17 / 70
火災の惨状を聞く元悪役令嬢
しおりを挟む
「すみません、服をよごしてしまって……」
「洗えば済む話だ。気にする必要は無い」
泣くだけ泣いて落ち着いた私は何故かジョアン様と一緒に朝食を取っていた。私が緊張しないよう簡素な料理がテーブルに並べられた。それでも固くないパン、ジャム、エッグ、サラダ等、イサベルとしては始めて口にする豪華さなのだけれど。
彼の傍らで控えている使用人も一人だけだ。これも私を配慮してなんだろうけれど、彼女は王宮で家政婦長兼教育係を務めるラーラ女史だと知っている。緊張するなと言う方が無理がある。
「悪いが俺は感情に振り回される非建設的な話が嫌いでね。これ以上慰めてもらいたいならそこのラーラにでもお願いしろ」
「い、いえ。これ以上迷惑をかけるわけには……」
「カレンはこれからどうしたい?」
問いかけられた私は一旦頭の中を整理する。しかしジョアン様は私に思考する時間を与えずに再び口を開いた。相変わらず自分の好きなように進む方だ。
「家も家族も勤め先も失って戻るところがないだろう。俺が一昨日言ったようにこの家に来ないか? ああ、勿論働いてもらうことになるが、先生の下で学んだカレンなら下働き以上の仕事を任せられる。給金は期待していい」
「……わたしの家はやっぱり燃え尽きていたんですか?」
「ん? ああ、そうだな。まずはそこから状況を把握するか。ラーラ、アレを持って来てくれ」
「畏まりました。しばしお待ちを」
ラーラ女史は恭しく一礼すると足音を立てずに部屋から去っていった。その間ジョアン様は皿に盛られた料理を口にする。私もお腹が空いていたのもあって行儀なんてそっちのけで次々に食べていった。とても美味しい。
戻ってきたラーラ女史は木箱を抱えていた。彼女は木箱を床に置くとその上に置かれた地図を広げて私達に提示した。テーブルの上に置かないのは食事中だからだろう。わたしは一向に構わないのだけれど。
「この赤く囲った地区が今回の火災で被害に遭った場所だ。そのうち全焼した家屋は黒く塗りつぶしている」
「結構被害が大きいですね……」
「発生は夕方時で女子供が家に戻り、男が仕事を終えようとした時刻らしい。火元は生存者の証言から大体この辺りのようだな」
「……わたしの家の近くです」
それは火災の調査に使われているだろう貧民街の地図だった。赤枠と黒塗りの他にバツ印があり、多分……犠牲者が見つかった場所を示しているんだろう。私の家にも亡くなったお母さんを示すバツ印が……二つ?
「カレンの家ってここで合ってるか?」
「あ、はい。そうです」
「アレから二人目の遺体が見つかってな。昨日の調査で近所に住むカレンと同世代の娘だと判明した。確かこの家だったって聞いてるんだが、心当たりは?」
「多分ですけど知ってます」
近所付き合いはある方だったから粗方住人の顔は知っている。私の家にいたとされる少女からは何度かおすそ分けだと料理を分けてもらったことがある。私が働いている時にお母さんを見てもらう代わりに休日私が向こうの掃除を手伝う、なんてこともあった。
そうやって持ちつ持たれつだったから恵まれなくても暮らしていけた。そうか……お母さんばかりじゃなく、私はこれまでの生活のほとんどを失ってしまったのか。あまりにも私の中から奪われた存在が大きすぎてまだ飲み込めない。
「死因は刺殺だった」
「……は?」
「焼死じゃない。カレンのお母さんとその少女は殺されたんだ」
殺された?
お母さん達が?
どうして?
「不幸中の幸いだったのはカレンのお母さんは抵抗の跡が無かったことから就寝中に犯行に及んだようだとさ。少女は背中の切り傷と腹部や胸部に無数の刺し傷があって、口封じもしくは……」
「もしくは……?」
「カレンと間違えられて被害に遭った可能性がある」
「――っ! どう、して……!」
思わず立ち上がろうとしたけれど、ラーラ女史がいつの間にか背後に回っていて、両肩に手を乗せられていた。思わず振り返ってもラーラ女史は顔色一つ変えずに私を見つめるばかり。
しかし彼女の瞳が語っている。御前だから控えなさい、と。
「それから燃焼具合といい、どうも油を撒かれた可能性があるそうだ。火事は証拠隠滅を図った放火かもしれないってことだな」
「わたし、そんな人に恨まれるようなことなんてしてません! お母さんだって……!」
「落ち着け。とにかく調べようにもたまたまカレンの家が標的にされたのか初めから狙われていたかで捜査の方針が全然違ってくる。何か些細な点でもいいから教えてくれ」
「そう言われても、わたしには何も思いつかなくて……」
とは言ったものの参考になるならないを判断するのはジョアン様だ。イサベルじゃあるまいし、わたしがいくら女々しくしても彼の心には響かないだろう。ここはとにかく彼を満足させる程度には喋りまくるしかない。
「洗えば済む話だ。気にする必要は無い」
泣くだけ泣いて落ち着いた私は何故かジョアン様と一緒に朝食を取っていた。私が緊張しないよう簡素な料理がテーブルに並べられた。それでも固くないパン、ジャム、エッグ、サラダ等、イサベルとしては始めて口にする豪華さなのだけれど。
彼の傍らで控えている使用人も一人だけだ。これも私を配慮してなんだろうけれど、彼女は王宮で家政婦長兼教育係を務めるラーラ女史だと知っている。緊張するなと言う方が無理がある。
「悪いが俺は感情に振り回される非建設的な話が嫌いでね。これ以上慰めてもらいたいならそこのラーラにでもお願いしろ」
「い、いえ。これ以上迷惑をかけるわけには……」
「カレンはこれからどうしたい?」
問いかけられた私は一旦頭の中を整理する。しかしジョアン様は私に思考する時間を与えずに再び口を開いた。相変わらず自分の好きなように進む方だ。
