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ヒロインと駆け引きする元悪役令嬢
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「庶民と貴族との間に口約束が成立するって本気で思ってるの?」
「ちゃんと文章にもしてもらったんだから! それで、わたしが元々稼いでたぐらいのお金は送られてきたわよね?」
「全然」
「……っ。男爵の奴、わたしを騙したの?」
「問い詰めても自分はきちんと援助したって主張されるだけじゃないかな? お母さんが受け取ったか受け取ってないかなんてもう分からないんだし」
「……。ああ、そう言うことなのね。やられたわ……」
イサベルは最初から横領の可能性を考えていたのか、忌々しそうに顔をしかめるだけだった。……かつてのイサベルもあまり男爵家での待遇は良くなかったそうだし、目の前のイサベルが男爵を忌み嫌っているのは信じていいだろう。
「それよりカレンはどうやって生き延びたの? 凄い火事だったって聞いたけれど」
「勤め先のご婦人が亡くなって埋葬を見届けてたから、たまたま免れただけだよ。今はご婦人の教え子って人のお世話になってる」
「学園の学費って結構高かったと思うんだけれど、その人に援助してもらったの?」
「特待生になったから入学費と授業料は免除してもらってる。維持するためにも勉強頑張らないと」
「カレンが特待生、ね……」
イサベルは意味深に呟いた後目を伏せた。何やら考え込んでいる様子だったのでこちらからも何も語りかけない。大方私の生存と学園通いは想定外だった、辺りだろう。その上でカレンという異物が混入した結果どのように運命が狂うかを考えている、とかか。
「カレンはさっき「初めまして」って言ってたけれど、偶然似ているだけの赤の他人として接すればいいのよね?」
「追加で要望すると男爵に疑われないようあまりお互い関わり合わない方がいいかも」
「そう、ね。こっちもあまり早いうちから男爵に目を付けられたくはないわ」
この辺りは互いの利害が一致した形だ。
互いに相手が邪魔にならない限り干渉はしない。それが何をやるにせよことが荒立たない賢明な選択だろう。
「ところでイサベルったら初日から結構飛ばしてみんなに自分を売り込んでたけれど」
「貴族って言ってもわたしは一番爵位が低い男爵の娘だもの。ある程度身分の違いを超えて人脈を築くまたとない機会なんだから、最大限に活用してるだけよ」
「ふぅん。いいお友達が出来ると良いね」
「ええ。素晴らしいご令嬢が大勢いらっしゃるから、何とか誘われたいところね」
あえて含みを持たせた言い方をしたのだが、はぐらかされたか。
かつてのイサベルは同姓の友人はそこそこに殿方との交流の方を重点を置いていたから。良い縁を築くためだから、積極的であっても男爵令嬢としては別に可笑しくないのだが……。明らかに異性を含まなかったところをみるとあえて避けたようだ。
(やっぱりイサベルは自然に振る舞って殿方の心を掴んだんじゃなく、殿方に好きに思わせるよう攻略していたのね)
他愛ない姉妹の会話の筈なのに、私達は互いの腹を探り合っている。そこに家族の絆はどこにもない。油断すれば背後から刺されるせめぎ合いに他ならないだろう。
「カレンはどうするの? 勉強づくめ?」
「わたしは別に成人後に加わる社交界に向けての足がかりなんて意味無いから。ひたすら勉強するだけかな」
「へえ。あわよくば素敵な王子様と恋愛したい、とか思わないの?」
「……!?」
イサベルは口を三日月のような形をさせた笑みを浮かべた。
この発言は一種のカマかけだろう。もし私がイサベルがこの先しでかすことを知っていたんだとしたら何かしら反応を示す、と考えて。
私は思わずその思惑に乗りかけたが、すんでのところで面に出さずに済んだ。
「そうだね。出来れば優しくしてくれる男の人がいいなぁ」
「あら、カレンはわたしに似てとっても可愛いんだからきっとモテるわよ。何よ、地味に装っちゃってさ」
「駄目だよ。普段の生活費稼ぐために学園から帰った後働かなきゃいけないし」
「あー。その辺りも考えなきゃ駄目なのか」
じゃあ、と言ってからイサベルはこちらに手を差し出した。何を意味するのか分からないでいたら彼女はもう片方の手で私の手首を掴み、引き寄せる。戸惑う私を余所に彼女は私の手を握った。握手だと気付いたのはそれからほんの少し経ってからだった。
「とにかく、これからわたし達は姉妹として語り合えなくなるし、友人として親密にもなれないけれど、唯一の家族には変わりないわ」
「イサベル……」
「これからもよろしくね」
「うん、こちらこそ」
お互いに笑みをこぼした。しかし、道が分かれた姉妹が将来に幸あれと願い合う、なんて綺麗な思いからではない。
