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自分はヒロインじゃないと叫ぶ元悪役令嬢

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「男爵家の娘として嫁に行く時に元使用人の貧民が母親だと都合が悪いから、生き証人を消してしまえ。そうやって男爵を唆して凶行に踏み切らせたんでしょう? 実の母と姉妹と帰る場所を失った悲劇の『ヒロイン』になるために」
「なっ……!? どうしてイサベルが『ヒロイン』って単語を知ってるのよ!?」

 イサベルの戯言など耳に入らない私はゆっくりと彼女へと歩み寄る。何故か彼女を連行する近衛兵も私を止めようとしない。
 職務怠慢だな、とどうでもいい感想が思い浮かぶが、もしかして彼らをひるませるほど私が鬼気迫る雰囲気を漂わせているのかもしれない。

「私からイサベルって名前を取り上げたのも『ヒロイン』になるため。男爵家に引き取られた娘が『ヒロイン』一人だったからあの時私にお使いを押し付けたの? 『ヒロイン』の境遇と違って妹の私が生き延びたって知った時、どう思ったの?」
「それ、は……」
「わたし達は……わたし達は『乙女ゲーム』の『キャラクター』なんかじゃない!」

 私は袖口に隠していた得物を滑り落して持ち替えた。それは肉料理を切るために各テーブルに準備されていたナイフだった。

 そして私は駆け出した。もう周りの反応なんて何も見えやしなかった。ただイサベルだけを捉え、彼女にこの凶器を振り下ろすことしか頭になかった。目が見えていない彼女も雰囲気で察したらしく恐怖で怯えた様子を示す……が、それが更に神経を逆なでする。

「よくもお母さんを殺したな、この人でなし――!」
「やめろカレン!」

 手にしたナイフが振り下ろされる寸前、私は誰かに羽交い締めされた。声から正体はジョアン様だと分かったが、殺意に支配された私は彼の拘束を全力で振りほどこうとする。けれど悲しいかな、力の差は歴然で全くこれ以上動けなかった。

「離して! イサベルはわたしのお母さんの敵だ――!」
「カレンが手を汚すまでもないと言ってるんだ! おいお前達、呆けていないでその者をさっさと連行しろ!」
「は、ははっ!」

 ようやく我に返った近衛兵達がイサベルを会場出口に向かって連れて行く。イサベルはなおも「何でわたしが!」や「こんな筈じゃなかったのに!」とわめきながら暴れるが、抵抗にすらなっていない様子だった。

 程なく、諦めて力を抜いたイサベルだったが、こちらへと顔を向けてきた。目隠しされたままだったが、彼女の顔は私がレオノールだった頃のイサベルからは想像も出来ないほどの憎しみで歪んでおり、醜かった。

「アンタが生き残ったせいで全部『バグった』じゃないの! わたしはちゃんと『フラグ管理』も『ヘイト管理』もやったのに『ゲーム』の『ルート』が再現されないなんてひどすぎるわよ!」

 彼女が発した単語のいくつかは理解不応だったが何となく察しが付く。大方脚本通りにならなかったのは本来命を落としていた私が生き延びたせいだ、辺りだろう。本来いない私に関わったせいでジョアン様もレオノールも異常な行動を取った、と言いたいのか。

「アンタが生き延びてどう思ったか、ですって? ふざけんなに決まってんでしょうよ! 『ネームドモブ』の分際で『ヒロイン』のこのわたしの邪魔するってどういうことよ!? 無駄に生き延びてないで大人しく死んでなさいよね!」
「あっははは! 負け犬が良く吠えていますこと!」

 激昂するイサベルを笑い飛ばしたのはレオノールだった。その間も近衛兵はジョアン様の命令を守ってイサベルを連行していく。会場出入口までの距離は詰まっており、交わせる言葉もそう多くはないだろう。

「フェリペ様方を心を奪える程の立ち回りが出来ていたのだからそれで満足していれば良かったものを。欲張って『シナリオ』から外れていた私達にまで『乙女ゲーム』の筋書きを押し付けたのが貴女の敗因でしょうよ」
「……!? アンタ、まさか――!」