「家も家族も勤め先も失って戻るところがないだろう。俺が一昨日言ったようにこの家に来ないか? ああ、勿論働いてもらうことになるが、先生の下で学んだカレンなら下働き以上の仕事を任せられる。給金は期待していい」
「……わたしの家はやっぱり燃え尽きていたんですか?」
「ん? ああ、そうだな。まずはそこから状況を把握するか。ラーラ、アレを持って来てくれ」
「畏まりました。しばしお待ちを」
ラーラ女史は恭しく一礼すると足音を立てずに部屋から去っていった。その間ジョアン様は皿に盛られた料理を口にする。私もお腹が空いていたのもあって行儀なんてそっちのけで次々に食べていった。とても美味しい。
戻ってきたラーラ女史は木箱を抱えていた。彼女は木箱を床に置くとその上に置かれた地図を広げて私達に提示した。テーブルの上に置かないのは食事中だからだろう。わたしは一向に構わないのだけれど。
「この赤く囲った地区が今回の火災で被害に遭った場所だ。そのうち全焼した家屋は黒く塗りつぶしている」
「結構被害が大きいですね……」
「発生は夕方時で女子供が家に戻り、男が仕事を終えようとした時刻らしい。火元は生存者の証言から大体この辺りのようだな」
「……わたしの家の近くです」
それは火災の調査に使われているだろう貧民街の地図だった。赤枠と黒塗りの他にバツ印があり、多分……犠牲者が見つかった場所を示しているんだろう。私の家にも亡くなったお母さんを示すバツ印が……二つ?
「カレンの家ってここで合ってるか?」
「あ、はい。そうです」
「アレから二人目の遺体が見つかってな。昨日の調査で近所に住むカレンと同世代の娘だと判明した。確かこの家だったって聞いてるんだが、心当たりは?」
「多分ですけど知ってます」
近所付き合いはある方だったから粗方住人の顔は知っている。私の家にいたとされる少女からは何度かおすそ分けだと料理を分けてもらったことがある。私が働いている時にお母さんを見てもらう代わりに休日私が向こうの掃除を手伝う、なんてこともあった。
そうやって持ちつ持たれつだったから恵まれなくても暮らしていけた。そうか……お母さんばかりじゃなく、私はこれまでの生活のほとんどを失ってしまったのか。あまりにも私の中から奪われた存在が大きすぎてまだ飲み込めない。
「死因は刺殺だった」
「……は?」
「焼死じゃない。カレンのお母さんとその少女は殺されたんだ」
殺された?
お母さん達が?
どうして?
「不幸中の幸いだったのはカレンのお母さんは抵抗の跡が無かったことから就寝中に犯行に及んだようだとさ。少女は背中の切り傷と腹部や胸部に無数の刺し傷があって、口封じもしくは……」
「もしくは……?」
「カレンと間違えられて被害に遭った可能性がある」
「――っ! どう、して……!」
思わず立ち上がろうとしたけれど、ラーラ女史がいつの間にか背後に回っていて、両肩に手を乗せられていた。思わず振り返ってもラーラ女史は顔色一つ変えずに私を見つめるばかり。
しかし彼女の瞳が語っている。御前だから控えなさい、と。
「それから燃焼具合といい、どうも油を撒かれた可能性があるそうだ。火事は証拠隠滅を図った放火かもしれないってことだな」
「わたし、そんな人に恨まれるようなことなんてしてません! お母さんだって……!」
「落ち着け。とにかく調べようにもたまたまカレンの家が標的にされたのか初めから狙われていたかで捜査の方針が全然違ってくる。何か些細な点でもいいから教えてくれ」
「そう言われても、わたしには何も思いつかなくて……」
とは言ったものの参考になるならないを判断するのはジョアン様だ。イサベルじゃあるまいし、わたしがいくら女々しくしても彼の心には響かないだろう。ここはとにかく彼を満足させる程度には喋りまくるしかない。
10
お気に入りに追加
463
あなたにおすすめの小説
選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています
窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。
シナリオ通りなら、死ぬ運命。
だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい!
騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します!
というわけで、私、悪役やりません!
来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。
あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……!
気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。
悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる
花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
ざまぁされるのが確実なヒロインに転生したので、地味に目立たず過ごそうと思います
真理亜
恋愛
私、リリアナが転生した世界は、悪役令嬢に甘くヒロインに厳しい世界だ。その世界にヒロインとして転生したからには、全てのプラグをへし折り、地味に目立たず過ごして、ざまぁを回避する。それしかない。生き延びるために! それなのに...なぜか悪役令嬢にも攻略対象にも絡まれて...
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる