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スルーする悪役令嬢が信じ難い元悪役令嬢
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(だから私が皆を代表してイサベルを注意したのよね。王太子に対する礼儀ではない、みたいな感じに)
そんな戸惑いが支配する中でレオノールが二人に歩み寄り、やんわりとたしなめたのだ。その時に何を言ったかまでは覚えていないけれど、まだイサベルが恥をかかないよう言葉を選んでいだ覚えがある。
私は記憶を頼りに視線を移すと、やはり現場を目撃するレオノールの姿があった。しかし彼女は表情を何一つ変えていない。まるで単に景色を視界に映しただけみたいに、だ。何人かが彼女に気付いて心配そうに見つめていたけれど、気に留める様子はない。
人だかりが出来始めていた中でレオノールが歩みだす。彼女の接近に気付いた他の生徒は通行の妨げにならないよう道を開けた。レオノールは微笑をたたえて彼らに感謝を述べていく。その様子はさながら王者の行進のようだった。
そしてジョアン様達に近づいたレオノールは……そのまま彼らを素通りした。
「え!?」
周囲がざわついた。
事情を知る私ですらにわかには信じ難い。
イサベルには目もくれなかった。ジョアン様に声もかけなかった。黒く渦巻く感情を押し殺してそう振る舞っているのではなく、素でどうでもいいとばかりに、だ。
騒然となったのは普段のレオノールとあまりに異なっていたから。おそらく大半の人が婚約者と仲睦まじくする彼女だったら不用意に近寄る小娘に常識を指摘すると思っただろう。あまりの事態にまさか無視する程激怒したのでは、とまで囁かれる始末だ。
「お、お待ちくださいレオノール様!」
「あの娘は恐れ多くも王太子殿下のお手を煩わせたばかりかなれなれしく声をかけたではありませんか! 放っておかれるのですか……!?」
我に返った何名かの女子生徒が慌ててレオノールの後を追う。皆好き勝手言うけれど要約すると「それでいいのですか?」に尽きた。だがレオノールはそんな令嬢の進言にも歩みを止めようとしなかった。
「放っておきなさい。ジョアン様にはジョアン様のお考えがあるのでしょう。私はそれに従うだけです」
「ですが……!」
「貴女達も彼女が何をしようがくれぐれも手を出さないように。後々面倒な目に遭いたくないのならなおさらです。いいですね?」
「……っ。レオノール様がそう仰られるのでしたら……」
私が聞けたレオノールとその取り巻き達の会話はそこまでだった。その内容から察するにレオノールは私の失敗、即ちイサベルへの過度な干渉を避ける気でいるようだ。それを友人達にも促し間接的にもイサベルの立場を悪くしないようにする徹底ぶりだ。
さすがのジョアン様もこれには驚いたらしく目を見開いている。だがその面持ちからは不安は見られない。むしろ好奇心を抱いたのかわずかに口角が吊り上がっている。邪推するなら、レオノールからイサベルへの警戒がにじみ出ていたのを見逃さなかったからか。
むしろ一番焦っているのは仕掛けた当の本人であるイサベルだろう。去り行くレオノールの背中を見つめながら何やら独り言をぶつぶつ呟いている。あいにく周囲の雑音に吸い込まれて私の耳までは届かなかった。
(本来ある筈だった展開と違っていたから疑念を抱いたのかしらね?)
