上 下
238 / 278
第3-1章 私は聖地より脱出しました

私達は寵姫達を追いました

しおりを挟む
 緊張が解けて力が緩んだ私の身体はその場に崩れ落ち……る前にチェーザレに支えられました。立てますからと言っても聞きません。それどころか足腰を踏ん張れない私を見かねたチェーザレは抱きかかえてくるではありませんか。

「チェーザレ、皆が見ている前で……!」
「あんなに熱烈に俺と添い遂げるって言ってくれたのに今更か?」

 ……。それもそうでした。

 いやそれはあの場の雰囲気がそうさせたんであって今は恥ずかしいんですけど! あまりに顔が熱くて火を吹き出してしまいそうです。どんな顔をしているのかも分からないので手で覆いたくても腕にも力が入らなくてそれもかないません。

「何とか撃退出来たな。あまり犠牲が出なくて良かった」
「数は問題ではありません。尊い命を失ったことには変わりありませんから」

 先ほどの強襲を受けて辺りは凄惨な光景が広がっていました。結構な割合で私が応急処置を施したので命を繋ぎ止められましたが、手を伸ばしきれなかった者達は既に息を引き取っていました。

 もしなりふり構わずに復活の奇蹟で蘇らせても魔女によって偽りの生を与えられた云々と難癖をつけられて魔女裁判を受ける破目になるだけです。残念ながら……神のもとに召されるのが正しい在り方なのでしょう。

「アイツ等、攻められる度に相手しなきゃいけないんだろ? 対策立てた方がいいな」
「ええ、今回はかろうじて追い払っただけです。次は――」

 とまで口にしてチェーザレに同意しかけましたが、一つ恐ろしい可能性が浮かんでしまいました。寵姫達の敗走した方角、敵軍が攻めてきた場所、そしてこちらの陣営の配置。それらの情報を頭の中で上手く表示させると……。

「助かったわキアラ。言いたいことは山ほどあるけれど、あたし達が今無事なのは間違いなく貴女のおかげよ」
「リッカドンナ様。急かしますがご同行を」
「えっ? ちょっとキアラ!」

 私はチェーザレの腕から降り、礼を述べようと歩み寄ってきたリッカドンナの手を取って走り始めました。チェーザレや騎士達が私達に続きます。リッカドンナは走り慣れていないようなので少し速度は緩めですが。

 向かったのは先ほどマジーダ達が逃げて行った方角。獣人の寵姫達の犠牲となって倒れた者達が視界に映りますが、今は見なかったことにします。リッカドンナも鬼気迫る私を見て何も言わずに走ってくれました。

「何よ、これ……」

 そして、地獄絵図を目の当たりにしました。
 リッカドンナのつぶやきがその場に居た者の嘆きにも聞こえます。

 惨殺、が正しいでしょうか。聖国陣営の本陣に集っていた将校は寵姫の手で心臓の鼓動を止められていました。念のために全員の息と脈動を確認しましたが……残念な結果に終わりました。

「やられましたね……。司令塔を失った軍はもはや機能しません」
「アイツ等、逃げるついでに将軍達を殺したってこと!?」
「正確には目標の優先順位があったのでしょう。真っ先に象徴たる聖女を狙い、万が一しくじっても軍を指揮する者を排除すれば……」
「どの道この防衛戦は勝てなくなる……ってわけね」

 戦局を知らせる連絡員が次々とやって来ては惨状を目の当たりにして言葉を失いました。一応騎士が伺いますがその内容は防御線を突破されたりとあまり思わしくないものばかりでした。しかし対応する指示を送れる者はもはやこの世には残っていません。

「リッカドンナ様。如何なさいますか?」
「……えっ?」

 ですから、皆の士気が保てる者が臨時に上に立つ他ありません。聖女でしたら文句無しでしょう。

 私が話を振るとリッカドンナは間の抜けた返事を返してきました。一方私の意図を察したこの場の者達は一斉にリッカドンナへ注目します。その眼差しは縋るようで、救いを求めるようで、とてつもない重圧となって襲い掛かっていました。

「もはや城壁が突破された今、この戦線を維持するのは困難です。この区画は放棄して下がるしか無いと思います」

 卑怯ですが、この場で戦う者達の行く末はリッカドンナの決断に委ねられたのです。
しおりを挟む
感想 297

あなたにおすすめの小説

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる

花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

家族と移住した先で隠しキャラ拾いました

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
「はい、ちゅーもーっく! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」  ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、そう言って家族に王太子から届いた手紙を見せた。  「「「やっぱりかー」」」  すぐさま合いの手を入れる家族は、前世から家族である。  日本で死んで、この世界――前世でヴィルヘルミーネがはまっていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。  しかも、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢、そして家族は当然悪役令嬢の家族として。  ゆえに、王太子から婚約破棄を突きつけられることもわかっていた。  前世の記憶を取り戻した一年前から準備に準備を重ね、婚約破棄後の身の振り方を決めていたヴィルヘルミーネたちは慌てず、こう宣言した。 「船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」「「「おー!」」」  前世も今も、実に能天気な家族たちは、こうして断罪される前にそそくさと海を挟んだ隣国シュティリエ国へ逃亡したのである。  そして、シュティリエ国へ逃亡し、新しい生活をはじめた矢先、ヴィルヘルミーネは庭先で真っ黒い兎を見つけて保護をする。  まさかこの兎が、乙女ゲームのラスボスであるとは気づかづに――

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...