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授業①・魔王は学園生活を満喫する

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 学園入学から数日が経過した。

 アーデルハイドの一日は侍女のパトリシアに起こされて始まる。顔を洗い身だしなみを整え髪を梳かす。一連の作業は全てパトリシアに委ねている。魔王の知識があるので自分でも出来なくはなくなったが、彼女自身の希望で今も続けられていく。

「お嬢様が一人で出来るって仰っても絶対に離れませんから。こうしてお嬢様の瑞々しくお美しい髪を梳かすのは私にとっても至福のひと時なんです」
「うむ、これからもよろしく頼むぞ。一度自分でやってみたんだが、どうも面倒にしか思えなくてな。パトリシアの手が入ると温かみを感じるのだ」
「恐縮です、お嬢様」

 学園行きのドレスに着替えたアーデルハイドは食堂の間に足を運ぶ。ベルンシュタイン家では家族間の繋がりを保つために朝夕は必ず同じ時間を過ごすようにしている。部屋から出られるようになったアーデルハイドも学園入学後は参加するようになっていた。

「おはようございますお父様、お母様方」
「あ、ああ、おはようアーデルハイド」

 しかしこれまでほとんど顔を合わせていなかったアーデルハイドと公爵達のやりとりは実にぎこちなかった。唯一アンネローゼのみがアーデルハイドと気さくに会話を織り成す始末。後はアーデルハイドは基本的に聞き役に徹するのみだった。

「お父様方はまだお姉様との距離を手探りなご様子ね」
「そうは申しても学園での出来事もアンネローゼが喋ってしまうから、持ち出せる話題が無いぞ」
「あら、そう言うのなら今度から学園の話はしないようにするわから」
「散々わたしを蔑ろにしていた過去など水に流してしまえば良いのだがな」

 朝食を終えて少しくつろいだ後は学園に投稿する。帝都に設けた屋敷からは馬車を使っての通学となる。アーデルハイドは妹のアンネローゼと毎日同乗し、他愛ない雑談で盛り上がる。二人に隠し事は無い、とは言い過ぎになるが、二人を隔てる壁は存在していなかった。

 本格的に始まった学園の授業はアーデルハイドにとって新鮮だった。魔王にとっては集団で学ぶなど初めての経験だし、深窓の令嬢にとっては座学では味わえない空気が心地よかった。教科書の朗読と解説のみだったり質疑応答形式だったりと教師によって教え方も様々だった。

(歴史の授業は面白いな。余の伝え聞いていた人類史とは違う側面を見ているようだ)
(古典文学も中々興味深いですね。解釈次第で別の捉え方も出来るなんて)

 ただし、つまらない授業はとことんつまらなかった。読解力を養う現代文学は本と雑談しか時間を潰す手段の無かったアーデルハイドにとって意味があるとは思えなかったし、数学は自主勉強で事足りる領域。更には魔導学にもなると呆れ果てるばかりだった。

(何だあの面倒な手順は? 人間共は魔法の構築にいちいち詠唱を丸暗記しておるのか?)
(魔法の原理を理解していなくても発動出来るようにって意味ではないかと)
(魔法を小道具として考えればそれでも良いが、それでは応用と発展に結びつかんぞ)
(そういった専門的な知識は学園より更に上、研究所で学ぶみたいですね)
(つまらん。最高峰の教育機関とはいえ所詮は広く浅く学ぶ場であったか)
(貴族として生まれた子の全体的底上げが主目的ってどこかの文献に書いてましたっけ)

 かと言って単に欠伸をかみ殺すばかりでは時間の無駄。アーデルハイドは別科目の教科書を広げて自主勉強に勤しむのだった。教師達も生徒が寝ていたりしても授業の妨げさえしていなければ放置する傾向のようで、特に何も言われやしなかった。

 昼食は主に三通りあり、食堂で取るか手軽な軽食を購入して庭等の別の場所で取るか、持参するかだった。帝国中の貴族が集う学園で提供される食事は質も高く評判が良い。王宮や大貴族で台所を任されていた料理人も多数いるため、皆舌鼓を打っている。その分価格設定もそれ相応に高く、貧乏貴族だったり市民階級の家の生徒は食堂に行きづらいのだが。

「で、アデルは食堂に行かずに庭で静かにパンを齧ってるってわけか」
「騒がしい食堂になんぞ行きとうない。それに昼にあんな重たい食事など出来るか。わたしは病み上がりだぞ」
「俺は昼もがっつり食いたい派なんだけどな」
「ならわざわざわたしに付き合わずに食堂で食えばいいではないか」
「そう言うなって。学年が違う俺達が学園で会える時間なんて少ないんだからよ」
「……好きにすれば良いと思うぞ」

 アーデルハイドは学園生活二日目に一度食堂に顔を出してみたものの、騒々しさに耳を塞いでしまった挙句に献立を一目見て食欲を削がれてしまった。昼間から肉を頬張る気にもなれず、人の多さにも辟易した彼女は柔らかめのパンと容器に入ったスープのみを手に一人静かに学園の庭に設置されたテーブル席で昼食を取るようになった。
 なお、わざわざ食事のたびに硬貨を払う必要は無い。家紋の施された生徒手帳を見せる事で家の方に直接請求が行く形となっている。貴族はいちいち金を持ち歩かない、との理念からそんな仕組みになったとアーデルハイドは説明を受けた。