まだ確信はないもののイサベルは十中八九レオノールと同じくこの先を知っている。
更に私からヒロイン役とやらを奪うぐらいイサベルに執着していることから、狙いは玉の輿か、またはイサベルに好意を寄せるだろう殿方か。
いずれにせよイサベルが私の知るイサベル通りに振る舞うことは容易に想像出来る。ただレオノールが破滅を回避すべき以前と別の行動を取るならそのまま台本通り演じても道化だろう。イサベルであることを活用して思いもよらぬ手に打って出るかもしれない。
(はあ……。勝手にやって頂戴よ)
私は思わず深いため息を漏らしながら足を再び動かし始める。これ以上道草を食っていたら始業の鐘が鳴るまでに教室に着けないかもしれない。彼女達の行く末も気になるが私は今の我が身が一番可愛いのだ。
その他大勢の一人に過ぎない私がその場から去っても誰も気が付きやしなかった。
そんな戸惑いが支配する中でレオノールが二人に歩み寄り、やんわりとたしなめたのだ。その時に何を言ったかまでは覚えていないけれど、まだイサベルが恥をかかないよう言葉を選んでいだ覚えがある。
私は記憶を頼りに視線を移すと、やはり現場を目撃するレオノールの姿があった。しかし彼女は表情を何一つ変えていない。まるで単に景色を視界に映しただけみたいに、だ。何人かが彼女に気付いて心配そうに見つめていたけれど、気に留める様子はない。
人だかりが出来始めていた中でレオノールが歩みだす。彼女の接近に気付いた他の生徒は通行の妨げにならないよう道を開けた。レオノールは微笑をたたえて彼らに感謝を述べていく。その様子はさながら王者の行進のようだった。
そしてジョアン様達に近づいたレオノールは……そのまま彼らを素通りした。
「え!?」
周囲がざわついた。
事情を知る私ですらにわかには信じ難い。
イサベルには目もくれなかった。ジョアン様に声もかけなかった。黒く渦巻く感情を押し殺してそう振る舞っているのではなく、素でどうでもいいとばかりに、だ。
騒然となったのは普段のレオノールとあまりに異なっていたから。おそらく大半の人が婚約者と仲睦まじくする彼女だったら不用意に近寄る小娘に常識を指摘すると思っただろう。あまりの事態にまさか無視する程激怒したのでは、とまで囁かれる始末だ。
「お、お待ちくださいレオノール様!」
「あの娘は恐れ多くも王太子殿下のお手を煩わせたばかりかなれなれしく声をかけたではありませんか! 放っておかれるのですか……!?」
我に返った何名かの女子生徒が慌ててレオノールの後を追う。皆好き勝手言うけれど要約すると「それでいいのですか?」に尽きた。だがレオノールはそんな令嬢の進言にも歩みを止めようとしなかった。
「放っておきなさい。ジョアン様にはジョアン様のお考えがあるのでしょう。私はそれに従うだけです」
「ですが……!」
「貴女達も彼女が何をしようがくれぐれも手を出さないように。後々面倒な目に遭いたくないのならなおさらです。いいですね?」
「……っ。レオノール様がそう仰られるのでしたら……」
私が聞けたレオノールとその取り巻き達の会話はそこまでだった。その内容から察するにレオノールは私の失敗、即ちイサベルへの過度な干渉を避ける気でいるようだ。それを友人達にも促し間接的にもイサベルの立場を悪くしないようにする徹底ぶりだ。
さすがのジョアン様もこれには驚いたらしく目を見開いている。だがその面持ちからは不安は見られない。むしろ好奇心を抱いたのかわずかに口角が吊り上がっている。邪推するなら、レオノールからイサベルへの警戒がにじみ出ていたのを見逃さなかったからか。
むしろ一番焦っているのは仕掛けた当の本人であるイサベルだろう。去り行くレオノールの背中を見つめながら何やら独り言をぶつぶつ呟いている。あいにく周囲の雑音に吸い込まれて私の耳までは届かなかった。
(本来ある筈だった展開と違っていたから疑念を抱いたのかしらね?)
まだ確信はないもののイサベルは十中八九レオノールと同じくこの先を知っている。
更に私からヒロイン役とやらを奪うぐらいイサベルに執着していることから、狙いは玉の輿か、またはイサベルに好意を寄せるだろう殿方か。
いずれにせよイサベルが私の知るイサベル通りに振る舞うことは容易に想像出来る。ただレオノールが破滅を回避すべき以前と別の行動を取るならそのまま台本通り演じても道化だろう。イサベルであることを活用して思いもよらぬ手に打って出るかもしれない。
(はあ……。勝手にやって頂戴よ)
私は思わず深いため息を漏らしながら足を再び動かし始める。これ以上道草を食っていたら始業の鐘が鳴るまでに教室に着けないかもしれない。彼女達の行く末も気になるが私は今の我が身が一番可愛いのだ。
その他大勢の一人に過ぎない私がその場から去っても誰も気が付きやしなかった。
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