた水晶の魔導具を無造作に放り投げる。あっと声を張り上げたのは担当教師だったが他の教員だったか。ジークリットは周囲の心配をよそに水晶を片手で受け止め、担当教師へとかざしてみせた。

「確かにこれは決められた詠唱で意図したように鑑定を行えます。ですが少し応用力のある者ならいくらでも結果を偽れるのですよ」
「偽装出来るならその魔導具の意味が無いだろう」
「言いましたね? では先生にはここにいる皆さんに昼食を奢っていただきましょう。あ、わたくしは結構です。弁当を持参しておりますので」

 担当教師は次に目にした光景が到底信じられなかった。ジークリットが力ある言葉を発した途端、水晶は三度光り輝き始めたのだ。ただ極小の太陽のようだったユリアーナや星をちりばめたようだったアーデルハイドとも違い、閃光のようにすぐさま儚く消失してしまう。
 ジークリットは「ああっ」と軽い悲鳴を発しながら額を手で押さえた。担当教師は驚きのあまり開いた口が塞がらず、他の教員達も今の現象は何なのか小声で議論を始めた。アーデルハイドは「ほう」と感心との声を挙げる。

「やはりわたくしでは聖なる光の再現はせいぜいこの程度でございますか。無念ですがさすがにこれ以上は興味がありませんねえ」
「再、現? 今の光がか?」
「ええ。本来この魔導具は自分が最も適性のある属性を示しますが、詠唱を少し変えれば自分の意図している属性の反応が出るんですよ」
「な、何だって!?」

 その場の一同が騒然となる。今明かされる真実があまりにも衝撃的すぎて。その間もジークリットは様々な水晶の反応を披露していく。水晶の中に火を灯したり、水球や土、鉄を出現させたり。そしてあろう事か闇で水晶を漆黒に染め上げたりも。

「詠唱で区別が付くとお思いかもしれませんが、熟練の魔導師なら詠唱の擬装も不可能ではございません。現に今わたくしがお見せしたのもそんな一工夫を混じらせていますし」
「しかし、自分の最も優れた才能を発見するためにコレを用いるのに、偽る理由なんてあるのか?」
「あー、言いたいのは逆ですよ先生。これまで聖女や勇者はこの魔導具を用いて見つけ出していたんですよね?」
「ああ、確かその筈だ」

 と担当教師は断言したが、実は違う。あくまで魔導具は勇者、聖女の選定は神に選ばれし者を効率良く発見する為も道具。探し出す前に何らかのきっかけでその使命に目覚めた者も歴史上少なからず存在する。無知だな、とアーデルハイドは内心で教師を小馬鹿にしたが言葉にはしなかった。
 しかしジークリットの言いたい事は察した。魔導具は才能を無駄にしない為に発明された。現時点であの技能を苦手としていても将来大成する可能性もあるから。逆を言えば現時点で得意でも限界が浅ければ水晶には明示されない。
 そして、他に秘めた才能があれば目的の才能は埋もれたままだ。

「光が二番目に優れていた勇者、聖女候補ももしかしたらいたんじゃあないですか?」
「――……」

 担当教師は絶句する。ジークリットの指摘があまりにも説得力を伴っていて。集った教員の中には青褪める者もいたし、慌てふためく者もいた。そんな狼狽える者達をせせら笑いながらジークリットは続ける。

「あぁ、誤解させたかもしれませんがユリアーナさんの才能は本物でしょう。将来は人類を魔の手より救う聖女となる素質も秘めているでしょうし、帝国や教会が手厚く保護するのは間違っておりません」
「なら、キルヒヘル嬢は一体何を意図して……」
「神の代理人のように崇め奉るのはよした方が良い、と進言しているだけです」

 それは聞く者が聞けば教義に反すると異端扱いするかもしれない言葉だった。しかし度重なる常識を覆す現象を目の当たりにしたこの場の一同にはとてつもない説得力を発揮する。これまで正しいとされてきた考えに疑念を抱かせるには十分なほどに。

「お見せしたでしょう? 人は大なり小なり誰だって光を授けられているかもしれませんからねえ」

 そう囁きかけて自分の思うように人を転がす所業は正しく魔女そのもの。笑みをこぼしていても目は鋭く輝いていて全く笑っていない。担当教師はジークリットに気圧されつつもなお見栄えのある表情に複雑な念を抱いてしまう。

 担当教師は何とか邪念を振り払ってユリアーナへと大股で歩み寄る。お呼びがかかっていると手短に伝えた担当教師は自分についてくるように彼女に促す。ユリアーナは表情を固くさせながらも彼に付き従った。

「よくも、台無しにしてくれたわね……!」

 アーデルハイドの傍を横切る際に負け惜しみを吐き捨てつつ。

「ふん、精々この程度で台無しになる筋書を怨むがよい」

 校舎へと向かっていったユリアーナの背中に嘲笑と共に辛辣な言葉を紡ぎ、アーデルハイドは再び一同の後ろへと引き下がった。先程は公爵令嬢のお通りで皆は道を開けていたが、今度は彼女本人への畏怖が多分に混じっていた。
 姉を迎えたアンネローゼは微笑を顔に張り付かせながらささやかに拍手を送る。

「お姉様、本当はジークリット様が仰ったように光属性ではないのでしょう?」
「うむ。ユリアーナが内心でほくそ笑んでいたから少しからかっただけだな」
「彼女が国や教会から重宝……もとい、敬われるのは間違いないとしても、扱い方の程度は少し変わるんじゃないかしら? お姉様方のせいで」
「そうなってもらわねば困るな。神に選ばれたからと大きな顔をされては皆も気分が良くなかろう」
「本当、どうして神様は彼女を聖女に選んだのかしらね?」
「さてな。神は彼女や我らに試練を与えているのかもしれぬ。もしかしたら試練に四苦八苦する我らを観劇して一喜一憂しておったりしてな」

 くっくと笑い声を挙げる姉にアンネローゼは呆れて肩をすくめた。

 ちなみに魔王は魔の者でありながら神は存在すると信じている。だが人間達が信じるように人を導き人を裁き人に救いをもたらす崇高なる存在とは微塵も思っていなかった。
 神が世界を創造したなら万物は神の子であり神の思想の縮図。なら何故世界に生きる人は平等ではなく、また神に仇名す魔の者が存在する? 死後に救いが齎されるなどまやかし。本当は神は喜怒哀楽と共に今を生きる者達を眺めて興奮し、自慰にでもふけっているのではないか?
 神は確かに子を愛しているだろうが、それは何も人間ばかりでなく魔王たる自分も含められている。でなければ世界がこんなにも面白おかしい訳がない。故にアーデルハイドは神を信仰する。しかし神に救いや許しを乞おうとは思わなかった。

(強いんですね、魔王様は)
(さてな。余とそなたの境遇が逆であったら考えもそれに習っていたかもしれぬ)

 それにしても、とアーデルハイドは疑問を抱く。ユリアーナが光の担い手に選ばれる展開は予言の書に記されたとおり。細部がアーデルハイド達の邪魔で台無しになった事を差し引いても、どうも描写されたヒロインとユリアーナの人柄が違うように思えてならなかった。

「なあジークリットよ」
「はいはい、何でしょうかアーデルハイドさん」
「そなたの方のヒロインめはあんなにも欲深かったか?」
「いいえ。攻略対象者方に愛されるに相応しく謙虚で慎ましかったと理解していますが」
「てっきりヒロインめも事前に予言の書を読んで影響を受けいると思っておったが……」
「どうも違うようですねえ」

 悪役令嬢は二人してヒロイン役の有様に眉をひそめた。
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