 今日も向かい側の席に座った皇太子ルードヴィヒから。

「まさか学友との食事を蹴ってまでわたしの傍に来るとは思わなんだな」
「アイツ等とは授業の合間を縫って話せるしな。賑やかな食事もわりと好きだけどよ、アデルと二人きりでこうして静かに食事を取るってのも悪くはねえな」
「確かに、少人数が集まってならわたしも大歓迎だぞ。大勢が集まる場はどうも苦手だ」

 アーデルハイドが思い出したのはこれまでの食事風景。食器もろくに持てない程衰弱した彼女は専らパトリシアの介抱で食事を取っていた。そんな甲斐甲斐しさが有難く、そして人の手を借りねば生きていけない自分が悲しかったものだった。
 食事一つとっても大きく変わったものだ、とアーデルハイドはしみじみと感じた。

「そう言えばさ、ほら、アデルが初日に転びそうになった令嬢を助けたじゃねえか。彼女……えっと、何て名前だったっけ?」
「ガーブリエル男爵令嬢?」
「何かその男爵令嬢が食堂で俺の事探してたみたいなんだよ。いや、俺に近づこうとする令嬢って少なくねえんだけど、ソイツ俺がいない筈がねえって一点張りだったんだってさ。何か変わってるなって」
「……あー、すっかり忘れておったな」

 ルードヴィヒから言われて初めて記憶が蘇った。食堂では一刻も早くその場を離れたい一心で別の事を考えている余裕など無かったから。
 皇太子に助けられたヒロインはその礼を言いたくて何とか会えそうな食事時に接触を試みる。そこでヒロインは持ち前の明るさと健気さを発揮。皇太子や生徒会の面々はヒロインを単なる頑張る後輩その一程度から少し気になる相手へと認識を改めるきっかけとなる。
 無論、男爵令嬢ごときがやんごとなき方々への接触をして気分が良くない者も少なからず現れる。早速ベルンシュタイン公爵令嬢やキルヒヘル侯爵令嬢が身の程知らずなヒロインに苦言を呈する……と言った流れだった筈だ。

 ところが御覧の通りルードヴィヒはアーデルハイドに付き合って食堂から離れている。そもそも予言の書と異なりユリアーナを転倒から救ったのは他でもないアーデルハイド。どんな口実で皇太子ら生徒会一同に接触するか見物だったが、と彼女は少し後悔する。

「しかし彼女はルードヴィヒに拘らず生徒会の者達とお近づきになりたいようだったが?」
「あー、今年度に入ってからマクシミリアンの奴も食堂に来なくなってさ」
「マクシミリアン様? 生徒会副会長を務める侯爵家の嫡男だったか。あの方は仲間との絆を大事にするという認識だったが?」
「何でも婚約者が弁当を自分で作ってくるんだってさ。庶民の間で言う愛妻弁当って奴か」

 マクシミリアンの婚約者、即ち魔女ジークリット。
 もう二人きりで食事を取るまで関係を進めているのかとアーデルハイドは素直に感心した。自分の方は未だにこれまで自分を散々放置してきたルードヴィヒを許せていないと言うのに。それでも入学時と比べると憤りは薄れてきたように思えてきていた。

 授業が終わればルードヴィヒに送られて下校する。本来ルードヴィヒは授業が終わった後も生徒会での執務やクラブ活動に精力的に参加している。それらを放り投げて自分のために時間を費やしている現状は、彼自身が言い出した結果であっても、申し訳なさを覚えてしまった。

 夕食の様子は主に朝食時と同じ。ただアンネローゼに言われたように自分の口から学園での出来事を話すようにした。両親からの反応は微妙なもので、さすがに短時間で改善はしないかと根気強くいく決意を固めた。

「わたしも直帰するのではなく何かしら活動をした方が良いのかな?」
「その方が交流の幅も広がって宜しいかと。特に学年の異なる方々とはそうした機会が無ければ中々お話しできませんので」
「成程、そう言った考えもあったな」

 病弱の時は身体を拭く程度だったアーデルハイドは毎晩入浴するようになった。一日の最後に湯船に浸かると身体がいい感じにほぐれて疲れが取れる、そんな気がしてならなかった。身体や髪を洗う専門の使用人、所謂風呂メイドもいて、各所を毎日丹念に洗われて身も心も清潔になった。

 そうして少し部屋でくつろいでから就寝する。まだ深夜まで起きていられる程体力が回復していないため、ベルンシュタイン家で一番寝るのが早いですよとはパトリシアの弁だった。

「お休みなさいませ。良い夢を」

 パトリシアが部屋の灯りを消して一日は終了する。
 夢の世界に旅立つ前にアーデルハイドは一つ明日の事を思い出した。

 そう言えば明日は初となる魔法の実践授業だったな、と。
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