 イサベルが青ざめ、レオノールが口角を吊り上げる。
 『ヒロイン』の敗北と『悪役令嬢』の勝利の様子はとても様になっていた。
 レオノールの言葉を借りるなら、『ゲーム』でも一枚絵になっていただろう構図だ。

「『ヒロイン』は『悪役令嬢』の返り討ちに遭い『断罪イベント』は失敗しました。あら、そう言えばこの展開って『原作』で最も悲惨な結末になるって有名な『バッドエンド』に似ているんじゃないかしら?」
「い、いやああぁぁ! そんなの嫌よ! なんでわたしがそんなメに遭わなきゃいけないの!?」

 先ほどまでとイサベルの声色が変わった。もはや彼女から怒りや憎しみは消え去り、代わりに恐怖と絶望が前面に出る。
 ようやく悟ったのだろう。この先彼女に待ち受ける暗い未来が。

「フェリペ様助けて! アントニオ様もサンチョ様もどうして助けてくれないの!? アウレリオでもいいから!」

 イサベルは自分に恋したとされる殿方の名を叫ぶが、誰も動こうとしなかった。恋心と保身を天秤にかけて揺り動いているようだが、結局何が何でもイサベルを救いたいとの度胸を示す者はいなかった。
 ……これが真実の愛とやらか、と失望してしまった。

「ジョアン様どうかお慈悲を! レオノールも同郷のよしみでしょうよ!」
「お前が頼りにする脚本とやらに俺が気まぐれに助けてやる展開なんてあったのか?」
「私、『ヒロイン』の中の人を務めた『声優』さんって結構好きだったの。『ヒステリックな女』役も結構いけてるじゃないの」

 とうとう自分に味方しなかった二人にもすがったが一蹴されてしまう。もはや男子生徒に受けが良かったイサベルはもういない。人を人と思わない彼女はもはや私の理解の及ばない存在だ。

「ねえイサベル! わたし達姉妹よね!? だったらジョアン様にわたしが助かるようお願いしてよ!」
「~~ッ!」
「だから止めろって!」

 先ほどまで散々罵倒していたことも忘れたのか、最後は私に助けを求めてくる。思わず手にしたナイフを彼女に向けて投げようとするが、すぐさままだ後ろにいたジョアン様に手首を掴まれて未遂に終わった。

 既にイサベルは出入口を潜ってしまった。これで扉が閉まればもう私は彼女と関わらなくて済む。その前に「神の下で母に詫びろ」とか「ざまあみろ自業自得だ」とか色々言いたかったが、それよりもはるかに彼女に言いたいことがあった。

「わたしはカレンよ! イサベルがイサベルであるようにね!」
「……っ」

 そもそもイサベルがイサベルとしての道を選んだのは他でもない彼女だろう。魅了の邪視抜きにも彼女は殿方を喜ばせる能力があったのだから、『ヒロイン』役に拘らなくても成り上がることは出来た筈だ。

 この結末は……イサベル本人が駆け抜けた結果に過ぎない。

 重厚な扉が閉められた。それが今の私とイサベルの距離を表しているようだった。

「う……うぅ……」

 私はナイフを取り落とし、そのまま膝から崩れ落ち……ずにジョアン様に抱きかかえられた。力が抜けてしまった私の身体はジョアン様の腕だけで支えられている。宙に浮いた不思議な気分だったが、今私の感情はそれどころではなかった。

「お母さん、イサベル……」

 ただただ悲しかった。悔しかった。
 お母さんや私、ジョアン様にレオノール。それからフェリペ様方にイサベル本人すら惑わせた『乙女ゲーム』が憎かった。
 どうして私がこんな思いをしなきゃいけないんだ、と。

「あああぁぁああっ!!」

 涙が止まらない。大声で泣いてしまった。

 私は今、家族をすべて失ってしまったのだ。
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