上 下
161 / 278
第2-2章 私は魔女崇拝を否定しました

私の弟は弟ではありませんでした

しおりを挟む
「トビア様がいらっしゃいました」
「はい?」
「ですから、トビア様がいらっしゃいました。お一人でこちらにいらっしゃったそうです」

 すっかり寒くなくなり暖かくなった頃でしょうか、それとも学院生活にも慣れて二度目の定期試験を迎えようとしている頃と言い表しましょうか。とにかく初めての長期休暇も遠くない時期、突然のトリルビィの申し上げに私は驚きを隠せませんでした。

 トビア、私とセラフィナの弟。即ち悪役令嬢とひろいんの弟でもあります。

 しかし弟の出番は乙女げーむ本編上では無いに等しいと断じて良いでしょう。何故なら聖女候補者であるひろいんは帰省なんて出来ませんし、会いに来るにしろ幼い弟はそう何回も長旅に耐える体力はありません。極論、トビアは設定だけの存在に過ぎないのです。

 なので私はてっきり乙女げーむ本編が終了する二年後までは帰郷しない限りは弟と会えないとばかり考えていました。トビアが聖都にやってくる、しかも単身でだなんて夢にも思いませんでしたよ。

「……お父様からトビアが来るって手紙は受け取っていませんよね?」
「いえ、そのような文は届いていません」
「トビア本人からは?」
「送られてはいません」

 ふむ、聖女にならないとわがままを貫く私なんかと違ってトビアは家の跡継ぎとなるよう厳格な教育を受けていますから、先触れも無しに突然来訪する不躾な真似はしないものと考えてよいでしょう。

 窓から外を眺めますと月と星が美しく輝いていました。下へと視線を落としますと道路は街灯が灯っており、家屋の窓からは明かりがわずかに漏れています。夕食時と申せば聞こえがいいでしょうが、普通こんな時間に到着するような旅程にはしないでしょうよ。

「とにかく用件を聞かねば始まりませんか。それで、トビアは今どちらに?」
「来客の部屋へ通しています。お嬢様は学院の課題に集中していましたので」
「分かりました。すぐに伺います」

 私は一旦宿題の手を止めてから火のともった燭台を持ち、自室から客室へ移動しました。久しぶりに会った弟は少し成長していましたが、まだ格好良さや頼もしさは感じられません。可愛らしさの方が先行しているとの印象を覚えます。

 トビアは私を見るなり顔を輝かせましたが、すぐに神妙な面持ちになりました。傍らに控えていた弟の侍女は恭しく首を垂れた上で謝罪の言葉を口にします。けれど彼女の口からは来訪の理由までは語られませんでした。

「それでトビア。何の連絡もなく訪ねてきた目的を教えてもらえますか?」

 お屋敷での教育はどうしたのか、何故事前に言わなかったのか、そもそもお父様方に許可は貰ったのか、等言いたいことは山ほどありましたが、威圧しては委縮して何も話して貰えないでしょうからね。出来る限り優しく問いかけました。

 トビアは縮こまりながら自分の侍女をわき目で見つめます。何か言おうとしているようですが、あーとかうーとか唸るばかりで言葉になりません。あいにく私は弟が勇気を振り絞るまで待てるほど暇ではありませんね。

「トリルビィ、お客様をもてなして。長旅で疲れているでしょうから」
「畏まりました」

 遠回しに人払いをとの命令に従ってトリルビィはトビアの侍女を連れて退室しました。残ったのは私と弟の二人きり。私は申し訳なさそうに背中を丸くするトビアと同じ視線になるべく、脇に置かれた椅子を引っ張って彼の真正面で座りました。

「何があったのですか? 突然押し掛けたのですから急ぐ理由があるとは思いますが」
「……」
「あいにく私は聖女ではありませんからトビアが何を言いたいか察せられません。口にしてもらわないと困ります」
「その……逃げてきた」

 少し間をおいて再び、今度は少し強い口調で問いますとトビアは重い口をようやく開きました。

「何から? 教育係の折檻からですか?」
「その……」
「トビアがここで何を言おうと私は誰にも言いふらしません。トリルビィはおろかセラフィナにも、お父様にもお母様にもです。ですからどうか私に教えてください」

 私は内心で湧き上がるいら立ちを抑えつつ可能な限り温和に努めます。そのかいもあってトビアはようやく視線を床から私へと上げました。唇を震わせるぐらい不安な様子で思わず抱きしめたくなりましたがぐっと堪えます。

「聖女、から」
「聖女?」

 どうしてトビアが聖女から逃げる必要が? 背信行為をしでかしたなら真っ先に駆け付けるのは異端審問官でしょうし、法を犯したなら役人が逮捕しに来るでしょう。聖女が自らトビアを追う意味が分かりません。

 するとトビアは上着を脱ぎ、服のボタンを外していきます。やがて露わになる下着の後ろから覗かせる白い肌は成長途中独特の硬さのある色気がありましたが、私が驚いたのはそんな些事ではありませんでした。

 トビアが下着をめくって私に示したのは……膨らみ始めた胸でした。

「トビ、ア?」

 太った? いえ、男性でも女性ホルモンが多いと胸が膨らんでくると前世のわたしの知識が訴えてきますが、そんな特殊な事情を遠い地に留学している私に真っ先に明かすはずがありません。

 つまりは、トビアが男子だとの前提が間違っていると考えるのが普通でしょう。

「姉さん。僕は……実は女なんです」

 消去法でその結論に至っていてもトビアから語られた真実は衝撃でした。
しおりを挟む
感想 297

あなたにおすすめの小説

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる

花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

家族と移住した先で隠しキャラ拾いました

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
「はい、ちゅーもーっく! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」  ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、そう言って家族に王太子から届いた手紙を見せた。  「「「やっぱりかー」」」  すぐさま合いの手を入れる家族は、前世から家族である。  日本で死んで、この世界――前世でヴィルヘルミーネがはまっていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。  しかも、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢、そして家族は当然悪役令嬢の家族として。  ゆえに、王太子から婚約破棄を突きつけられることもわかっていた。  前世の記憶を取り戻した一年前から準備に準備を重ね、婚約破棄後の身の振り方を決めていたヴィルヘルミーネたちは慌てず、こう宣言した。 「船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」「「「おー!」」」  前世も今も、実に能天気な家族たちは、こうして断罪される前にそそくさと海を挟んだ隣国シュティリエ国へ逃亡したのである。  そして、シュティリエ国へ逃亡し、新しい生活をはじめた矢先、ヴィルヘルミーネは庭先で真っ黒い兎を見つけて保護をする。  まさかこの兎が、乙女ゲームのラスボスであるとは気づかづに――

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

処理中です...