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第1-2章 私は南方王国に行きました
私は診察しました
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私はフィリッポの肘の裏辺りを軽く叩きました。するとフィリッポの顔がほんのわずかに歪んで、更に手を過敏に震わせてます。ようやくフィリッポの身にどんな悲劇が舞い降りたか分かった私は思わず頭を抱えてしまいました。
「神経が過敏になっていますね。腕を軽く叩いただけで手の方が変な感じがしませんでしたか?」
「う、うん……びりっとか、そんな感じに」
「あと手を触っても痛くもかゆくも無いのでは?」
「ううん。……でも、すっごく鈍い」
「麻痺は残っていませんか?」
「……動かしたくてもあまり動かせない」
診断が正しいかを質問で確認してようやくチェーザレ達周囲の人達も事の深刻さが分かった様子でした。フィリッポの腕は確かに聖女の奇蹟とやらで治ったようですが、決して元の状態には戻っていなかったのです。
「で、でもさ、さっきナイフとか持ってたじゃん! 手首も指も動いてたし、なら……!」
「食器は持てます、扉は開けます。腕が曲がっていても手がぎこちなくても日常生活は送れるようになるでしょう。ですが、微細な感覚は取り戻せていません」
手と指を用いて音色を奏でるフィリッポにとっては致命的と言って過言ではありません。奇蹟で治されてしまっていますからこれ以上の自然治癒は望めないかもしれません。……フィリッポは果たして曲がった棒のままで以前のように音楽を愛せるのでしょうか?
「で、ですがフィリッポさんは確かにリッカドンナ様が治療されていました! なのにどうしてこんな……!」
「あの方の奇蹟が如何ほどかは分かりませんが、おそらくはコレがあの方の限界ではないかと」
聖女は神の奇蹟の代行者であっても救世主ではありません。授けられた奇蹟の度合いによってその効果は大きく左右されるのです。リッカドンナの奇蹟ではフィリッポの完全治療までは叶わなかった。それが後遺症が残った原因でしょう。
更に、奇蹟を施せば全てが治ると思ったら大間違いです。例えば腕が折れ曲がってしまったままで治療をすると曲がったままで治ってしまう場合もあります。変な曲線になってしまったのは治療の際に適時修正をしなかった為でしょう。
おざなりな処置がフィリッポを苦しめている。
こんなのは決して救済とは呼べません。
「その……治らないの?」
「既に治っています。これ以上は自己回復に託すほかありません。いずれは手や指の感覚も戻るかもしれません」
「でも、曲がったままじゃあ……!」
「慣れてください。聖女様もそのように判断されたから治ったと主張なさっているのではありませんか?」
とは申しましてもこれ以上やれる処置はありませんね。もし手が残されていたとしてもリッカドンナは聞く耳を持たないでしょう。フィリッポがいかに主張なさろうとあの方の奉仕は仕事であり慈善行為ではありませんし。
それにしても気になりますね。どうして暴漢共はフィリッポの腕を折ったのでしょう? 腕が切り落とされたなら切断面に腕を仮付けして奇蹟を施せばいいでしょう。槌で潰されて手から先が失われたとしてもリッカドンナが再生の奇蹟を授かっていたら対処出来てしまいます。
まるでリッカドンナの奇蹟がどれ程かを把握していて、腕を酷く折れば音楽家としてのフィリッポが破滅すると判断したかのようですね。だとしたらこの犯行はフィリッポが狙いではなく、おざなりな処置でお茶を濁したリッカドンナに批難が向くよう仕組む為……?
いえ、陰謀論はよしましょう。所詮私の憶測の域を出ません。
「残念ながらこれ以上手の施しようは無いかと」
「ずっと……このままだったら……?」
「諦める他ございません」
フィリッポは消え入りそうな震えた声を出しますが、私はごまかすつもりはございません。自分でも冷たいとは思います。それでも早く現実を受け入れて前を向く他無いと私は考えます。苦難を乗り越えてこそ光は射すものかと。
「大丈夫、フィリッポならきっと適応出来ます。ここで絶望していては犯人の思う壺ですよ」
「……そう、だね」
フィリッポは大きく肩を落としてベッドへと戻って行きます。部屋には日射しが十分に差し込んでいるのに彼の周りには暗く影が落ちていました。
「……ごめん、少し一人にしてくれない、かな?」
彼がこのように望んだので一先ず私達は部屋を出ました。ただフィリッポが再び自傷行為に及ばないとも限らないので使用人の一人が監視の為に残りました。私が部屋を出る間際に部屋の中を窺うとその使用人がフィリッポの周りから凶器になりそうな物を遠ざけていました。
部屋の扉が閉まった直後、チェーザレが私の手を取りました。驚いた私が彼の方を見ると、彼は真剣な面持ちで私を見つめていました。
「……なあ、本当にどうにか出来ないのか?」
「神経が過敏になっていますね。腕を軽く叩いただけで手の方が変な感じがしませんでしたか?」
「う、うん……びりっとか、そんな感じに」
「あと手を触っても痛くもかゆくも無いのでは?」
「ううん。……でも、すっごく鈍い」
「麻痺は残っていませんか?」
「……動かしたくてもあまり動かせない」
診断が正しいかを質問で確認してようやくチェーザレ達周囲の人達も事の深刻さが分かった様子でした。フィリッポの腕は確かに聖女の奇蹟とやらで治ったようですが、決して元の状態には戻っていなかったのです。
「で、でもさ、さっきナイフとか持ってたじゃん! 手首も指も動いてたし、なら……!」
「食器は持てます、扉は開けます。腕が曲がっていても手がぎこちなくても日常生活は送れるようになるでしょう。ですが、微細な感覚は取り戻せていません」
手と指を用いて音色を奏でるフィリッポにとっては致命的と言って過言ではありません。奇蹟で治されてしまっていますからこれ以上の自然治癒は望めないかもしれません。……フィリッポは果たして曲がった棒のままで以前のように音楽を愛せるのでしょうか?
「で、ですがフィリッポさんは確かにリッカドンナ様が治療されていました! なのにどうしてこんな……!」
「あの方の奇蹟が如何ほどかは分かりませんが、おそらくはコレがあの方の限界ではないかと」
聖女は神の奇蹟の代行者であっても救世主ではありません。授けられた奇蹟の度合いによってその効果は大きく左右されるのです。リッカドンナの奇蹟ではフィリッポの完全治療までは叶わなかった。それが後遺症が残った原因でしょう。
更に、奇蹟を施せば全てが治ると思ったら大間違いです。例えば腕が折れ曲がってしまったままで治療をすると曲がったままで治ってしまう場合もあります。変な曲線になってしまったのは治療の際に適時修正をしなかった為でしょう。
おざなりな処置がフィリッポを苦しめている。
こんなのは決して救済とは呼べません。
「その……治らないの?」
「既に治っています。これ以上は自己回復に託すほかありません。いずれは手や指の感覚も戻るかもしれません」
「でも、曲がったままじゃあ……!」
「慣れてください。聖女様もそのように判断されたから治ったと主張なさっているのではありませんか?」
とは申しましてもこれ以上やれる処置はありませんね。もし手が残されていたとしてもリッカドンナは聞く耳を持たないでしょう。フィリッポがいかに主張なさろうとあの方の奉仕は仕事であり慈善行為ではありませんし。
それにしても気になりますね。どうして暴漢共はフィリッポの腕を折ったのでしょう? 腕が切り落とされたなら切断面に腕を仮付けして奇蹟を施せばいいでしょう。槌で潰されて手から先が失われたとしてもリッカドンナが再生の奇蹟を授かっていたら対処出来てしまいます。
まるでリッカドンナの奇蹟がどれ程かを把握していて、腕を酷く折れば音楽家としてのフィリッポが破滅すると判断したかのようですね。だとしたらこの犯行はフィリッポが狙いではなく、おざなりな処置でお茶を濁したリッカドンナに批難が向くよう仕組む為……?
いえ、陰謀論はよしましょう。所詮私の憶測の域を出ません。
「残念ながらこれ以上手の施しようは無いかと」
「ずっと……このままだったら……?」
「諦める他ございません」
フィリッポは消え入りそうな震えた声を出しますが、私はごまかすつもりはございません。自分でも冷たいとは思います。それでも早く現実を受け入れて前を向く他無いと私は考えます。苦難を乗り越えてこそ光は射すものかと。
「大丈夫、フィリッポならきっと適応出来ます。ここで絶望していては犯人の思う壺ですよ」
「……そう、だね」
フィリッポは大きく肩を落としてベッドへと戻って行きます。部屋には日射しが十分に差し込んでいるのに彼の周りには暗く影が落ちていました。
「……ごめん、少し一人にしてくれない、かな?」
彼がこのように望んだので一先ず私達は部屋を出ました。ただフィリッポが再び自傷行為に及ばないとも限らないので使用人の一人が監視の為に残りました。私が部屋を出る間際に部屋の中を窺うとその使用人がフィリッポの周りから凶器になりそうな物を遠ざけていました。
部屋の扉が閉まった直後、チェーザレが私の手を取りました。驚いた私が彼の方を見ると、彼は真剣な面持ちで私を見つめていました。
「……なあ、本当にどうにか出来ないのか?」
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