上 下
22 / 70

悪役令嬢と手を組む元悪役令嬢

しおりを挟む
「本当にって言われても何が何だか分かりませんが、わたしはカレンです」
「ふぅん、そうなんだ。たまたま火事に巻き込まれずに王太子殿下のお世話に、ねえ。信じられると思う?」
「事実ですから信じてもらうしかありません」

 ……? 妙だ。今の言い回しだと私がやがてレオノールを脅かすイサベルではない疑いは晴れたけれど、カレンである点が気になるらしい。けれど私の記憶ではイサベルの肉親は登場した覚えが無いのだが。

「成程ね。じゃあ――」

 それから続けたレオノールの言葉は私には理解出来なかった。王太子妃教育を受けたかつての私は周辺諸国はおろか海を隔てた向こう側の国の言語も学んだのに、そのどれとも違った。聞き取れたのは時々出てくる名詞ぐらいだった。

 ……同じレオノールなのに私の分からない知識を披露されるのは結構腹立たしい。

「それ、どこの言葉ですか? 何言っているのか全然分かりません」
「本当に? 嘘は言ってないでしょうね?」
「嘘言ったってしょうがないですよ」
「そう、なら私の勘違いだったようね。疑ってしまったことは謝るわ」

 不敬にも少し刺々しい方で答えたら、なんとレオノールが謝罪のために軽く頭を下げてきた。公爵令嬢の彼女が平民の私に、だ。尊大と傲慢を絵に描いたようだったかつてのレオノールだったらまず考えられなかった行為だ。

 この女は……誰だ?
 私の知るレオノールじゃあないのか?

「幾つかの偶然……いえ、幸運が重なって火事で命を落とさずに済んだのね」
「……わたしだけが助かったことを幸運だなんて言わないでください。わたしが家に早く戻っていたらお母さんを連れて逃げられたかもしれないのに」
「そんなことは……ああ、これは貴女には関係ない話だったわ。ごめんなさいね」
「あのことについて何か知っているような口ぶりに聞こえますけど?」

 私が質問を投げかけてもレオノールは微笑をこぼして受け流すだけだった。先程まではレオノールが私を疑っていたけれど、今は完全に逆だ。こうまで不穏な判断材料が集まってくると、頭の中で危険だと警鐘が鳴らされる感覚に陥る。

「これからラーラ先生のもとで一緒に学ぶ間柄になるんだもの。仲良くしましょう」
「……そんなの恐れ多いです。だってレオノール様は公爵家のご令嬢ですし、王太子様の婚約者なんですよね? 本当だったらわたしなんか近寄ることさえ出来ない高貴な方じゃないですか」
「いいのよ。ラーラ先生も王太子殿下も許可したのでしょう? なら私はあの方々の判断に従います」
「その割にはジョアン様と距離を置いているそうですね」

 私は思い切って核心に踏み込むことにした。余裕を取り戻したレオノールから再び優雅さが鳴りを潜め、警戒心が表に出る。さすがの威圧感だけれど私は全く気圧されずに彼女と向き合い続ける。私は最初から作り笑いすら浮かべないままだ。

「誰はそんな悪評を振りまいたのかしら?」
「ジョアン様ご本人から聞きました。レオノール様は自分と線を引いている、って」
「……。そう、所詮貴女も彼女と同じなのね」

 レオノールから向けられたのは明らかな敵意だった。少し焦りすぎたかと反省しつつも、これである程度の事情は察せた。ならここは……、

「身構えるのは、公爵令嬢レオノールがやがて男爵令嬢イサベルに王太子ジョアン様を奪われ、反逆の罪で獄中死するからですか?」
「……!?」

 私がその破滅を口にした途端、レオノールは憤りを露わにして立ち上がった。この反応、あり得る筈もない未来を喋ったからではない。
 間違いなくレオノールは婚約破棄からの終焉を知っている。

「やっぱり貴女は――!」
「いえ、多分レオノール様とは違う事情からだと思いますよ。現にわたしはどうしてレオノール様がそのことを知っているのか分かりませんし」
「……。確かに貴女、さっき話した言葉が分からなかったわね」

 婚約破棄されると分かっているからジョアン様とは初めから絆を深めようとしないし、破滅の元凶となったイサベルを敵とみなすのだ。大方私もイサベルと同じようにジョアン様を誑かしたと思ったから先ほど豹変したんだろう。

「正直告白しますとわたしはイサベルの恋愛劇になんて巻き込まれたくないんです。ジョアン様にもレオノール様とも会いたくなかった」
「あら、実の妹に対して随分と辛らつじゃないの。もっと大成功を喜べばいいのに」
「冗談じゃないですよ。誰が横恋慕を祝福しますか。それにやっぱりわたしの事情を知ってるんですね?」
「あら、口を滑らせちゃったかしら?」

 この際レオノールがどこまで知っているかは問題ではない。かと言ってレオノールと敵対するのは得策ではない。むしろこの先待ち受ける運命を乗り切るまでは肩を並べるべきだろう。

 私はレオノールに手を差し出した。それをレオノールはきょとんと見つめる。

「手を組みませんか? お互いイサベルに振り回されたくないんですし」
「……。成程。少なくともまだ始まってすらいない今から反目し合うのは賢くないわね」

 レオノールは微笑を浮かべ直して私の手を握った。わずかな力みが感じられる。やはり信頼しきってはいないようだ。だがそれはお互い様だ。

「いいでしょう。乗ってあげるわ」
「じゃあその時までよろしくお願いします」

 こうして私とレオノールとの間に仮の同盟が結ばれた。しかしそれがどのような結果をもたらすのか、互いに分かりはしなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる

花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

悪役令嬢ってこれでよかったかしら?

砂山一座
恋愛
第二王子の婚約者、テレジアは、悪役令嬢役を任されたようだ。 場に合わせるのが得意な令嬢は、婚約者の王子に、場の流れに、ヒロインの要求に、流されまくっていく。 全11部 完結しました。 サクッと読める悪役令嬢(役)。

ざまぁされるのが確実なヒロインに転生したので、地味に目立たず過ごそうと思います

真理亜
恋愛
私、リリアナが転生した世界は、悪役令嬢に甘くヒロインに厳しい世界だ。その世界にヒロインとして転生したからには、全てのプラグをへし折り、地味に目立たず過ごして、ざまぁを回避する。それしかない。生き延びるために! それなのに...なぜか悪役令嬢にも攻略対象にも絡まれて...

婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?

ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定

処理中です...