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王太子と語り合う元悪役令嬢

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 口を滑らせた私をジョアン様はじっと見つめてくる。その深い色をした瞳に吸い込まれそうだと思ってしまうぐらい、視線が私を離さない。口角をわずかに吊り上げたのは、きっと「面白い」と思ったからだ。

「レオノールはどうも俺と距離を置きたいようだ。社交界で初めて顔を合わせた時、俺が名乗った途端に彼女は泡を吹いて気を失った」
「にわかには信じられませんよそんなの。わたし達庶民は貴族様のご令嬢はとても見麗しくて華や気品があるって感じに想像してます。いきなり泡吹いて倒れるなんて、話を盛ってませんか?」
「婚約が決まっても彼女は俺から遠ざかりたいようだな。何かと理由を付けて会おうとしない。たまに茶会を共をしても愛想笑いや適当なあいづちこそするばかりだ」

 まさか私がイサベルになったようにレオノールにも何かしらの未来を知ってしまったがために破滅に追いやった王太子と親密になろうとしていないとしたら。例えばそう、嫉妬でイサベルをいじめた、と噂されないために初めから離れようと。

「そんな。てっきり神にも祝福された婚約だとばっかり……」
「俺が単に彼女の好みに合わないのかと思いきやそうでもないようだ。別段嫌われるような真似をした覚えはないし、レオノールの両親にも聞いてみたが彼らも不思議がっていた。だから未だに理由が分からん」

 確かめたい気持ちに駆られたものの今のジョアン様とレオノールには極力関わりたくないのが本音だ。ぜっかく全く別の存在に生まれ変われたんだ。破滅の運命から逃れようとしているんだとしても今のレオノールの勝手だろう。

「レオノール様の心境なんてわたしには分かりませんよ」
「だが察してはいるんだろう? レオノールとカレンが俺から離れたがるわけはどうも同じに思えるんだが」
「もしそうだったとしてもレオノール様は打ち明けてないんですよね? だったらわたしから話せることも何もありません」
「む……せめて手がかりだけでも教えてくれないか?」

 手がかり? 貴方はいずれ男爵令嬢イサベルと恋に落ちます。婚約者として咎める公爵令嬢レオノールを目の敵にします。あげく真実の愛とやらを貫いて婚約破棄したあげくに罪を誇張して獄中死させました。そう馬鹿正直に教えろと?

 けれど私、つまりイサベルが魅了の邪視持ちだったとはもう分かっている。ジョアン様が邪視の影響で正気を失った結果ああなったんだとしたら……私を捨てたくせに、とただ一方的に憎むばかりなのは違うのではないだろうか?

「あくまでわたしの想像ですけど、ジョアン様は何も悪くないと思います」
「では俺は気まぐれにレオノールから嫌われているのか」
「けれど『今は』に過ぎません。この先もそうだって限らないって不安なんじゃないですか?」
「俺の何が心配なんだ? 道を踏み外してなんかいないぞ」
「その自信が、じゃないですか? わたしから言えるのはこれぐらいです」
「……そうか。自分でも分からん所にレオノールを怯えさせる何かがあるわけか」

 察しが良くて助かる。

 魅了されていようがいまいがジョアン様は結局自分こそが正しいと思い込んで苦言を呈するレオノールを忌々しいと言い放っていた。一歩下がってもしかしたら自分が間違っているのでは、と気付くことが出来れば少しは変わるかもしれない。

 まあ、決してイサベルに心奪われたりしない、とジョアン様が誓ったところでレオノールの不安は消えやしないだろう。運命は神によって定められているのか、それとも自分の選択で変えられるのか、なんて未知数なんだから。
 
「カレンも俺がいずれレオノールを脅かすとでも思っているのか?」
「もしそうだとしたら庶民に過ぎないわたしは巻き込まれたくありませんね」
「はっ、それが本音か。大した奴だ」
「恐縮ですって返せばいいですか?」

 意外にも私はジョアン様と真っ当に話せている。レオノールだった頃の仕打ちだとか今の身分さはさておき、この方個人とこうして他愛ない会話をするなんていつぶりだろうか? と言うより、レオノールだった頃の私は気兼ねなくお喋り出来ていただろうか?

 ……ジョアン様が望む伴侶が公式の場で王を支える妃ではなく、人としての自分を包み込む女性なんだとしたら? レオノールがどれほど教養を身に着けて美しくなろうと、優しい言葉をかけて満面の笑みを浮かべる少女には勝てなかったではないか?

(馬鹿馬鹿しい。今更色々と想像したって意味無いじゃないの)

 結局ジョアン様は婚約者となったレオノールと結ばれるかイサベルに成り代わったカレンに横取りされるんだ。先生が亡くなった今、私はジョアン様とは接点が無くなったし、彼と話すのももうこれっきりだ。

「おい。カレンの家はどっちの方向なんだ?」
「え? ここからだと確かあっちだった筈ですね」
「煙が上がっているな」
「……え?」

 深く考え込んでいた私はジョアン様から声をかけられてやっと気付いた。私の家の方角で黒い煙が激しく天に立ち上っていると。

 付近の住人達が何事かと空を見上げている中、私は心配になって駆け出した。
 まさか、きっと杞憂に決まってる、と自分に言い聞かせても不安が全然拭えない。こんな悪い予感は当たっていないでください、と神様に祈っても焦りは消えてくれなかった。

 そして、現実が最悪の形で突き付けられた。

 火事が襲っていたのは私の家だった――。
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