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授業②・魔王はヒロインに見せつける

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 これまで座学でしかなかった魔導学の授業はその日から実践演習が始められる。学園の広場に集まったアーデルハイドの属する教室の生徒一同はいよいよ魔法の発動、制御を覚えていく。既に家で学んできた者も少なからずいたが、半分近くは学園で本格的に学んでいく形だ。

「どうしてだ? もっと幼少の頃から嗜んでおけば効率がいいだろうに」
「専属の魔導師を雇えない家が多いのよ。魔導学の家庭教師は引く手数多だから。親が教えられるのは親の能力までだもの」
「そんなものか。アンネローゼは基本を全て教えられていると聞いたぞ」
「ベルンシュタインは公爵家なんだから当然よ。むしろ今まで学べなかったお姉様の方が異常だって思うけれど?」

 アーデルハイドはアンネローゼと小言で雑談をしながら魔導師らしき担当教師の説明と注意を聞いていく。教師は無駄に細かく語っていたが、要するに「教えられたとおりにしろ」と「制御不能になる前に構築を打ち切れ」とだけ念頭にすればいいなと理解した。

 ちなみにアーデルハイド自身は魔王としての知識と経験もあって初等魔法程度なら既に問題なく発動出来る。それなりに高度な魔法も習得しているもののまだ発動にはアーデルハイドの身体が耐え切れない。学園の授業に付いていくには十分だが……、

(歴代の魔王達と違ってあいにく余はそこまで魔法に卓越してはおらぬな)
(意外ですね。魔王様って人間がはるかに及ばない高度な魔法も使えるって思ってました)
(むしろ配下には余より優れた者も多いぞ。今でも参謀めからの言葉は忘れられぬ……!)

 アーデルハイドは魔王としての記憶を呼び起こす。参謀は己の使える純白の少女に対して「歴代で最もヘボですな」と辛辣な言葉を投げつけてきたんだったか。……思い出したらアーデルハイドも段々と腹が立ってきた。

(まあいい。今日はヒロインめにとっては欠かせぬ出来事が起こるからな)
(……はい、そうですね)

 アーデルハイドは思考を打ち切って再び前を見据える。実践授業初日の今日はまず生徒一人一人の素質の確認が主になる。個々の属性と才能限界の目安を計る事で効率のいい魔法の習得方法を選定出来る、と発明された魔導学により造られた道具、即ち魔導具を用いて。

 予言の書ではこの資質確認でヒロインが光の担い手だと発覚する。皇太子に勇者の適性があると判明して以来の大騒ぎとなり、ヒロインは一躍有名になっていく。その日を境にヒロインはごく普通の貧乏男爵令嬢ではいられなくなっていくのだ。

 とは言え、アーデルハイドは今日ヒロインことユリアーナを妨害する気は無かった。妨害した所で先延ばしに成功したに過ぎず、いずれ事実は明らかになる。それならあくまで物語に沿った形とした方が後でやりやすくなる、との考えからだ。
 ……あくまで妨害する気は、だったが。

 ガーブリエル男爵令嬢の番となり多くの貴族令嬢が彼女を嘲笑った。貧乏娘が一体どんなみすぼらしい結果を残すか、もしかしたら才能なんか無くて反応すらしないのでは、等と。アーデルハイドはそんな陰口を咎めもせず、ただユリアーナを見つめ続ける。

 ユリアーナは固唾をのんで球体水晶の魔導具に手をかざした。そして彼女が力ある言葉を唱えると、水晶の中心がほのかに光り輝き始めた。火や雷とは異なり教会に射し込む日光のように神秘的な淡さと温かさがあった。

「嘘、アレ何……!?」
「まさか、田舎男爵の娘が……!?」
「そんな、どうして……っ!」

 その場にいた者のほとんどが騒然となった。教師すらもその結果を信じられずに眼鏡を一旦外して目を擦り、もう一度水晶を眺める有様だった。

「あ、あの……先生? これどうなんですか?」
「お、おおお……っ! 神よ、この奇蹟に感謝いたします……!」

 何が起こったか分からずに困惑する……体を装うユリアーナが教師に聞くも、彼は感嘆の声を挙げると大きく一歩退いた。そして少し待っていなさいとだけ言い残して一目散に学園校舎へと駆け出していった。
 残された生徒達は混乱の極みに陥る。さすがに直接的な行動に移る愚考を犯す者はその場にいなかったが、中には貧乏娘の分際でと憤りを露わにさせる貴族令嬢もいた。無理も無かった。何しろ神の奇蹟を体現する光の担い手は歴史を紐解いても希少だったから。

「アンネローゼ様! こんな事が許されていいのですか……!?」
「落ち着きなさい。ガーブリエル男爵令嬢がどんな適性を持っていても私達には関係無いでしょう。妬みから醜態を起こせばそれこそ思うつぼだわ」
「どうしてあんな小娘が聖女に……っ!」