これは意思表示だ。
邪魔をするなら姉妹であっても容赦しない、との。
「ちゃんと文章にもしてもらったんだから! それで、わたしが元々稼いでたぐらいのお金は送られてきたわよね?」
「全然」
「……っ。男爵の奴、わたしを騙したの?」
「問い詰めても自分はきちんと援助したって主張されるだけじゃないかな? お母さんが受け取ったか受け取ってないかなんてもう分からないんだし」
「……。ああ、そう言うことなのね。やられたわ……」
イサベルは最初から横領の可能性を考えていたのか、忌々しそうに顔をしかめるだけだった。……かつてのイサベルもあまり男爵家での待遇は良くなかったそうだし、目の前のイサベルが男爵を忌み嫌っているのは信じていいだろう。
「それよりカレンはどうやって生き延びたの? 凄い火事だったって聞いたけれど」
「勤め先のご婦人が亡くなって埋葬を見届けてたから、たまたま免れただけだよ。今はご婦人の教え子って人のお世話になってる」
「学園の学費って結構高かったと思うんだけれど、その人に援助してもらったの?」
「特待生になったから入学費と授業料は免除してもらってる。維持するためにも勉強頑張らないと」
「カレンが特待生、ね……」
イサベルは意味深に呟いた後目を伏せた。何やら考え込んでいる様子だったのでこちらからも何も語りかけない。大方私の生存と学園通いは想定外だった、辺りだろう。その上でカレンという異物が混入した結果どのように運命が狂うかを考えている、とかか。
「カレンはさっき「初めまして」って言ってたけれど、偶然似ているだけの赤の他人として接すればいいのよね?」
「追加で要望すると男爵に疑われないようあまりお互い関わり合わない方がいいかも」
「そう、ね。こっちもあまり早いうちから男爵に目を付けられたくはないわ」
この辺りは互いの利害が一致した形だ。
互いに相手が邪魔にならない限り干渉はしない。それが何をやるにせよことが荒立たない賢明な選択だろう。
「ところでイサベルったら初日から結構飛ばしてみんなに自分を売り込んでたけれど」
「貴族って言ってもわたしは一番爵位が低い男爵の娘だもの。ある程度身分の違いを超えて人脈を築くまたとない機会なんだから、最大限に活用してるだけよ」
「ふぅん。いいお友達が出来ると良いね」
「ええ。素晴らしいご令嬢が大勢いらっしゃるから、何とか誘われたいところね」
あえて含みを持たせた言い方をしたのだが、はぐらかされたか。
かつてのイサベルは同姓の友人はそこそこに殿方との交流の方を重点を置いていたから。良い縁を築くためだから、積極的であっても男爵令嬢としては別に可笑しくないのだが……。明らかに異性を含まなかったところをみるとあえて避けたようだ。
(やっぱりイサベルは自然に振る舞って殿方の心を掴んだんじゃなく、殿方に好きに思わせるよう攻略していたのね)
他愛ない姉妹の会話の筈なのに、私達は互いの腹を探り合っている。そこに家族の絆はどこにもない。油断すれば背後から刺されるせめぎ合いに他ならないだろう。
「カレンはどうするの? 勉強づくめ?」
「わたしは別に成人後に加わる社交界に向けての足がかりなんて意味無いから。ひたすら勉強するだけかな」
「へえ。あわよくば素敵な王子様と恋愛したい、とか思わないの?」
「……!?」
イサベルは口を三日月のような形をさせた笑みを浮かべた。
この発言は一種のカマかけだろう。もし私がイサベルがこの先しでかすことを知っていたんだとしたら何かしら反応を示す、と考えて。
私は思わずその思惑に乗りかけたが、すんでのところで面に出さずに済んだ。
「そうだね。出来れば優しくしてくれる男の人がいいなぁ」
「あら、カレンはわたしに似てとっても可愛いんだからきっとモテるわよ。何よ、地味に装っちゃってさ」
「駄目だよ。普段の生活費稼ぐために学園から帰った後働かなきゃいけないし」
「あー。その辺りも考えなきゃ駄目なのか」
じゃあ、と言ってからイサベルはこちらに手を差し出した。何を意味するのか分からないでいたら彼女はもう片方の手で私の手首を掴み、引き寄せる。戸惑う私を余所に彼女は私の手を握った。握手だと気付いたのはそれからほんの少し経ってからだった。
「とにかく、これからわたし達は姉妹として語り合えなくなるし、友人として親密にもなれないけれど、唯一の家族には変わりないわ」
「イサベル……」
「これからもよろしくね」
「うん、こちらこそ」
お互いに笑みをこぼした。しかし、道が分かれた姉妹が将来に幸あれと願い合う、なんて綺麗な思いからではない。
これは意思表示だ。
邪魔をするなら姉妹であっても容赦しない、との。
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