上 下
45 / 278
第1-2章 私は南方王国に行きました

王子は私の向き合い方を確かめました

しおりを挟む
「……やはり私を呼んだのはその為でしたか」

 発した声は私自身も驚くほど低くて冷淡なものでした。
 怯んだ彼の手を私は手首を捻って振りほどきました。よほどの力の差が無ければ拘束の外し方はあるのですよ。かつてのわたしの知識ではあるのですけれど。

 ジョアッキーノも傍に居る手前、具体的な単語は口に出せません。ですが今ので彼もどうして私の奇蹟を頼るのか、との批難であると分かったでしょう。失望を露わにした私を見て取った彼はそれでも顔色を変えずに私を瞳に映し続けます。

「この国の王子として私に命じるおつもりですか?」
「いや、そんなつもりは全く無いぞ」
「では私に懇願すると?」
「そもそも俺はキアラに何かやれとか言うつもりは無いんだけど」

 ……はい?
 声にこそ出しませんでしたが私の頭は疑問符で一杯でした。私の混乱を目にしたチェーザレは少し申し訳なさそうな顔をさせつつ頭を掻きました。

「ごめんな。そう言えば事情だけ説明して目的とか話してなかったっけ」

 ……言われてみれば確かに。どうしてここに連れてこられたのかお聞きしていませんでしたっけ。もしや奇蹟でフィリッポを治せとは私の早とちりでしたか? 怪我人が違和感を覚えていると耳にしたものですからてっきりそうだとばかり。

「今フィリッポがどんな感じなのか意見を聞きたかったぐらいだな」
「……そうだったのですか」
「それにしてもキアラは凄いな。王宮かかりつけの医者より的確な診察だったし」
「にわか知識に過ぎません。専門家のご意見の方がよほど参考になるでしょう」

 チェーザレには私が奇蹟を授けられていると明かしています。聖女と患者の主張が食い違っている以上、かつてのわたしの記憶で言うセカンドオピニオンで第三者の見解を聞きたかったのでしょう。だからと言って私を巻き込むなんてかつて交わした契約すれすれなのですがね。

「フィリッポは本当にもう治らないのか?」
「私の意見は先ほどフィリッポに述べた通りです。現代の聖女が各々どのような奇蹟を授かっているか存じませんので、断言は致しかねますが」
「……じゃあもっと凄い奇蹟を持つ聖女だったらフィリッポを治せるかもしれない、と」
「既に治っていますよ。後は彼をどう満足させるかに過ぎません」

 確かにフィリッポは失うには惜しい才能ではあります。しかし命に別状はありませんし日常生活だって普通に送れるでしょう。彼の努力次第なら音楽家としての再起も叶うかもしれません。なら、これ以上の奇蹟は贅沢と言っても過言ではないでしょう。

「ところでキアラは今日帰るんだよな。この後の予定とかはあるのか?」
「いえ。マッテオ様のお屋敷に戻った後は出発までゆっくり過ごそうかと」

 この淡々としたやりとりの裏には、私がフィリッポを治さないのかとの問いかけも入り混じっているのでしょう。なので私はもう帰ると伝えて暗に私は彼を治さないと答えます。確かにフィリッポは気の毒ではありますが、だからと奇蹟を披露していい理由には至りません。

 だって、チェーザレの時と違って内密に出来ませんもの。
 それに奇蹟を成してしまった後にごまかしも利きませんし。

「フィリッポにはどうか諦めずに夢を叶えてくださいとお伝えください」
「俺はキアラの選択を尊重する。それでいいんだな?」
「ええ、ようございます」

 私がチェーザレにはにかみますと彼はこちらに視線を合わせようとせずに前へと向き直りました。それから私とジョアッキーノを出口へと誘います。ジョアッキーノは私達の不思議な会話に首をかしげていましたが、私はあえて気付かぬふりをしました。

 そうして歩みだした途端でした。
 ――眩暈に襲われたのは。
しおりを挟む
感想 297

あなたにおすすめの小説

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる

花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

家族と移住した先で隠しキャラ拾いました

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
「はい、ちゅーもーっく! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」  ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、そう言って家族に王太子から届いた手紙を見せた。  「「「やっぱりかー」」」  すぐさま合いの手を入れる家族は、前世から家族である。  日本で死んで、この世界――前世でヴィルヘルミーネがはまっていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。  しかも、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢、そして家族は当然悪役令嬢の家族として。  ゆえに、王太子から婚約破棄を突きつけられることもわかっていた。  前世の記憶を取り戻した一年前から準備に準備を重ね、婚約破棄後の身の振り方を決めていたヴィルヘルミーネたちは慌てず、こう宣言した。 「船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」「「「おー!」」」  前世も今も、実に能天気な家族たちは、こうして断罪される前にそそくさと海を挟んだ隣国シュティリエ国へ逃亡したのである。  そして、シュティリエ国へ逃亡し、新しい生活をはじめた矢先、ヴィルヘルミーネは庭先で真っ黒い兎を見つけて保護をする。  まさかこの兎が、乙女ゲームのラスボスであるとは気づかづに――

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

処理中です...