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ヒロインに生まれ変わる元悪役令嬢

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「レオノール! イサベルを虐げるお前には愛想が尽きた! この私、王太子ジョアンの名においてお前との婚約は破棄する!」

 とのジョアン様のお言葉に端を発して公爵令嬢レオノールが断罪され、ルシタニア王国に激震が走った。

 ジョアン様はレオノールが男爵令嬢イサベルをいじめたと主張。レオノールは身に覚えのない悪事だと反論したのだが、ジョアン様はレオノールこそ諸悪の根源であるとする証拠や証言を並べ立て、自分が正しいと皆に訴えかけた。
 ジョアン様に賛同された……いえ、あの場合はイサベルに味方した、との表現が正しいか。ともあれ宰相嫡男のフィリペ様や将軍嫡男のアントニオ様を始めとして王国の将来を担うだろう多くの殿方も加勢してレオノールを糾弾したのだ。

 確かにレオノールは真綿で首を締めたようにイサベルを追い詰めていた。イサベルの私物を隠し、壊し、奪うなど序の口。暴言や嫌味、罵倒等で精神的にも追い詰めた。
 やがては平手打ちや髪を引っ張る等の直接的な暴力に過激化し、終いには家の権力で実家ごと取り潰そうと画策した。

 しかし皆は知っている。レオノールがイサベルに悪意を振りまくようになったきっかけは、イサベルが貴族社会における常識を無視し、身分をわきまえずになれなれしくジョアン様に擦り寄……もとい、近づいたからだ。

 レオノールがイサベルを目の敵にした動機は嫉妬の一言に尽きる。王太子様の伴侶として、次の王妃として相応しくあれと教育を受けてきたレオノールにとって、ジョアン様の隣にいるのは自分だと信じて疑わなかったから。

 ……その嫉妬こそがレオノールを醜くし、ジョアン様の心が離れた決定的要因になったのだとレオノール本人が気付いたのは、全てが終わってからだった。

 初めは大人しかった彼女はジョアン様が心優しいのをいいことにつけあがった。次第に彼女はジョアン様へ娼婦のように甘く囁き、下品にも胸を押し付けて誘惑。気落ちする彼を上っ面な言葉を並べて励まし、ジョアン様に非があった点をも肯定した。

 すると、最初のうちは王太子として守るべき国民の一人に過ぎなかったイサベルが段々と可愛く見え、愛おしく感じるようになったらしい。逆に本来婚約者であったはずのレオノールを段々とうっとうしく感じるようになったんだとか。

「そしてイサベルに暴漢を差し向け、あまつさえ私を含む彼女を守ろうとした勇敢な者達の命を脅かした罪、断じて許しがたい! よって私の名においてレオノールを禁固刑に処するものとする!」

 断罪劇は単にレオノールの婚約破棄に留まらなかった。イサベルに危害を加えた罪に問われたレオノールは投獄される破目になったのだ。それも、イサベルを守ったジョアン様を危険に晒したとの理由から反逆の罪が上乗せされて。

 その地下牢には一切の光が入ってこなかった。用を足す便器も無い。聞こえる音は自分の呼吸音ぐらいなもの。雨漏りしているのか時折肩や頭に水滴が降り注いだ。扉の窓を通じて支給される食事も残飯同然で、日によっては腐っていた。

 これまで公爵家の娘として、未来の王妃として育てられたレオノールにとっては地獄同然だった。出してと泣き叫びながら扉を叩きいても変化は訪れない。精神的に追い詰められて発狂したのは両手の爪が扉を引っかいたせいでほとんど剥がれ落ちた頃だった。

(お父様、お母様、申し訳ありません。先立つ私をどうかお許しください……)

 段々と命の灯火が消えかけていく最中、レオノールはこれまで自分を愛してくれた人へ謝罪した。義務を果たせなかったこと、恩に報えなかったこと、迷惑をかけたこと。まんまと婚約者を奪われた自分のふがいなさを。

 もはや声すら絞り出せずに倒れたレオノールが最後に認識したのは、彼女の末路を見届けに来たイサベルの姿だった。イサベルはレオノールに何かしらを語りかけたが、既に意識がもうろうとしていたレオノールには理解出来なかった。

 しかし、かろうじて聞き取れた言葉は、摩耗しきったレオノールに様々な感情を生じさせた。

「今まで悪役令嬢役、お疲れ様でした。これからはヒロインのあたしが王妃になってジョアン様を支えていきますから」

 レオノールは憎しみ、妬み、恨んだ。どうして自分がこのような仕打ちを受けねばならないのか。心変わりしたジョアン様も、婚約者を誑かしたイサベルも、手を平を返した友人達も、神すらも理不尽に思えてならなかった。

 そして……もう諦めた。与えられた身分、立場に相応しくあれと自分なりに頑張った結果がこの有様だとしたら、何もかもが馬鹿らしくてたまらない。それなら好き勝手した挙句に意中の相手と結ばれたあのイサベルの方が人生を楽しんでいたのではないか?

(次があったら平穏に過ごしたい……)

 何にも束縛されず、強要されず、静かに暮らしたい。
 レオノールは涙を流しながら天へと召されたのだった。

 ……そう、神のもとへと旅立った筈なのよね。

(どうしてこうなったのよ……)

 目が覚めたら私、レオノールは全く知らない部屋の天井を眺めていた。
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