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王宮勤めが決まった元悪役令嬢

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 私はあふれ出る涙をぬぐってジョアン様を見据えた。ジョアン様はそんな気丈に振る舞う私に満足そうな笑みをこぼす。……正直、こんなジョアン様はかつてのレオノールはおろかイサベルにも見せたことはなかったのではないだろうか?

「何でも聞いてください。ちゃんと答えますから」
「じゃあ遠慮なく。家にいたのは母親だけだそうだが、他に家族は?」
「いません。二人暮らしです」
「親父さんはどうしたんだ?」

 本当に遠慮ないなこの王太子殿下は。

 迷う必要は無かった。父親が当主を務める男爵家なんぞよりジョアン様の方がはるかに格上だから権力を恐れなくたっていい。だから私は遠慮なく父親のこと、お母さんのこと、それからイサベルになった本当のカレンのことを打ち明けた。

「男爵家の庶子、か。思った以上に事情が複雑そうだなあ」
「かの男爵家でしたら確か新たに子を迎え入れたとの報告がありましたか」
「男爵が妾どころか使用人に手を付けて産ませた子だとバレるのを恐れて口封じでもしたか?」
「その線も疑って調べた方が良さそうですね」

(そんな自分勝手な理由でお母さんは殺されたっていうの?)

 そう頭に血が上る反面、納得出来てしまった。間違いなくレオノールだった頃の常識のせいだ。貴族は平民のことなんて何とも思っていない。家や自分のためなら虫を潰すように犠牲にしたっておかしくない。

 もしそれが真実ならイサベルはどうだったんだろう? 彼女もまた母親と姉妹を失っていたんだろうか? それとも実は彼女も知っていて、保身のために実の家族を切り捨てたんだとしたら? ……今となっては分からないんだけれど。

「調査は俺、と言うか役人に任せておけ。犯人にはしかるべき罰が与えられるだろうさ」
「相手がもし貴族様だったとしても?」
「あー。権力でもみ消されるだろうって? 安心しろ。男爵ごときには手を出させやしないさ」
「……分かりました。よろしくお願いします」

 私は深々と頭を下げた。王太子が気に掛ける事件ともなればよほど国政に関わる名家でもなければ公正に処罰されるだろう。自分の手で恨みを晴らしたい気持ちはあるけれどそれが正しいんだ、と自分に言い聞かせる。

「で、話を元に戻すが、カレンはどうしたいんだ?」
「えっと、先生に紹介していただいた奉公先が下宿可能か確認して――」
「問題ありません。採用します」
「駄目だったら……え?」

 改めて私は一昨日の説明を繰り返そうとして、ラーラ女史に口を挟まれた。しかも採用? 混乱する私を余所に再びジョアン様の傍に戻っていた彼女は懐から先生に書いていただいた紹介状を取り出した。

「カルロッタ先生はカレンさんにかつての教え子を頼るように促しているようですね。光栄にも私もそのうちの一人に挙がっていました」
「ラーラさんってカルロッタ先生の教え子だったんですか!?」
「え? はい、そうですが何か?」
「あ、いえ。何でもないです……」

 思わず驚きの声をあげてしまった。まさかこんなところにも接点があっただなんて思いもしなかった。確かに思い出話に『先生』は度々登場していた覚えがあるけれど、それがカルロッタ先生だなんてどうして結び付けられるだろうか?

「先生の教え子であれば最低限の教育は受けている筈。雇っても問題は無いでしょう。殿下、よろしいでしょうか?」
「ああ構わない。やはり持つべきは人との繋がりだな。カレンよ、そうだろう?」
「……」

 ジョアン様は満足げに頷いた。
 今でもジョアン様と関わりたくない思いはある。けれどそれは明日の心配に過ぎない。仕事も住処も失った私は今日を生きる心配をしなくてはいけない。先生の他の教え子が私を受け入れてくれるか不確定な以上、ラーラ女史の勧誘は渡りに船だ。

「分かりました。色々と至らない所もありますが、お世話になります」

 結局、イサベルとなった私もジョアン様と深く関わることになってしまった。
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