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第1-2章 私は南方王国に行きました
浄化の聖女の奇蹟を拝みました
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「……随分とハッキリと申しますね。理由があるのでしょうか?」
「ここだと人が多い。後で話す」
聖女の方へと歩み寄ったのは赤子を抱きかかえた市民の一人でした。母親は何やら泣きながら聖女へと懇願して赤子を差し出します。聖女は微笑みを浮かべながら赤子を手に取り、天高くかざしました。何を仰っているのかは遠すぎて聞き取れませんでした。
赤子を手にする聖女の手が淡く輝きました。そして燦々と輝く太陽の光が赤子に集中する……ようにも感じました。奇蹟としか説明のつかない不可思議な現象に観衆からは感嘆の声が漏れました。中には手を組んで聖女を崇める者までいる程でした。
やがて光が収まると聖女は赤子を丁寧に母親へと返します。母親が赤子を受け取るとその赤子は元気いっぱいに泣き始めました。そんな赤子の様子に母親は感涙して聖女へと深く頭を下げて感謝の言葉を捧げました。聖女はそんな母親をやんわりと手で制します。
「命を救っていただきありがとうございました、でしょうか?」
「返事は礼には及ばない、神の使命に従ったまでだ、らへんじゃね?」
聖女はそれから少女や老人など数人ほど癒しました。そして大衆に向けて深くお辞儀をした後に教会の中へと戻っていきました。大衆は目の当たりにした数々の奇蹟に興奮冷めやらぬ様子で次々と感想を口にしていました。
ジョアッキーノもその例にもれずに色々と表現を変えて絶賛していましたが、その内容は概ね「凄い」に集約出来るかと思います。私にとってはかつての日常の焼き増しに過ぎなかったので何の感想も抱かなかったのですが、彼に同調して称賛を口にしました。
ところがその場が解散になった段階でもチェーザレの表情は曇ったままでした。私もジョアッキーノも不思議に思っていましたが、彼がその真意を述べたのは周囲の人がまばらになる所まで移動してからでした。
「なあキアラ。聖女ってさ、苦しむ人たちは誰でも平等に救うのか?」
「……!」
さて、どのように答えましょう? 一介の貴族令嬢風情が偉そうに聖女について語ってもいいのでしょうか? それとも私にはあずかり知れぬ領域ですとごまかしますか。それともあくまで個人的考えを口にする程度なら何も勘ぐられませんか。
考える必要もありませんね。真剣に問いかけるチェーザレには応えませんと。
「いえ、残念ながら。聖女は聖者ではありません。全能なる神の奇蹟の一端を授けられただけの人間に過ぎません。伸ばせる手の長さがありますし、本数にも限りがあります」
「じゃあ優先順位は付けるのか」
「当然付け方はそれぞれの聖女によって異なりますよ。早い者勝ちな聖女もいるでしょうし、深刻な方から優先させる聖女もいるでしょう」
とはごまかしましたが実際にはある程度教会の意向も絡みます。教会の権威に背く国にはそもそも聖女を派遣しません。国と国とが争う際はより教会に傅いた方へと聖女は向かいます。俗物ではありますがそれが人の組織の在り方なんでしょう。
かつての私は目に映る苦しむ人達を放っておけなかったので手当たり次第でしたね。老若男女、身分の違いなんて関係ありませんでした。だから国や教会の権威を絶対視する方々からの評判はあまり良くありませんでしたっけ。
「それがどうかいたしましたか?」
「……あの聖女は人を救うつもりなんて無い」
ジョアッキーノは慌てて周囲へと視線を走らせました。おそらくはチェーザレの発言を耳にした人がいないかの確認の為でしょう。それほど彼の発言は物議を醸す大事になりかねません。ましてや彼は王子。下手をすれば国全体が危うい立場に立たされる程かと。
「アイツ、リッカドンナの客は貴族、商人、教会でも高位の奴ばっかだ。一般市民には目を向けやしない。つまり教会にとって付き合えば有益な連中だけなんだよ」
「では先ほどの公開の場での奇蹟の行使は?」
「ああやって自分を見せつけておけばより声がかかりやすくなるだろ?」
「名声を得るため、ですか」
成程、それは分かりやすい。富や権力にしがみ付く聖女など俗人的なと思う方がほとんどでしょう。チェーザレもまた神に授けられた奇蹟を己の私腹を肥やす目的に使うなど、と思っているのでしょうね。かつての私であれば神託に背く不届き者だと憤ったでしょうが……、
「素晴らしい考えですね」
「キアラ……!?」
利益を得る為に仕事をする聖女、その割り切り様は実に好ましい。
言うなら職業聖女ですか。それが私の歩むべき道だったのかもしれません。
「聖女が人に尽くさなければいけないだなんて誰が決めました? 神ですか? 人ですか? いえ、教会です。知っています? 神より直接天啓を授けられる聖女はごく少数なんだそうですよ」
「……何だよソレ。じゃあ自分のためにならなかったら弱い奴は切り捨てるのか?」
「罪かどうかはさておきそれが賢い選択だとは思いませんか?」
私が笑いかけるとチェーザレはおろかジョアッキーノまで言葉を失いました。
