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第2-1章 私は学院に通い始めました

私は教科書を頂きました

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 校舎の一角に設けられた購買では新入生が列を成していました。思った以上にかつてわたしが通った大学を彷彿とさせます。臨時に設けられた机に所狭しと教材が並べられていて、新入生は一冊ずつ受け取っていきます。

「本を一人一つずつ貰えるとかかなり贅沢だなぁ」
「そこまで授業の内容は変わらないでしょうし、木版で大量に印刷しているのではありませんか?」
「あれ、お金は払わなくてもいいのかな?」
「もしかして学費に含まれてるのかもしれないな。ほら、受け取る時に名前聞いて名簿に印入れてるみたいだし」

 そう言えば学院は教会から運営資金が捻出されていますが、教国連合中からの多額の援助金も納められていると聞いた覚えがあります。であれば学生全員に教材を配っても十分賄えるのでしょう。教科書一冊買うにも四苦八苦した大学時代のわたしとは比べ物にならない待遇です。

 各教科ごとに一冊、二冊程だったので全部でかなりの量になりました。しまった鞄が膨れ上がっていますし、結構重くて肩が痛いです。毎日行われる授業に合わせて最低限の教材だけ持ち運びするか、個人用の収納木棚に収めるしかありませんね。

「うへえ、一年間でこれ全部消化すんのか? 頭が痛くなりそうだぜ」
「毎日こつこつと取り組んでいけば意外に何とかなるものですよ」
「別に丸暗記する必要無いじゃないの。要点だけ覚えればさ」

 最後に私達は自分の名前を申告しました。臨時の購買担当者は穏やかな笑みをこぼしながら印を入れます。人を安心させるようなとても落ち着いた印象を感じさせました。そして何より学院職員にしては若すぎますね。

「キアラさんにオフェーリアさんにパトリツィアさんですね。ようこそ当学院へ」

 この人物こそ現時点で私が邂逅しうる攻略対象者最後の一人、サルヴァトーレでした。

 確か乙女げーむ本編となる翌年では生徒会長になっている筈ですが、二学年に成りたての今はまだ生徒会副会長の一人でしたっけ。生徒会に近寄らなければ学年の離れた彼とは全く接点が発生しない筈ですが……。

 おそらく教材の購買を買って出たのは必ず訪れる新入生一人一人と対面したかったからなのでしょう。いずれ学院全生徒を引っ張っていくに相応しい心構えですが、私個人としては厄介な真似をしてくれると言い放ちたいぐらいですね。

「先程は会長が呼び止めてしまい申し訳ありませんでした。あの後遅れませんでしたか?」
「いえ、ご心配には及びません」
「そうでしたか。それは良かった。生徒会を代表してお詫びしましょう」
「お気遣い痛み入ります。ああ、すみません、後ろがつかえているみたいですのでこの辺で」

 私は口実をひねり出してこの場を離れようとします。実際に次から次へと教材を求めて新入生がやって来るので列は減るどころか伸びる一方です。ここでサルヴァトーレと会話していては迷惑この上ないでしょう。

「会長は憤っていましたよ。どうして神のお言葉に従わないのか、と」

 なのに彼は空気を読まずに私を呼び止めました。しかも私が最も触れられたくない核心部分を突いてきます。当然貧弱一般人を装う私はとぼける他ございません。

「何の事だか分かりかねます。私のような者がどうして神託を聞けましょう?」
「……いえ、あくまでそう仰るのでしたら構いません。ですが、神の声は絶対です。逆らうのは神への冒涜に等しい。最も罪深い所業だと私は考えています」
「そうでしたか。とても高尚なお考えだと思います」

 尤も、全く同意は致しかねますがね。

 何せ前の私は神の声に従った挙句に身を滅ぼしましたので。それが神の定めた宿命とやらでしたら辞退させていただきます。信仰が揺らいでしまった私なんかより聖女に相応しい方は多くいらっしゃるでしょうから出番もございません。

 要するに私の事はいい加減放っておいていただけませんかね?

 そう口に出したいものの一旦奇蹟を授かっていると知れ渡ったら最後、教会は私を用済みになるまで使い潰すでしょう。それは神への信仰心からではなく教会の権威をより一層強固にするために、信者や寄付金を増やすために。いずれも俗物的な動機によるものには違いありません。

「ではこれで失礼いたします。ごきげんよう」
「神から頂いた使命を蔑ろにするなんて許されませんよ……!」
「それ、聞き飽きました」

 神託の聖女エレオノーラから言われたって私の決意は揺るがなかったのに今更ですね。
 私は困惑するオフェーリア達を連れてその場を後にしました。この場にいた皆さんの視線を集めていたような気もしましたが、捨て置いていいでしょう。
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