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邪視の存在を知る元悪役令嬢

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「外的な要因、ですか?」

 思い悩んでいた私に先生は意外な答えを示した。

「そもそも、イサベルにしろお姉さんにしろお母さんは愛娘を一人取り上げられたのよ。どちらかが贔屓されていたって話はイサベルもしていなかったから、平等に愛されていたのよね?」
「はい。少なくともわたしはそう思ってます」
「男爵にしたって自分の血を引く者が一人でもいれば問題無いのだから、わざわざイサベルを指定する理由なんてある? むしろ年長者を求めないかしら?」
「……いえ、ありません」

 先生はカレンを私に挿げ替えてもお母さんの悲しみは同じだと語った。 
 そして先生は男爵家側にお母さんを誤認させる利が皆無だと語った。

「じゃあイサベルが男爵家に引き取られたことにしなきゃいけなかった理由って何かあるかしら? 私にはそこが思いつかないのだけれど」
「カレンではなくイサベルが……」

 そこまで事態を整理してようやく一つの可能性に思い至った。
 男爵令嬢イサベルを誕生させたい理由、それは……。

「――あの顛末の、繰り返しを?」

 カレンが男爵令嬢イサベルとして成長し、王太子ジョアン様と出会い、本当の愛とやらを育み、やがては婚約者であった公爵令嬢レオノールを退けて結ばれる……ジョアン様の運命の人になるのか?

 わけがわからない。じゃあ私が知っているイサベルは私じゃなくて本当はカレンだったのか? それとも私がイサベルであることを放棄したからカレンがイサベルになったのか? そもそも、どうしてイサベルでなければならないんだ?

「じゃあまず最初の疑問だけれど……あった、これね」

 先生は私の前に一冊の本を差し出した。レオノールだった頃の知識があるからかろうじて読めたけれど、そうでなかったら今の私では表紙の文字すら読めなかっただろう。何故なら現代語ではなく古語で記されているから。

 邪視、とだけそれには簡潔に書かれている。

「先生……難しくて全然読めません」
「イサベルにはまだ早かったわね。これはね、邪視についての研究書よ」

 あえてレオノールの知識を伏せた私は本を先生に返した。イサベルとしてはようやく読み書きが出来る程度の学習状況なのもあって先生は疑いもせずに受け取る。先生は文を指し示しながら一つ一つの単語を丁寧に教えてくれた。少し申し訳なさが芽生えた。

「目は口ほどに物を言う、って言われるように眼差しだけで人の考えや感情は分かるものよ。逆に自分の意思を相手に伝えるのだってね。怖い人が睨むだけで相手をすくみ上がらせることだって出来るわ。邪視はその延長で、相手に呪いのように重大な影響を与える効果があるの」
「でもそれって民間伝承じゃなかったでしたっけ? 相手を見つめたら石にする怪物とか、相手を死なせちゃう天使とか」
「教会が異端だって認めていないだけで実在する、ってまとめているのがこの本よ。イサベルが言ったような事例は……あった。特定の人物を誤認させちゃう邪視、みたいなのがあるみたいね」
「……!?」

 先生が開いた頁を見て私はもう少しで驚きの声をあげるところだった。
 確かに先生の仰っている記録は誤認の邪視に違いなかったが、私はそれより向かいの頁に記された記録から目が離せなくなった。

 相手を惑わし、心を意のままに操る魅了の邪視。

 滑稽だと馬鹿にするのは容易かった。けれど私はどうしてもレオノールだった頃体験した破滅に至る一連の流れを思い出してしまった。そしてジョアン様を始めとする数々の殿方の寵愛を受け、庇われるイサベルの姿を。

 アレは本当にジョアン様方がイサベルの健気で純粋な在り方に惚れたからだろうか? それともレオノールが思い込んだとおりにイサベルが言葉巧みにあの方々を虜にしたのだろうか? まさか本当の心を上塗りするみたいに魅了して……。

「あら、お客様がいらっしゃったようね」
「え? す、すみません! すぐに応対します……!」

 愕然としてしまい気付かなかったけれど、確かに玄関扉が叩かれる音が聞こえる。

 私は慌てふためきながらも先生に深く頭を下げてから退室、速足で玄関へと向かった。何しろ先生の家で奉公する使用人は私一人だ。
 そして普段だったら不審者対策に扉越しで一旦話を聞くのだけれど、今日ばかりは過程を飛ばして初めから扉を開けてしまった。

「すまない。こちらはカルロッタ先生の家で合っているだろうか?」

 私は来客を見て固まってしまった。
 変装しているけれど間違いない。

 彼は、王太子ジョアン様その人だった。
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