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入学②・魔王はヒロインと邂逅する

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 学園は神聖帝国が創設した高等教育を専門とする学び舎を指す。結婚適正年齢からデビュタントを迎えるまでの三年間、帝国に属する全貴族の子息および息女に平等かつ高度な教育を施す事を目的としている。
 学院が設立されるまでは各々の家が家庭教師を迎えて教育を施していたが、それではより優秀で評判のある家庭教師を迎え入れられる財力のある家が有利となってしまう。時には優秀な人材を妻や養子として迎え入れられるように、と昔の皇帝が血統主義を掲げる有力貴族を退けて建てられたんだとか。
 過去は爵位のある貴族の子しか入学出来なかった。改められたのは国に多大な貢献を残す市民階級出身の名誉貴族が増えだした点と、爵位は無いが財力はある大商人の子を迎え入れたい点と、他国の留学生を招きたい点もあり、狭き門ではあるが入試を乗り越える生徒もいる。

(先人の叡智と経験を皆に教える、か。素晴らしい場所だな!)
(そう言われると確かに凄いですね……)
(それに貴族社会の神聖帝国では身分と爵位は絶対。しかし学園では多少の親密さは許容されるのであろう?)
(はい。卒業する頃には皆様垣根を超えた絆が結ばれるそうです)

 馬車から降り立ったアーデルハイドは魔王と公爵令嬢がそれぞれ感想を思い浮かべた。

 アンネローゼが降りると同行していた彼女の侍女とパトリシア、そして御者も馬車から降りたって整列し、二人の公爵令嬢に頭を垂れた。

「ではお嬢様方、行ってらっしゃいませ」
「我々は一旦下がらせていただきます。下校の時刻になりましたらまた参ります」
「うむ、務めご苦労であった」
「……かたじけないお言葉です」

 アーデルハイドの労いの言葉にアンネローゼの侍女が軽く驚きを見せたが、直前より深く頭を下げて答えた。
 姉妹は公爵家の馬車が去っていくのを見届けずに学園の校舎へと歩み始める。登校には適した時間のようで他の家の馬車が次々へと降車場へとやってくる。アーデルハイドは自分達と同じように校舎へと向かう生徒達に目移りしていた。

「多いなあ。さすが神聖帝国中から集うだけはあるな」
「お姉様、みっともないわよ。どうせこれから三年間は顔を合わせるんだもの」
「それもそうだがな。しかしわたしは病弱で伏せておったからな。これ程の大人数は目にした事がない。賑やかなのは良い事だ」
「そう? 私は有象無象の者がいない静かな方が好きなのだけれど」
「……いや、確かにここまで多いと鬱陶しさも感じるな」
「慣れるのね。これから貴族の令嬢として生活を送るなら」

 そのように二人が他愛ない会話をさせている間も何名かがアンネローゼへと挨拶を送った。アンネローゼもまた最低限の挨拶を返す。貴族令嬢の何人かがアンネローゼの傍らにいる女性の正体を知りたがっている素振りを見せたが、アンネローゼからの紹介が無いのでそれきりとなった。

「良いのか? アンネローゼはわたしと違って何度か夜会に参加しているのであろう? 交流する者もおると思うのだが」
「今日はお姉様な気分なだけよ。だってこうして面と向かって話し合うなんて久しぶりじゃないの」
「違いない」
「……ところでお姉様は私に聞かないのね」
「聞く? 何を?」
「ルートヴィヒ皇太子殿下の事」

 アンネローゼにその名を言われてアーデルハイドはようやく自分の婚約者に思い当たった。
 アーデルハイドより二つ年上の皇太子は今年学園三年生となっている。成績優秀、品行方正。今の学園生徒の模範、代表と呼ばれる程の評判となっていた。多くの同級生、後輩から慕われ、教師陣からの評価も高い。そして、名声に比例して好意を持たれる事もしばしばあった。

「お姉様がいないのをいい事に馬の骨が自己主張しているんですって」
「部屋からも出られないか弱い女なんかより自分の方が皇太子の伴侶として相応しい、辺りか? 言いたい放題だな」
「皇太子殿下は来年になったら学園を卒業されてご結婚なさるでしょう。それまでにお姉様が回復なさっていなかったらあわよくば、浮かべたんでしょうね。本当に莫迦よね。そうなったら単に私が代わりを務めるでしょうに」

 尤もお姉様が復帰なさったのだから無駄な努力に終わったって所ね、とアンネローゼは続けた。しかしこのあっさりとした物言いにアーデルハイドは首を傾げた。

「ん? そう言えば先ほどからもはや自分はお役御免だとばかり申しておるが、別にお父様が目論んだままそなたが皇太子妃になっても良いのではないか?」
「何でそうなるのよ。確かに公爵家の娘が皇家に嫁げば問題は無いけれど、元々の婚約者はお姉様でしょう?」
「やはりそうなるよなあ。知っておるか? 皇太子は薄情にもここ最近見舞いどころか文も寄こしてきておらぬのだぞ」
「……つまりお姉様は皇太子殿下をどうとも思っていないと?」
「正直打ち明けると、そうだな」

 魔王が訪れる前よりアーデルハイドと皇太子は単なる政略上の婚約関係に過ぎず、愛どころか情すら無い。以前だったら皇太子に迷惑がかかると自ら婚約破棄を申し出ていたかもしれない。しかし体調が戻った今となっては婚約が成就しても破棄となってもどうでも良かった。

(あの、魔王様。それではいけないんではないでしょうか?)
(む、アーデルハイドよ。そなたを放っておいた輩をどうして気にかけねばならぬ?)

 だがアーデルハイドはふと思い直し、顎に手を当てて深く考え込む。

(魔王様は予言の書の顛末を覆そうとなさっているんですよね。わたしが婚約破棄されてしまったらメインヒロインさんが大勝利してしまうのでは?)
(……迂闊、そうであったな。ヒロインめを退けるには余達が皇太子と仲睦まじい関係を築かねばならぬのか)

 予言の書では半年間で惹かれ合ったヒロインと皇太子の仲を悪役令嬢が引き裂こうとする。具体的にはヒロインを虐げて皇太子を魅了して。最終的には魔王としての正体と悪意を暴かれて討伐されてしまう。器となった公爵令嬢ごと。

(子供の頃お会いした皇太子さまはお優しく立派な方でした。よほどの粗相をしない限りは婚約破棄までは至らないと思います)
(それは分からぬぞ。世界を創世した神とやらは試練で苦悶する人間共を観劇するのが趣味のようだからな。予言の書通りにしようとする強制力でも働くやもしれぬ)
(ではもしかしてわたし達が意図しなくてもメインヒロインさんに悪意が振り撒かれると?)
(まだ始まったばかりの今断定する気は毛頭無いが……)

 自分自身で問答を繰り返しているうちにアーデルハイドの視界に映る学園の校舎が大きくなっていく。アーデルハイドはふと校舎の壁に設置された日時計を眺め、少し歩調を早めた。今まで同行していたアンネローゼは驚きの声を挙げつつも彼女の後を追う。

「お姉様、急にどうしたの?」
「時間を逆算して出発したのだが、少しばかり出遅れておったようでな」
「出遅れたって何に? まだ定刻まで十分余裕があるじゃないの」
「少し面白い余興だ」

 やがて前方には校舎の玄関が見えてきた。多くの生徒達が校舎内に入っていく中でその場に起立して一人一人に朝の挨拶を送る者達がいた。アンネローゼには見覚えがあり、アーデルハイドは予言の書に記載された知識でのみ知る顔ぶれが並ぶ。
 アーデルハイドの目からも彼らは他の生徒より大きな存在感、場を支配する雰囲気を持っていると感じた。

「ほう、あの者達が噂に伝え聞く学園生徒の代表者が集う組織、生徒会か」
「学園で優秀な成績を収める方々が推薦されて就任すると聞くわね。今年は皇太子殿下方が務めているそうよ」
「……ああ。しばらく見ていなかったが、各々子供の頃の面影が見えるな」

 アーデルハイドは幼少の頃の邂逅を思い返してそれぞれの顔を記憶と照らし合わせる。そしてその内の一人に目星を付け、補助魔法まで駆使して早歩きを始めた。
 一体何を、とアンネローゼが言いだそうとした所でその出来事は起こった。

 一人の女子生徒が身体をふらつかせて生徒会面々の目の前で倒れ込もうとする。咄嗟に生徒会の一人が一歩踏み出して彼女が地面に倒れないよう手を伸ばす。彼女はそのまま男性の腕の中に収まる……、

「どうした? 緊張のあまり昨日は眠れなかったか?」

 前に、アーデルハイドが彼女の腕と肩を引っ張って事なきを得た。
 ほっと胸を撫で下ろしたのは生徒会一同。目を見開いてアーデルハイドを見つめるのは手を伸ばしていた男性。凄まじい勢いでアーデルハイドへと振り向いて驚愕の表情を浮かべたのは助けられた筈の女子。そして助けた女子に向けて不敵な微笑を浮かべるのはアーデルハイドだった。

「どうした? 余に助けられてそんなに意外だったか?」

 アーデルハイドは嘲るような口調で彼女へと言い放った。
 今日よりメインヒロインとしての運命を歩み出す少女に向けて。
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