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第2-2章 私は魔女崇拝を否定しました

私は魔女崇拝の元凶を知りました

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「では昨日の失敗を教訓に改めて捜索すればよろしいではありませんか」
「いえ、それなんだけれど、強硬手段に打って出たせいで住民からは俺達の聖女を奪うのかーみたいな反感を買っちゃってさ。貧民街の至る所で抗議の声が上がっちゃってるの」
「今朝の張り詰めた雰囲気はそのせいでしたか」

 当然でしょうね。むしろ暴動が起こっていないだけ冷静さが保たれているのではないでしょうか。膨らみきった風船玉と同じで、これ以上刺激を与えれば爆発しかねません。次に大勢を動員した捜索は難しいでしょう。

 案の定ルクレツィアもこの一触即発な状況に困っているらしく、こちらへと頭を下げてきました。

「だから、私よりも精度良く神の声を聞けるキアラの助けが必要なのよ」

 困った時の神頼み、とは前のわたしが知っている言葉ですが、精度の良し悪しこそあれ奇蹟を授かった者は皆神託を授かっています。聖女が神託に従って選択するのは決して思考の放棄ではない、とだけフォローはしましょう。

「導かれたいのでしたら神託の聖女エレオノーラ様に助力を願っては如何ですか?」
「エレオノーラ様は荒療治に向いてない。それにあの方の神託は人類の救済に向けた最善の選択を神から啓示を受けるだけなの」
「私とてほぼ一方的に使命を授かるだけですが……」

 正確には違いますね。こことは別の世界で大学院生だったわたしの人生を挟んだせいか、乙女げーむのように助言を受けることも可能になりましたから。こちらでしたらルクレツィアの助けになるかもしれません。

 ともあれ、大体の事情は分かりました。分かりましたが、ルクレツィアに協力するかは別ですね。既に一触即発な事態に陥っていると思われますし、また強引な手段に打って出たら今度こそ暴動が起こるかもしれません。

「昨日の作戦でルクレツィアは聖女としての顔を貧民街の住民に見られたのですか?」
「いや、この前と同じく飲んだくれてた」
「強制捜査に踏み切ってもなお単独行動をしてまで集めなければならない情報があったのですか?」

 私は数日前に泥酔した聖女様を思い出す。あの時に神官達に任せず彼女本人が酔いを醒まして追いかけていたらまた違っていたかもしれないのに。もしかして正義の聖女は私が思っていたより頼りないのでは?

「そんな疑いの眼差しを向けないでよ。キアラだって不思議に思っているんでしょう? どうして野良聖女は聖都で活動するのかって」
「ええ。確かに貧民街の方々は贅沢とは無縁、食べるのにも苦労しているようですが、生きてはいけます。言い方は悪いですが、聖女に頼るほどでもありません」

 聖都は教会のお膝元だけあって恵まれています。弱者に厳しい、との主張があるかもしれませんが、飢饉や天災を始めとする過酷な環境に苦しむ地方は数多くあります。聖女は教国連合のみならずそうした救いの手を欲する諸国を回っているのです。

「単に人々を救いたいなら聖都よりも優先するべき所は沢山ある。奇蹟で怪我人や病人を治しているのなら野良聖女にだって神託は下りている筈だしね」
「つまり、ルクレツィア様は野良聖女は善意だけで活動しているのではない、と仰りたいのですか?」
「だからキアラと別れてからの数日間で信頼を勝ち取った私はとうとう野良聖女の治療を受けた人から話を聞けたのさ」

 そういうのを飲ミュニケーションって言うんですね分かります。

「あそこの教会でも聞いた通り奇蹟の報酬、っていうか対価は夜食だったり粗品だったりで安めだそうね」
「金銭でないなら名声が目的ですか?」
「違った。野良聖女はね、治療の前後でさり気なく患者やその家族と世間話をするんだって。仕事の調子だったり次の安息日の予定だったりで一見一貫性は無いんだけれど……一つ、必ず上る話題があった」

 それを聞いた私は嫌な予感がしました。
 ここ最近聖都を騒がせている事柄が一か所に収束していく、そんな感じが。

「最近の教会はどうですか、って尋ねるんだそうよ」
「貧民街の方はきっと大半が不満を口にするでしょうね。生活模様が改善されているわけではありませんから」
「自分はそんな救いの手を差し伸べる相手を選ぶ教会を見限ったんだ、と野良聖女は次に語るんですって」
「それを聞いた者達は野良聖女は自分達を救ってくれるって信じるでしょうね」
「そこで止めとばかりにこう洩らす」

 ――かつても教会の都合で切り捨てられた聖女がいた、と。
 人々を救い続けた彼女達に待ち受けていたのは魔女の烙印だった、と。

「……それはつまり」
「そう、察しのとおりよ」

 なんと、魔女崇拝が広まっているのは野良聖女のせいだったのです。
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