 貴族令嬢の一人がアンネローゼに声をかけたが、アンネローゼは下手な真似をしないようその貴族令嬢に言い聞かせる。貴族令嬢は顔を歪ませて腕を振るわせながらユリアーナを憎々しげに睨みつける。何とか怒りを抑え留めつつも憎悪は隠しきれていなかった。
 公爵令嬢であるアンネローゼはこの場にいる女性陣の代表的存在。彼女の意向が皆の意向に多大な影響を与えてしまう。光の担い手ともなればユリアーナは帝国、そして教会からも庇護を受けるようになるだろう。迂闊に動くのはまずい、とアンネローゼはこの事実を深刻に受け止めていた。

「……お姉様。まずい事になったわね」
「まずい? 何がだ? 聖女の誕生はむしろ喜ばしいのではないのか?」
「ええ、しがない男爵令嬢でなければね。ただの平民が選ばれる方がよっぽど単純だったわ」
「格下と思っていた輩が神とやらに選ばれた妬みからか。醜いものだな」

 アーデルハイドは肩をすくめながら前方へと歩み始めた。何を、と妹が声をかける暇も無い。好き勝手言い合う貴族の子息や息女達は公爵令嬢の行進に気付くと慌てて道を開けていく。とうとうアーデルハイドはユリアーナの前に現れる形となった。
 アーデルハイドは「おめでとう」と賛辞と共に拍手を送った。これには彼女の後ろにで一体何をするのかと見守っていた一同は唖然としてしまう。だが祝福されたユリアーナ本人は警戒心を強めたのか顔が若干引きつった。

「歴史上何人目かは知らぬが、そなたは神に選ばれし光の担い手に選ばれたわけだ。これで国や教会からは聖女と呼ばれるであろうな」
「……どうもありがとうございます」

 ユリアーナは礼を述べて慇懃に頭を垂れた。さすがに調子に乗って馬脚を現す程愚かではないかとアーデルハイドは内心でユリアーナに対する評価を少し上げる。けれど下向きになった顔からは明らかにしてやったりといった勝ち誇る笑みがにじみ出てきていた。

 アーデルハイドはユリアーナの傍を横切ると水晶の魔導具に手を伸ばす。そして自分の目線より高く持ち上げると太陽に向けて透かした。硝子のように透明と見せかけて水晶は太陽の光を浴びて七色に輝くようにも見えた。

「これで皇太子達今後の帝国を担う者達はそなたを意識するであろうな。昨日からは考えられない飛躍ぶりではないか。もっと喜んだらどうだ?」
「……い、いえ。わたしには身に余る光栄ではないかと」
「礼としてわたしもそなたに良い物を見せておこう」
「いいもの、ですか?」
「光は神より授けられた奇蹟であり、天啓と同じである。故に歴史上担い手は勇者や聖女と持て囃されるのだろうが、紐を解けば他の魔法と原理はさほど変わらぬぞ」
「……っ!?」

 アーデルハイドが力ある言葉を発すると、水晶の中が先ほどと同じように輝き始めた。ユリアーナの現象と違って光は決して強くないものの、水晶の中に星をちりばめたように光の粒子が飛び交っているのが遠くからでも分かった。

 誰から見ても何を示すか明らかだった。
 決して有り大抵の者がいくら手を伸ばしても決して再現できない光景だったから。

「そん、な……」
「故にこの通り、後天的に習得も不可能ではないな」

 と不敵な笑みを愕然とするユリアーナに向けたアーデルハイドだったが、その実半分ほどハッタリが入っていた。アーデルハイドが起こしたユリアーナと似て非なる現象が本物と区別が付けられない程性能なだけで、勿論深窓の令嬢や魔王が神より祝福を受けたわけではない。

 疑似神聖魔法、それが魔王が起こした現象の正体。
 魔王は努力と才能を全て無駄遣いして会得した神の奇蹟の再現させた。傷や心を癒し、穢れた魂や土地を浄化し、時には零れ落ちていく命すら掬い上げる。そんな救済の魔法を解き明かして自分の技術としたのだ。

(魔王になった後に参謀に明かしてやった時の顔は見物だったぞ!)
(そのすぐ後に莫迦ですよねって真っ向から言われたじゃないですか)

 動機はあくまでも誰も無しえなかった偉業を自分がしてやろうとの好奇心からだったりする。魔の者達を恐れ戦かせるには十分だったが、人間達にも十分な効果を発揮するのを今日証明してみせた。ヒロインの見せ場を台無しにするついでに。

「どうして、魔王が聖女にしか許されない光を使えるのよ……っ!」
「おっとユリアーナよ。被っていた仮面がずれ落ちているぞ。駄目だなぁまだ先は長いのだから」

 憎々しげに吐き捨てたユリアーナの顔は憎悪に染まっていた。アンネローゼ達他の生徒には背中を向けていたので見えていなかったものの、もし向きが逆でも今の彼女の心境を考えれば取り繕う余裕も無くなっているだろうとアーデルハイドは見立てた。

 だから、魔王はせせら笑う。妨害されたヒロインに向けて。
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