19 / 278
第1-1章 私は悪役令嬢となりました
私は神託の聖女より疑われました
しおりを挟む
「今年もお世話になります」
程なくセラフィナの聖女適性検査の日を迎えました。当事者ではなかった私は教会関係者と接点を持ちたくもなかったので部屋に引きこもろうと考えていました。ところが先方が私に会いたいと願ったらしく、渋々ながら顔を見せる事に致しました。
ところが、私は思いもよらぬ人物と再会を果たしたのです。
そう、聖女であらせられるエレオノーラに。
彼女は私の入室を確認すると立ち上がって恭しく首を垂れました。私もスカートを摘まんでお辞儀を致しました。エレオノーラの付き人を務める神官二名も去年と同じ顔ぶれでしたが、やはり聖女がへりくだる姿を好ましく思っていないようです。
「エレオノーラ様。ようこそおいで下さいました」
「ごめんなさいね。無理を言って押しかける形になってしまいまして」
エレオノーラが目配せを送ると神官二名は礼をしてから退室しました。家の使用人に案内されていたので今回妹の検査の立ち合いはあのお二人が務めるのでしょう。前回とは異なり聖女は呑気に飲み物を味わっておりますが。
それから、エレオノーラの傍には質素な修道服に身を包んだ女性が佇んでおりました。彼女とは初対面でしたか。神官……にしては先ほどの二名とどうも雰囲気が異なります。無表情の中の双眸は私の全てを見透かすかのように鋭いものでした。
「妹でしたら自室で皆様をお待ちしています」
「いえ、わたくしはキアラ様に用があって無理を押し通してきたのです」
……は? 私に用があって?
嫌な予感がする前にエレオノーラは鞄から聖女適性検査の用紙と聖水の入った小瓶を取り出しました。そして私に提示してきます。エレオノーラは聖母のような笑みをこぼして促しましたので、私はそれらを受け取らざるを得ませんでした。
「実は、もう一度だけ検査を受けてほしくてわたくし自ら足を運んでまいりました」
……どうやら彼女は疑っているようですね。私が結果を偽って聖女となる宿命より逃げたのだと。神の意志より顔を背けたと。
私は取り繕うように笑顔を張りつかせました。
「聖女の適性は生まれ持ったものであり後天的には授けられない。そう思っておりましたが?」
「はい。その認識で間違ってはいません」
「ではどうして改めて検査のやり直しをなさるんですか? 何度繰り返しても結果は覆らないかと」
「実は神託が舞い降りまして。キアラ様が貴族のご令嬢として終わる定めではない、と。わたくしは神の声に従ったまでです」
その神託自体は去年にも聞きましたが、エレオノーラがまさかそれを重く受け止めていただなんて。前回の検査は彼女自身が執り行いましたのに。
しかし……どうやら神はどうしても今一度私に聖女を務めて欲しいようですね。その為なら私に天啓を与えるばかりか他の聖女にも囁きかけるだなんて。人類の救済などと大義名分はございますが、私には悪魔の囁きと同じようにしか思えません。
エレオノーラは私に一旦預けた検査用紙に聖水を染み込ませました。そして改めて腰帯より小剣を抜いて私に指の腹を出すよう優しく語りかけます。とても慈愛に満ちていて心安らぐ口調でした。奇蹟に頼らない見事な技能と申すべきでしょう。
聖女を拒絶すれば教国連合内で行き場を失いますので、私は従う他ございません。指を軽く切った私は去年と同じ手口で傷口からにじみ出る鮮血を浄化、そのまま指を検査用紙に押し付けようと……、
「ではこれでご満足頂け――」
「――そのままでお待ちを」
――する手前で奥の修道女が発した抑制の無い声で制止されました。私は反射的に動きを止めてしまいます。その間にその女性は大股でこちらへと近寄ります。そして私の指より滲み出てきた血を指で掬い取りました。
そして、あろう事か私の血を舐め取ったのです。途端にその女性は眉をひそめました。
「薄いですね。水を味わっているみたいです」
「何て事なの……。こんな形で欺かれていただなんて」
女性の淡々とした報告を聞いたエレオノーラは顔に手をついて天を仰ぎました。あいにく屋内なので少し趣向を凝らした天井が見えるだけですが。あと「神よ」と呟くのは余計だと思うのです。それと仰ぎたいのはむしろ私の方ですよ。
「聖女になりすまそうとする輩は少なからず見てきましたが、聖女から逃れようとする者には初めて会いましたよ」
程なくセラフィナの聖女適性検査の日を迎えました。当事者ではなかった私は教会関係者と接点を持ちたくもなかったので部屋に引きこもろうと考えていました。ところが先方が私に会いたいと願ったらしく、渋々ながら顔を見せる事に致しました。
ところが、私は思いもよらぬ人物と再会を果たしたのです。
そう、聖女であらせられるエレオノーラに。
彼女は私の入室を確認すると立ち上がって恭しく首を垂れました。私もスカートを摘まんでお辞儀を致しました。エレオノーラの付き人を務める神官二名も去年と同じ顔ぶれでしたが、やはり聖女がへりくだる姿を好ましく思っていないようです。
「エレオノーラ様。ようこそおいで下さいました」
「ごめんなさいね。無理を言って押しかける形になってしまいまして」
エレオノーラが目配せを送ると神官二名は礼をしてから退室しました。家の使用人に案内されていたので今回妹の検査の立ち合いはあのお二人が務めるのでしょう。前回とは異なり聖女は呑気に飲み物を味わっておりますが。
それから、エレオノーラの傍には質素な修道服に身を包んだ女性が佇んでおりました。彼女とは初対面でしたか。神官……にしては先ほどの二名とどうも雰囲気が異なります。無表情の中の双眸は私の全てを見透かすかのように鋭いものでした。
「妹でしたら自室で皆様をお待ちしています」
「いえ、わたくしはキアラ様に用があって無理を押し通してきたのです」
……は? 私に用があって?
