上 下
44 / 278
第1-2章 私は南方王国に行きました

私は診察しました

しおりを挟む
 私はフィリッポの肘の裏辺りを軽く叩きました。するとフィリッポの顔がほんのわずかに歪んで、更に手を過敏に震わせてます。ようやくフィリッポの身にどんな悲劇が舞い降りたか分かった私は思わず頭を抱えてしまいました。

「神経が過敏になっていますね。腕を軽く叩いただけで手の方が変な感じがしませんでしたか?」
「う、うん……びりっとか、そんな感じに」
「あと手を触っても痛くもかゆくも無いのでは?」
「ううん。……でも、すっごく鈍い」
「麻痺は残っていませんか?」
「……動かしたくてもあまり動かせない」

 診断が正しいかを質問で確認してようやくチェーザレ達周囲の人達も事の深刻さが分かった様子でした。フィリッポの腕は確かに聖女の奇蹟とやらで治ったようですが、決して元の状態には戻っていなかったのです。

「で、でもさ、さっきナイフとか持ってたじゃん! 手首も指も動いてたし、なら……!」
「食器は持てます、扉は開けます。腕が曲がっていても手がぎこちなくても日常生活は送れるようになるでしょう。ですが、微細な感覚は取り戻せていません」

 手と指を用いて音色を奏でるフィリッポにとっては致命的と言って過言ではありません。奇蹟で治されてしまっていますからこれ以上の自然治癒は望めないかもしれません。……フィリッポは果たして曲がった棒のままで以前のように音楽を愛せるのでしょうか?

「で、ですがフィリッポさんは確かにリッカドンナ様が治療されていました! なのにどうしてこんな……!」
「あの方の奇蹟が如何ほどかは分かりませんが、おそらくはコレがあの方の限界ではないかと」

 聖女は神の奇蹟の代行者であっても救世主ではありません。授けられた奇蹟の度合いによってその効果は大きく左右されるのです。リッカドンナの奇蹟ではフィリッポの完全治療までは叶わなかった。それが後遺症が残った原因でしょう。
 更に、奇蹟を施せば全てが治ると思ったら大間違いです。例えば腕が折れ曲がってしまったままで治療をすると曲がったままで治ってしまう場合もあります。変な曲線になってしまったのは治療の際に適時修正をしなかった為でしょう。

 おざなりな処置がフィリッポを苦しめている。
 こんなのは決して救済とは呼べません。

「その……治らないの?」
「既に治っています。これ以上は自己回復に託すほかありません。いずれは手や指の感覚も戻るかもしれません」
「でも、曲がったままじゃあ……!」
「慣れてください。聖女様もそのように判断されたから治ったと主張なさっているのではありませんか?」

 とは申しましてもこれ以上やれる処置はありませんね。もし手が残されていたとしてもリッカドンナは聞く耳を持たないでしょう。フィリッポがいかに主張なさろうとあの方の奉仕は仕事であり慈善行為ではありませんし。

 それにしても気になりますね。どうして暴漢共はフィリッポの腕を折ったのでしょう? 腕が切り落とされたなら切断面に腕を仮付けして奇蹟を施せばいいでしょう。槌で潰されて手から先が失われたとしてもリッカドンナが再生の奇蹟を授かっていたら対処出来てしまいます。

 まるでリッカドンナの奇蹟がどれ程かを把握していて、腕を酷く折れば音楽家としてのフィリッポが破滅すると判断したかのようですね。だとしたらこの犯行はフィリッポが狙いではなく、おざなりな処置でお茶を濁したリッカドンナに批難が向くよう仕組む為……?

 いえ、陰謀論はよしましょう。所詮私の憶測の域を出ません。

「残念ながらこれ以上手の施しようは無いかと」
「ずっと……このままだったら……?」
「諦める他ございません」

 フィリッポは消え入りそうな震えた声を出しますが、私はごまかすつもりはございません。自分でも冷たいとは思います。それでも早く現実を受け入れて前を向く他無いと私は考えます。苦難を乗り越えてこそ光は射すものかと。

「大丈夫、フィリッポならきっと適応出来ます。ここで絶望していては犯人の思う壺ですよ」
「……そう、だね」

 フィリッポは大きく肩を落としてベッドへと戻って行きます。部屋には日射しが十分に差し込んでいるのに彼の周りには暗く影が落ちていました。

「……ごめん、少し一人にしてくれない、かな?」

 彼がこのように望んだので一先ず私達は部屋を出ました。ただフィリッポが再び自傷行為に及ばないとも限らないので使用人の一人が監視の為に残りました。私が部屋を出る間際に部屋の中を窺うとその使用人がフィリッポの周りから凶器になりそうな物を遠ざけていました。

 部屋の扉が閉まった直後、チェーザレが私の手を取りました。驚いた私が彼の方を見ると、彼は真剣な面持ちで私を見つめていました。

「……なあ、本当にどうにか出来ないのか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

家族と移住した先で隠しキャラ拾いました

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
「はい、ちゅーもーっく! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」  ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、そう言って家族に王太子から届いた手紙を見せた。  「「「やっぱりかー」」」  すぐさま合いの手を入れる家族は、前世から家族である。  日本で死んで、この世界――前世でヴィルヘルミーネがはまっていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。  しかも、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢、そして家族は当然悪役令嬢の家族として。  ゆえに、王太子から婚約破棄を突きつけられることもわかっていた。  前世の記憶を取り戻した一年前から準備に準備を重ね、婚約破棄後の身の振り方を決めていたヴィルヘルミーネたちは慌てず、こう宣言した。 「船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」「「「おー!」」」  前世も今も、実に能天気な家族たちは、こうして断罪される前にそそくさと海を挟んだ隣国シュティリエ国へ逃亡したのである。  そして、シュティリエ国へ逃亡し、新しい生活をはじめた矢先、ヴィルヘルミーネは庭先で真っ黒い兎を見つけて保護をする。  まさかこの兎が、乙女ゲームのラスボスであるとは気づかづに――

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

当て馬の悪役令嬢に転生したけど、王子達の婚約破棄ルートから脱出できました。推しのモブに溺愛されて、自由気ままに暮らします。

可児 うさこ
恋愛
生前にやりこんだ乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。しかも全ルートで王子達に婚約破棄されて処刑される、当て馬令嬢だった。王子達と遭遇しないためにイベントを回避して引きこもっていたが、ある日、王子達が結婚したと聞いた。「よっしゃ!さよなら、クソゲー!」私は家を出て、向かいに住む推しのモブに会いに行った。モブは私を溺愛してくれて、何でも願いを叶えてくれた。幸せな日々を過ごす中、姉が書いた攻略本を見つけてしまった。モブは最強の魔術師だったらしい。え、裏ルートなんてあったの?あと、なぜか王子達が押し寄せてくるんですけど!?

転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる

花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。

今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。

柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。 詰んでる。 そう悟った主人公10歳。 主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど… 何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど… なろうにも掲載しております。

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...