9 / 70
王太子と再会する元悪役令嬢
しおりを挟む
まさか先生とジョアン様が知り合いだとは思っていなかった。事前に把握していたらいくら賃金が魅力的でもこの仕事は引き受けなかったのに。ああ、でもここより稼げるようにするにはカレンみたいに夜のお仕事に踏み込むしかなかったっけ。
「カルロッタ先生に取り次いでもらいたい。ご在宅か?」
「……あ、えっと……どちら様ですか?」
「ジョアン、と言えば分かってくれるはずだ」
「畏まりました。少々お待ちください」
私はかろうじて冷静さを務めて対応した。だってイサベルとなってから私はジョアン様とは初めて出会う……いや、初めて目にするのだから、恐れるのも敬うのもおかしい。いつものように接するのが正解だろう。
それでも私はすぐに踵を返して先生がいる書斎に戻った。ジョアン様から逃げるようになってしまったのは失礼極まりなかったが、あれ以上あそこにいるとボロを出しそうで怖かったからだ。
「はあっ、は……ぁ!」
裏切られた。レオノールはジョアン様を愛していたのに。ジョアン様のために血のにじむ思いをして王太子妃となるための過酷な教育に耐えてきたのに。あの方のお心がイサベルに傾いたせいで胸が張り裂けそうなぐらい苦しんだのに。
イサベルになったんだからもうジョアン様とは関わらずに済むと思っていた。なのにどうして思わぬ所で接点が出来てしまうんだ? それに私はもうレオノールのようにジョアン様をお慕いする必要なんてどこにも無いのに、どうしてこうも心が揺れ動くの?
「先生、ジョアン様がお見えです」
「まあ、あの子がわざわざここに? すぐに通してちょうだい。ここでいいわ」
「分かりました」
先生に報告した頃には何とか自分を取り戻せた。自分では事務的に述べたつもりだったのに、先生は本から顔をあげてこちらをじっと見つめてきている。その眼差しは私を心配してくれるからか、とても優しいものだった。
「どうしたの? 顔色が悪いわよ。少し休んでもいいのよ」
「いえ、大丈夫です。少し知っている人に似ていたもので驚いただけですから」
「そう、ならいいけれど……無茶しちゃ駄目よ」
「分かっています」
大丈夫。自分の心に蓋をするのは慣れている。レオノールはそうやって上辺だけは取り繕ってイサベルへの嫉妬と憎悪を覆い隠していた。ジョアン様もイサベルが関わらなければ察しの良い方だ。怪しいそぶりを見せれば何かを勘繰られかねない。
玄関に戻ってくるとジョアン様は先ほどと同じ様子で待っているようだった。とりあえずは私について気にも留めていないようだったので胸を撫で下ろす。
「お待たせしました。中へお入りください」
「ありがとう。ところで君は?」
「この家に務めています使用人のイサ……」
ジョアン様に問われて普段の来客と同じ感じに答えようとして、慌てて口をつぐんだ。
そうだった。ジョアン様はこの後イサベルと出会うことになるんだ。
今回の場合はカレンがイサベルとして男爵令嬢になった。ここで私がイサベルを名乗るとややこしいことになるのは明白。巷を騒がせる娘との関連性を疑われたくはなかった。
「カレンと申します」
カレンがイサベルに成り代わって私にカレンであることを押し付けたんだ。有難く私がカレンになろうじゃないか。
「そうか。身の回りの世話は自分で出来るって言っていたのに使用人を雇っていると報告が上がって来たから不思議に思っていたんだ」
ジョアン様が仰るように先生は多分私がいなくても充分暮らしていけるだろう。何しろ私は炊事、洗濯、掃除の何から何まで先生に教わったぐらいだ。むしろ私の方が授業料を払うべきだろうに。本当に先生には頭が上がらない。
「先生、お連れしました」
「ありがとう。そしてようこそお越しくださいました、王太――」
「先生、すみませんがカレンは気分がすぐれないので休憩を取っても良いですか?」
私がジョアン様を書斎に通すと、先生は笑みをこぼしながらジョアン様にお辞儀をした。そんな礼儀正しい挨拶を打ち切るように私は言葉を挟んだ。何事かとわずかに眉を吊り上げた先生はしばしの間熟考、次に軽く微笑んだ。
「分かったわカレン。下がっていなさい。私は彼と少しお話するわ」
「何かあったら呼んでください。失礼します」
イサベルである私が彼が王太子であると知る必要は無い。それから本当のイサベルだと知られたくはない。事態をややこしくする真似は避けたい。そんな私の願いを先生は察してくれた。無礼な真似を見過ごしてくれつつ。
「カルロッタ先生に取り次いでもらいたい。ご在宅か?」
「……あ、えっと……どちら様ですか?」
「ジョアン、と言えば分かってくれるはずだ」
「畏まりました。少々お待ちください」
私はかろうじて冷静さを務めて対応した。だってイサベルとなってから私はジョアン様とは初めて出会う……いや、初めて目にするのだから、恐れるのも敬うのもおかしい。いつものように接するのが正解だろう。
それでも私はすぐに踵を返して先生がいる書斎に戻った。ジョアン様から逃げるようになってしまったのは失礼極まりなかったが、あれ以上あそこにいるとボロを出しそうで怖かったからだ。
「はあっ、は……ぁ!」
裏切られた。レオノールはジョアン様を愛していたのに。ジョアン様のために血のにじむ思いをして王太子妃となるための過酷な教育に耐えてきたのに。あの方のお心がイサベルに傾いたせいで胸が張り裂けそうなぐらい苦しんだのに。
イサベルになったんだからもうジョアン様とは関わらずに済むと思っていた。なのにどうして思わぬ所で接点が出来てしまうんだ? それに私はもうレオノールのようにジョアン様をお慕いする必要なんてどこにも無いのに、どうしてこうも心が揺れ動くの?