嫌な予感がする前にエレオノーラは鞄から聖女適性検査の用紙と聖水の入った小瓶を取り出しました。そして私に提示してきます。エレオノーラは聖母のような笑みをこぼして促しましたので、私はそれらを受け取らざるを得ませんでした。
「実は、もう一度だけ検査を受けてほしくてわたくし自ら足を運んでまいりました」
……どうやら彼女は疑っているようですね。私が結果を偽って聖女となる宿命より逃げたのだと。神の意志より顔を背けたと。
私は取り繕うように笑顔を張りつかせました。
「聖女の適性は生まれ持ったものであり後天的には授けられない。そう思っておりましたが?」
「はい。その認識で間違ってはいません」
「ではどうして改めて検査のやり直しをなさるんですか? 何度繰り返しても結果は覆らないかと」
「実は神託が舞い降りまして。キアラ様が貴族のご令嬢として終わる定めではない、と。わたくしは神の声に従ったまでです」
その神託自体は去年にも聞きましたが、エレオノーラがまさかそれを重く受け止めていただなんて。前回の検査は彼女自身が執り行いましたのに。
しかし……どうやら神はどうしても今一度私に聖女を務めて欲しいようですね。その為なら私に天啓を与えるばかりか他の聖女にも囁きかけるだなんて。人類の救済などと大義名分はございますが、私には悪魔の囁きと同じようにしか思えません。
エレオノーラは私に一旦預けた検査用紙に聖水を染み込ませました。そして改めて腰帯より小剣を抜いて私に指の腹を出すよう優しく語りかけます。とても慈愛に満ちていて心安らぐ口調でした。奇蹟に頼らない見事な技能と申すべきでしょう。
聖女を拒絶すれば教国連合内で行き場を失いますので、私は従う他ございません。指を軽く切った私は去年と同じ手口で傷口からにじみ出る鮮血を浄化、そのまま指を検査用紙に押し付けようと……、
「ではこれでご満足頂け――」
「――そのままでお待ちを」
――する手前で奥の修道女が発した抑制の無い声で制止されました。私は反射的に動きを止めてしまいます。その間にその女性は大股でこちらへと近寄ります。そして私の指より滲み出てきた血を指で掬い取りました。
そして、あろう事か私の血を舐め取ったのです。途端にその女性は眉をひそめました。
「薄いですね。水を味わっているみたいです」
「何て事なの……。こんな形で欺かれていただなんて」
女性の淡々とした報告を聞いたエレオノーラは顔に手をついて天を仰ぎました。あいにく屋内なので少し趣向を凝らした天井が見えるだけですが。あと「神よ」と呟くのは余計だと思うのです。それと仰ぎたいのはむしろ私の方ですよ。
「聖女になりすまそうとする輩は少なからず見てきましたが、聖女から逃れようとする者には初めて会いましたよ」
26
お気に入りに追加
1,379
あなたにおすすめの小説
家族と移住した先で隠しキャラ拾いました
狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
「はい、ちゅーもーっく! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」
ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、そう言って家族に王太子から届いた手紙を見せた。
「「「やっぱりかー」」」
すぐさま合いの手を入れる家族は、前世から家族である。
日本で死んで、この世界――前世でヴィルヘルミーネがはまっていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。
しかも、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢、そして家族は当然悪役令嬢の家族として。
ゆえに、王太子から婚約破棄を突きつけられることもわかっていた。
前世の記憶を取り戻した一年前から準備に準備を重ね、婚約破棄後の身の振り方を決めていたヴィルヘルミーネたちは慌てず、こう宣言した。
「船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」「「「おー!」」」
前世も今も、実に能天気な家族たちは、こうして断罪される前にそそくさと海を挟んだ隣国シュティリエ国へ逃亡したのである。
そして、シュティリエ国へ逃亡し、新しい生活をはじめた矢先、ヴィルヘルミーネは庭先で真っ黒い兎を見つけて保護をする。
まさかこの兎が、乙女ゲームのラスボスであるとは気づかづに――
【完結】子供が出来たから出て行けと言われましたが出ていくのは貴方の方です。
珊瑚
恋愛
夫であるクリス・バートリー伯爵から突如、浮気相手に子供が出来たから離婚すると言われたシェイラ。一週間の猶予の後に追い出されることになったのだが……
至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます
下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。
転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる
花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。
今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。
柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。
詰んでる。
そう悟った主人公10歳。
主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど…
何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど…
なろうにも掲載しております。
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
死んで巻き戻りましたが、婚約者の王太子が追いかけて来ます。
拓海のり
恋愛
侯爵令嬢のアリゼは夜会の時に血を吐いて死んだ。しかし、朝起きると時間が巻き戻っていた。二度目は自分に冷たかった婚約者の王太子フランソワや、王太子にべったりだった侯爵令嬢ジャニーヌのいない隣国に留学したが──。
一万字ちょいの短編です。他サイトにも投稿しています。
残酷表現がありますのでR15にいたしました。タイトル変更しました。
【完結済】悪役になりきれなかったので、そろそろ引退したいと思います。
木嶋うめ香
恋愛
私、突然思い出しました。
前世は日本という国に住む高校生だったのです。
現在の私、乙女ゲームの世界に転生し、お先真っ暗な人生しかないなんて。
いっそ、悪役として散ってみましょうか?
悲劇のヒロイン気分な主人公を目指して書いております。
以前他サイトに掲載していたものに加筆しました。
サクッと読んでいただける内容です。
マリア→マリアーナに変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる