上 下
5 / 70

姉にヒロイン役を奪われる元悪役令嬢

しおりを挟む
 貴族の娘であれば初等教育を終えるだろう年齢になった頃、とうとうお母さんは頻繁に体調を崩して寝込むようになった。何とか定期的に町医者にお母さんを診てもらう費用は捻出出来たけれど、中々調子は上向かなかった。

「ねえイサベル。悪いんだけれど買い物行ってきてくれない? 今から言うのを買って来てくれればいいからさ」

 そんな今日を生き抜くのが精一杯な毎日を送っていたある日、私はカレンから買い物を頼まれた。お互いたまにお願いすることがあったから私は何の疑問も抱かずに快諾、出かけたのだった。

 それがカレンの計画通りだったなんて思いもせずに。

 カレンから頼まれた品はいつも回るお店では売ってなくて、思っていたより繁華街を端から端まで歩き回らなきゃいけなかった。おかげで予想以上に時間がかかり帰りが少し遅くなってしまった。

 ところが家の中はとても静かだった。狭い家を見渡しても家事を行っている筈のカレンの姿は無かった。そして、どうしてか分からないけれどお母さんが寝具の上ですすり泣いていた。

「お母さん、どうしたの?」
「カレン……」

 荷物を置いて慌てて駆け寄った私をお母さんは姉の名前で呼んだ。
 相当混乱しているなと受け取った私はどうにか安心させたいと傍に近づき、お母さんに抱きしめられた。ちょっと苦しかったのと驚きと混乱でいっぱいだった。

「ごめんね、わたしがふがいないばかりに……」
「泣かないでお母さん。カレンはどこ行ったの?」
「カレン? カレンならここにいるじゃないの」
「え……?」

 何が何だか分からなかった。思わず私はカレンじゃないって叫びたくなったけれど、何とか堪えた。ここでお母さんを困らせても始まらない。多分わたしとカレンを混同しているんだろうと当たりを付けて自分を無理やり納得させた。

「えっと……じゃあイサベルはどこに行ったの? お留守番してるんじゃなかったの?」
「……イサベルはもう戻ってこないわ」
「戻って来ないって、どうして? 夜ご飯の頃には戻ってくるんじゃないの?」
「そうじゃない……そうじゃないのよ。あの子はね、遠いところに行っちゃったの」

 お母さんは嘆き悲しむばかりでちっとも事情を把握できなかった。私はとにかく「大丈夫、わたしがいるから」って言いながらお母さんを抱き締め返した。一生懸命お母さんを励ました。そのかいもあって始めと比べて大分落ち着いてくれた。

「それじゃあお母さん、わたしが買い物に行ってから何があったか聞かせて」
「……カレンが出かけてからちょっとしてからだったわ。カレン達のお父さん、旦那様の遣いがやってきたの」
「……!」

 これまで私達家族は父親について一切話題に出てこなかった。イサベルの事情を知っていたからあえて聞くまでもないって判断していたけれど、一番はやっぱりお母さんが何も語ろうとしなかったからだ。

 けれどここに至ってようやく事態を飲み込めた。どうやら今日この時こそイサベルが実の父親の家、つまり男爵家に引き取られたのだ、と。そして彼女は男爵令嬢として新たな人生を歩み始めたのだ。

「娘を引き取る、と言ってきたの。勿論私は断ったわ。生まれて間もなかったカレンとイサベルを突き放すようにお屋敷を追い出しておいて何をいまさら、って。けれど……このまま娘達に苦労を追わせるのか、って言われたら何も言い返せなかった」

 お母さんはまるで懺悔のように告白する。
 けれど私には分かる。どうせ男爵の遣いは上から目線でお母さんを威圧したんでしょう。お前が娘達を苦労させているんだ、お前では話にならないからこちらが面倒を見てやる、のような感じで脅したかもしれない。

「そうしたらカレンが自分が行くって言い出したの。代わりにお金を恵んでくれって条件を付けて……」

 机の上に置かれた見慣れない布袋の正体はカレンが男爵家に行く条件で得た援助金か。縛っていた紐をほどいて中を開くと、私とカレンのお給料数か月……いえ、一年以上分の銀貨が詰められていた。

 これならしばらくはお母さんをお医者様に診せられるし薬も買える、と安堵する反面、レオノールが身に着けていた宝飾品一個にも満たないと思うと……レオノールが考えていた以上に公爵令嬢と貧民との間に大きな格差があるのか、と嘆きたくなる。

「じゃあ……わたしのお父さんは男爵様なの?」
「ええ……今まで黙っていてごめんなさい」

 ここでお母さんは私の出生の秘密とどうしてこの家に父親がいないのかを打ち明けてくれた。レオノールだった頃はあくまでイサベルは男爵と平民の愛人との間に生まれた娘、と噂で聞いただけだった。だからお母さんの口から語られる真実は驚きだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる

花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

悪役令嬢ってこれでよかったかしら?

砂山一座
恋愛
第二王子の婚約者、テレジアは、悪役令嬢役を任されたようだ。 場に合わせるのが得意な令嬢は、婚約者の王子に、場の流れに、ヒロインの要求に、流されまくっていく。 全11部 完結しました。 サクッと読める悪役令嬢(役)。

ざまぁされるのが確実なヒロインに転生したので、地味に目立たず過ごそうと思います

真理亜
恋愛
私、リリアナが転生した世界は、悪役令嬢に甘くヒロインに厳しい世界だ。その世界にヒロインとして転生したからには、全てのプラグをへし折り、地味に目立たず過ごして、ざまぁを回避する。それしかない。生き延びるために! それなのに...なぜか悪役令嬢にも攻略対象にも絡まれて...

婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?

ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定

処理中です...