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返り討ちにあう貴族令嬢に驚く元悪役令嬢

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「こ、の……! 生意気なのよ貴女!」

 いよいよ癇癪を起こしてイサベルを突き出そうとするドゥルセだったが、その手が相手に触れることは無かった。イサベルが少しだけ足を動かして身体をひねったせいで見事に躱されたためだ。

 逆に体勢を崩したドゥルセが前のめりになってそのまま倒れそうになる。それをイサベルが咄嗟に手を伸ばして彼女の腕を掴んだ。何とか足を踏ん張って耐えようとするも、逆上したドゥルセは「無礼者!」と叫んでその手を跳ね除けてしまった。

 結果、ドゥルセは裏庭の石畳に倒れ込んだ。

「きゃあっ! ドゥルセ様!」
「貴女、ドゥルセ様になんてことを……!」

 ドゥルセの取り巻きは悲鳴を上げたり慌ててドゥルセに駆け寄ったり目を血走らせながら憎しみを込めて睨んだりと様々な反応を示した。今の一件についてだけは完全にドゥルセの自業自得なのだが、全部イサベルが悪いと思い込んでいるようだ。

 一方のイサベルは身体を打ったドゥルセを本気で心配しているようだった。僅かながら哀れみを視線に込めているのも注目する点だ。これが演技だとしたら名女優を通り越して恐ろしい女だと評せざるをえない。

「止めてくださいドゥルセ様……。私の素振りが誤解を招いたなら改めますから」
「白々しい……! 貴族の端くれどころか下賤な血が混ざってるくせに生意気よ!」

 擦り傷を負って血がにじむ腕にハンカチを持っていこうとしたイサベルの手が叩かれた。ドゥルセを始めそれなりの爵位と歴史を持つ家に生まれたご令嬢達が感情むき出しにして、今にもイサベルに飛び掛かりそうなぐらい怒っているのが遠くからでも分かった。

 余談だがレオノールだった時はこの一触即発の空気が漂っていたところでジョアン様が登場し、私が叱られて一旦幕引きになった。そこから私はイサベルを許せなくなって過激化していくのは別の話だ。

「……そんなに血が好きなんでしたら、このことはフェリペ様に報告します。どちらが正しいかあの方に白黒つけてもらいましょうよ」
「っ!?」

 イサベルは冷たい視線を投げつつ言い放った。あまりにも堂々としていたものだから取り巻き一同がわずかながら怯む。既にイサベルに心が傾きつつあるフェリペなら彼女びいきの裁定を下すだろうから、そんな展開になって不利なのは令嬢達だ。

「あらあら。あの程度で臆するなんて可愛いわね。私だったらそれがどうしたの、って鼻で笑ったでしょうね」
「そりゃあレオノール様は王国で最も格式高い公爵家のご令嬢ですものね。宰相閣下のご嫡男だろうと怯む相手じゃあないでしょうし」
「あら、言っておくけれど私ならジョアン様に訴えられたって自分が正しいって反論はするわよ」
「それはレオノール様がジョアン様に嫌われても構わないって思ってるからですよね。好きだったら……不満を飲み込んで我慢していたかもしれませんよ」
「それは憶測? それとも経験談かしら?」
「……想像に任せます」

 私達の雑談を余所にドゥルセの取り巻き達はイサベルの思わぬ反撃に狼狽えるばかり。毅然とした態度に怯んでいるのもあるだろう。イサベルは話は終わったとその場を後にしようとするが、不気味な笑い声があがって立ち止まった。

 笑ったのはドゥルセだった。口元は三日月を描いているけれど目が据わっている。その豹変ぶりには取り巻き勢も驚くばかりだった。対峙するイサベルもさすがに気圧されているようで一歩後ずさった。

「ふ、ふふふっ。少し穏便にすませてあげようと思っていたのに、ねえ」
「ドゥルセ様、一体何を仰って……」
「その減らず口、二度と叩けなくしてあげるわ!」

 ドゥルセは一度瞼を閉じ、一気に目を見開く。普段皆から美しいと讃えられた相貌からは想像も出来ない二つの鋭い眼光がイサベルを捉え……なかった。袖口に忍ばせていたのか、イサベルは顔の前に手鏡をかざしたのだ。

 ドゥルセは鏡に映された自分を見る形となり、時間が止まったかのように全く動かなくなった。いや、正確には動こうとしているのに動けなくなった、か。身体を震わせ、喉から何かを絞り出そうとする様子は伺える。

「すみませんが次の授業がありますからこれで失礼します」

 イサベルは異変が起こったドゥルセを尻目に深々とお辞儀をしてからその場を去っていった。取り巻き勢は麻痺したドゥルセに必死に声をかけたり身体を揺すったりするばかり。イサベルを阻むような余裕は無かったようだ。

「今のは……!?」
「麻痺の邪視ね。イサベルを懲らしめようとして跳ね返された、辺りかしら」
「嘘……。ドゥルセ様が邪視持ちだなんて話は聞いた覚えが……!」
「カレンも早く教室に戻らないと次の授業に遅れるわよ」

 何が何だか頭の整理が付かない私を余所に、レオノールは既にその場から離れる間際だった。もうここには用が無いと言わんばかりだったが、去り行く後姿すらも洗練されていて優雅だった。

 取り残された私はただ混乱するばかりだった。
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