「先生、ジョアン様がお見えです」
「まあ、あの子がわざわざここに? すぐに通してちょうだい。ここでいいわ」
「分かりました」
先生に報告した頃には何とか自分を取り戻せた。自分では事務的に述べたつもりだったのに、先生は本から顔をあげてこちらをじっと見つめてきている。その眼差しは私を心配してくれるからか、とても優しいものだった。
「どうしたの? 顔色が悪いわよ。少し休んでもいいのよ」
「いえ、大丈夫です。少し知っている人に似ていたもので驚いただけですから」
「そう、ならいいけれど……無茶しちゃ駄目よ」
「分かっています」
大丈夫。自分の心に蓋をするのは慣れている。レオノールはそうやって上辺だけは取り繕ってイサベルへの嫉妬と憎悪を覆い隠していた。ジョアン様もイサベルが関わらなければ察しの良い方だ。怪しいそぶりを見せれば何かを勘繰られかねない。
玄関に戻ってくるとジョアン様は先ほどと同じ様子で待っているようだった。とりあえずは私について気にも留めていないようだったので胸を撫で下ろす。
「お待たせしました。中へお入りください」
「ありがとう。ところで君は?」
「この家に務めています使用人のイサ……」
ジョアン様に問われて普段の来客と同じ感じに答えようとして、慌てて口をつぐんだ。
そうだった。ジョアン様はこの後イサベルと出会うことになるんだ。
今回の場合はカレンがイサベルとして男爵令嬢になった。ここで私がイサベルを名乗るとややこしいことになるのは明白。巷を騒がせる娘との関連性を疑われたくはなかった。
「カレンと申します」
カレンがイサベルに成り代わって私にカレンであることを押し付けたんだ。有難く私がカレンになろうじゃないか。
「そうか。身の回りの世話は自分で出来るって言っていたのに使用人を雇っていると報告が上がって来たから不思議に思っていたんだ」
ジョアン様が仰るように先生は多分私がいなくても充分暮らしていけるだろう。何しろ私は炊事、洗濯、掃除の何から何まで先生に教わったぐらいだ。むしろ私の方が授業料を払うべきだろうに。本当に先生には頭が上がらない。
「先生、お連れしました」
「ありがとう。そしてようこそお越しくださいました、王太――」
「先生、すみませんがカレンは気分がすぐれないので休憩を取っても良いですか?」
私がジョアン様を書斎に通すと、先生は笑みをこぼしながらジョアン様にお辞儀をした。そんな礼儀正しい挨拶を打ち切るように私は言葉を挟んだ。何事かとわずかに眉を吊り上げた先生はしばしの間熟考、次に軽く微笑んだ。
「分かったわカレン。下がっていなさい。私は彼と少しお話するわ」
「何かあったら呼んでください。失礼します」
イサベルである私が彼が王太子であると知る必要は無い。それから本当のイサベルだと知られたくはない。事態をややこしくする真似は避けたい。そんな私の願いを先生は察してくれた。無礼な真似を見過ごしてくれつつ。
10
お気に入りに追加
463
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています
窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。
シナリオ通りなら、死ぬ運命。
だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい!
騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します!
というわけで、私、悪役やりません!
来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。
あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……!
気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。
悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる
花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
悪役令嬢ってこれでよかったかしら?
砂山一座
恋愛
第二王子の婚約者、テレジアは、悪役令嬢役を任されたようだ。
場に合わせるのが得意な令嬢は、婚約者の王子に、場の流れに、ヒロインの要求に、流されまくっていく。
全11部 完結しました。
サクッと読める悪役令嬢(役)。
ざまぁされるのが確実なヒロインに転生したので、地味に目立たず過ごそうと思います
真理亜
恋愛
私、リリアナが転生した世界は、悪役令嬢に甘くヒロインに厳しい世界だ。その世界にヒロインとして転生したからには、全てのプラグをへし折り、地味に目立たず過ごして、ざまぁを回避する。それしかない。生き延びるために! それなのに...なぜか悪役令嬢にも攻略対象にも絡まれて...
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる