上 下
7 / 70

老婦人に奉公する元悪役令嬢

しおりを挟む
「そう、お姉さんが男爵家の子に……」

 次の日、私は老婦人カルロッタ――少し前から私は彼女を先生と呼んでいる――に洗いざらい打ち明けた。家庭の事情だから黙っていようとも思ったのだけれど、私があまり元気無さそうだったからと聞いてくれた。
 どうやら自分では大丈夫なつもりでも思った以上に衝撃を受けていたみたい。

「きっとカレンなら素敵なお嬢様になれますよ」
「お姉さんがいなくなって大丈夫なの?」
「滅入ってなんていられません。わたしが寂しがっているお母さんを元気付けないと」
「それもあるけれど、お姉さんも働いていたのでしょう? お母さんの容態も芳しくないようだし、私が払うお金だけでやっていけるの?」

 確かに今まで私とカレンの収入があったからこそ特に困らず生活出来ていた。多分私の給料でも最低限食べてはいけると思う。けれどお母さんを医者に診せたり薬を買ったりすると途端に余裕が無くなってしまう。

「仕事を増やそうかって思ってます。日中はここで働くから日が暮れた後に」
「若いからって無理しちゃ駄目よ。男爵に援助してもらわないの?」
「ある程度は援助してくれるそうですけど、あてにはしてません」
「そう……」

 一応カレンは男爵家に行く条件として病弱なお母さんの面倒を見るよう言ったらしい。それに対する回答はいくらか金は恵んでやる、だったそうだ。やはり男爵はお母さんにひとかけらの愛も抱いていないようだ。

「いいのよ。ここでは本音を吐いても」
「……っ。本音、ですか?」
「お母さんはいらっしゃらないわ。私で良ければ傍にいてあげる」
「先生……」

 ああ、そうだ。いくらレオノールだった頃の記憶を持っていたって私はまだ子供に過ぎない。いくら強がっても感情が動くのは抑えきれない。

 私は先生の腕の中で泣いた。
 今までずっと一緒だった家族が、姉がいなくなって寂しかった。
 これから私一人でどうすればいいのか不安でたまらなかった。

 しばらく泣いたらすっきりした。代わりに先生への申し訳なさがこみ上げた。

「ご、ごめんなさい。わたしったら……!」
「イサベルったら普段は甘えてこないんだもの。たまにはこんな日があってもいいわ」

 慌てふためきながら頭を下げた私の頭を先生は優しくなでてくれる。それだけで私はまた涙が浮かんできてしまう。
 だから子供は嫌なのだ。こんなにも感情が抑えきれなくて振り回されてしまう。

 やっと落ち着けて冷静になってきたので、私は先生に疑問をぶつけてみることにした。

「先生は相手を別の人に間違えさせる方法って何かないか、知ってますか?」
「んー。変装とは違うの?」
「いつもと一緒なのに勘違いされる、って言えばいいんですかね?」
「そうねえ。何を想定しているか詳しく話してもらえる?」

 私はお母さんの誤認について説明した。カレンが離れてから何故か私がカレンと思われるようになったこと、出て行ったのがカレンではなく私、つまりイサベルにされていること。私が間違っているのではと思わされるぐらいお母さんが疑っていないことを。

 耳を傾けてくれた先生は最初のうちは「よほどお姉さんがいなくなって衝撃だったのね」的な認識だったけれど、次第に顔を険しくさせた。話を終えた辺りでは眉間にしわを寄せて指でぐりぐりと揉む。

「イサベルとお姉さんの胸像とか肖像画とか残ってないかしら? 見比べてお姉さんの方をイサベルって言ったりしていない?」
「先生。わたしの家は貧乏だからそんな贅沢な物なんてありませんよ」
「そうよね。例えば自分の心を保つために幻覚を見たりする場合もあるらしいけれど」
「そんな、お母さんはわたしをカレンと間違えるだけで他は大丈夫です!」

 もし精神的に追い詰められた結果妄想に逃げたんだとしたら、あまりに残酷すぎる。だってお母さんはカレンより私がいなくなった方がまだマシだって考えていたことになってしまうから。そんなの信じたくない。

 やっぱり専門の医者に診せなければいけないのだろうか? それとも思い切って私がイサベルだって言えばいいのか? 迂闊に踏み込んでしまうと何もかもが壊れそうで怖い。歪ながらも安定しているなら妥協してこのままでもいいのではないだろうか?

「だとしたら外的な要因でそう思い込まされているって考えた方がいいわ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる

花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

悪役令嬢ってこれでよかったかしら?

砂山一座
恋愛
第二王子の婚約者、テレジアは、悪役令嬢役を任されたようだ。 場に合わせるのが得意な令嬢は、婚約者の王子に、場の流れに、ヒロインの要求に、流されまくっていく。 全11部 完結しました。 サクッと読める悪役令嬢(役)。

ざまぁされるのが確実なヒロインに転生したので、地味に目立たず過ごそうと思います

真理亜
恋愛
私、リリアナが転生した世界は、悪役令嬢に甘くヒロインに厳しい世界だ。その世界にヒロインとして転生したからには、全てのプラグをへし折り、地味に目立たず過ごして、ざまぁを回避する。それしかない。生き延びるために! それなのに...なぜか悪役令嬢にも攻略対象にも絡まれて...

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

悪役令嬢はどうしてこうなったと唸る

黒木メイ
恋愛
私の婚約者は乙女ゲームの攻略対象でした。 ヒロインはどうやら、逆ハー狙いのよう。 でも、キースの初めての初恋と友情を邪魔する気もない。 キースが幸せになるならと思ってさっさと婚約破棄して退場したのに……どうしてこうなったのかしら。 ※同様の内容をカクヨムやなろうでも掲載しています。

処理中です...