そうですか。己が可愛い聖女もいるのですね。
思わぬ僥倖と申してしまっても過言ではないでしょう。
「ここだと人が多い。後で話す」
聖女の方へと歩み寄ったのは赤子を抱きかかえた市民の一人でした。母親は何やら泣きながら聖女へと懇願して赤子を差し出します。聖女は微笑みを浮かべながら赤子を手に取り、天高くかざしました。何を仰っているのかは遠すぎて聞き取れませんでした。
赤子を手にする聖女の手が淡く輝きました。そして燦々と輝く太陽の光が赤子に集中する……ようにも感じました。奇蹟としか説明のつかない不可思議な現象に観衆からは感嘆の声が漏れました。中には手を組んで聖女を崇める者までいる程でした。
やがて光が収まると聖女は赤子を丁寧に母親へと返します。母親が赤子を受け取るとその赤子は元気いっぱいに泣き始めました。そんな赤子の様子に母親は感涙して聖女へと深く頭を下げて感謝の言葉を捧げました。聖女はそんな母親をやんわりと手で制します。
「命を救っていただきありがとうございました、でしょうか?」
「返事は礼には及ばない、神の使命に従ったまでだ、らへんじゃね?」
聖女はそれから少女や老人など数人ほど癒しました。そして大衆に向けて深くお辞儀をした後に教会の中へと戻っていきました。大衆は目の当たりにした数々の奇蹟に興奮冷めやらぬ様子で次々と感想を口にしていました。
ジョアッキーノもその例にもれずに色々と表現を変えて絶賛していましたが、その内容は概ね「凄い」に集約出来るかと思います。私にとってはかつての日常の焼き増しに過ぎなかったので何の感想も抱かなかったのですが、彼に同調して称賛を口にしました。
ところがその場が解散になった段階でもチェーザレの表情は曇ったままでした。私もジョアッキーノも不思議に思っていましたが、彼がその真意を述べたのは周囲の人がまばらになる所まで移動してからでした。
「なあキアラ。聖女ってさ、苦しむ人たちは誰でも平等に救うのか?」
「……!」
さて、どのように答えましょう? 一介の貴族令嬢風情が偉そうに聖女について語ってもいいのでしょうか? それとも私にはあずかり知れぬ領域ですとごまかしますか。それともあくまで個人的考えを口にする程度なら何も勘ぐられませんか。
考える必要もありませんね。真剣に問いかけるチェーザレには応えませんと。
「いえ、残念ながら。聖女は聖者ではありません。全能なる神の奇蹟の一端を授けられただけの人間に過ぎません。伸ばせる手の長さがありますし、本数にも限りがあります」
「じゃあ優先順位は付けるのか」
「当然付け方はそれぞれの聖女によって異なりますよ。早い者勝ちな聖女もいるでしょうし、深刻な方から優先させる聖女もいるでしょう」
とはごまかしましたが実際にはある程度教会の意向も絡みます。教会の権威に背く国にはそもそも聖女を派遣しません。国と国とが争う際はより教会に傅いた方へと聖女は向かいます。俗物ではありますがそれが人の組織の在り方なんでしょう。
かつての私は目に映る苦しむ人達を放っておけなかったので手当たり次第でしたね。老若男女、身分の違いなんて関係ありませんでした。だから国や教会の権威を絶対視する方々からの評判はあまり良くありませんでしたっけ。
「それがどうかいたしましたか?」
「……あの聖女は人を救うつもりなんて無い」
ジョアッキーノは慌てて周囲へと視線を走らせました。おそらくはチェーザレの発言を耳にした人がいないかの確認の為でしょう。それほど彼の発言は物議を醸す大事になりかねません。ましてや彼は王子。下手をすれば国全体が危うい立場に立たされる程かと。
「アイツ、リッカドンナの客は貴族、商人、教会でも高位の奴ばっかだ。一般市民には目を向けやしない。つまり教会にとって付き合えば有益な連中だけなんだよ」
「では先ほどの公開の場での奇蹟の行使は?」
「ああやって自分を見せつけておけばより声がかかりやすくなるだろ?」
「名声を得るため、ですか」
成程、それは分かりやすい。富や権力にしがみ付く聖女など俗人的なと思う方がほとんどでしょう。チェーザレもまた神に授けられた奇蹟を己の私腹を肥やす目的に使うなど、と思っているのでしょうね。かつての私であれば神託に背く不届き者だと憤ったでしょうが……、
「素晴らしい考えですね」
「キアラ……!?」
利益を得る為に仕事をする聖女、その割り切り様は実に好ましい。
言うなら職業聖女ですか。それが私の歩むべき道だったのかもしれません。
「聖女が人に尽くさなければいけないだなんて誰が決めました? 神ですか? 人ですか? いえ、教会です。知っています? 神より直接天啓を授けられる聖女はごく少数なんだそうですよ」
「……何だよソレ。じゃあ自分のためにならなかったら弱い奴は切り捨てるのか?」
「罪かどうかはさておきそれが賢い選択だとは思いませんか?」
私が笑いかけるとチェーザレはおろかジョアッキーノまで言葉を失いました。
そうですか。己が可愛い聖女もいるのですね。
思わぬ僥倖と申してしまっても過言ではないでしょう。
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