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第1-1章 私は悪役令嬢となりました

私は神託の聖女より疑われました

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「今年もお世話になります」

 程なくセラフィナの聖女適性検査の日を迎えました。当事者ではなかった私は教会関係者と接点を持ちたくもなかったので部屋に引きこもろうと考えていました。ところが先方が私に会いたいと願ったらしく、渋々ながら顔を見せる事に致しました。

 ところが、私は思いもよらぬ人物と再会を果たしたのです。
 そう、聖女であらせられるエレオノーラに。

 彼女は私の入室を確認すると立ち上がって恭しく首を垂れました。私もスカートを摘まんでお辞儀を致しました。エレオノーラの付き人を務める神官二名も去年と同じ顔ぶれでしたが、やはり聖女がへりくだる姿を好ましく思っていないようです。

「エレオノーラ様。ようこそおいで下さいました」
「ごめんなさいね。無理を言って押しかける形になってしまいまして」

 エレオノーラが目配せを送ると神官二名は礼をしてから退室しました。家の使用人に案内されていたので今回妹の検査の立ち合いはあのお二人が務めるのでしょう。前回とは異なり聖女は呑気に飲み物を味わっておりますが。
 それから、エレオノーラの傍には質素な修道服に身を包んだ女性が佇んでおりました。彼女とは初対面でしたか。神官……にしては先ほどの二名とどうも雰囲気が異なります。無表情の中の双眸は私の全てを見透かすかのように鋭いものでした。

「妹でしたら自室で皆様をお待ちしています」
「いえ、わたくしはキアラ様に用があって無理を押し通してきたのです」

 ……は? 私に用があって?

 嫌な予感がする前にエレオノーラは鞄から聖女適性検査の用紙と聖水の入った小瓶を取り出しました。そして私に提示してきます。エレオノーラは聖母のような笑みをこぼして促しましたので、私はそれらを受け取らざるを得ませんでした。

「実は、もう一度だけ検査を受けてほしくてわたくし自ら足を運んでまいりました」

 ……どうやら彼女は疑っているようですね。私が結果を偽って聖女となる宿命より逃げたのだと。神の意志より顔を背けたと。
 私は取り繕うように笑顔を張りつかせました。

「聖女の適性は生まれ持ったものであり後天的には授けられない。そう思っておりましたが?」
「はい。その認識で間違ってはいません」
「ではどうして改めて検査のやり直しをなさるんですか? 何度繰り返しても結果は覆らないかと」
「実は神託が舞い降りまして。キアラ様が貴族のご令嬢として終わる定めではない、と。わたくしは神の声に従ったまでです」

 その神託自体は去年にも聞きましたが、エレオノーラがまさかそれを重く受け止めていただなんて。前回の検査は彼女自身が執り行いましたのに。

 しかし……どうやら神はどうしても今一度私に聖女を務めて欲しいようですね。その為なら私に天啓を与えるばかりか他の聖女にも囁きかけるだなんて。人類の救済などと大義名分はございますが、私には悪魔の囁きと同じようにしか思えません。

 エレオノーラは私に一旦預けた検査用紙に聖水を染み込ませました。そして改めて腰帯より小剣を抜いて私に指の腹を出すよう優しく語りかけます。とても慈愛に満ちていて心安らぐ口調でした。奇蹟に頼らない見事な技能と申すべきでしょう。
 聖女を拒絶すれば教国連合内で行き場を失いますので、私は従う他ございません。指を軽く切った私は去年と同じ手口で傷口からにじみ出る鮮血を浄化、そのまま指を検査用紙に押し付けようと……、

「ではこれでご満足頂け――」
「――そのままでお待ちを」

 ――する手前で奥の修道女が発した抑制の無い声で制止されました。私は反射的に動きを止めてしまいます。その間にその女性は大股でこちらへと近寄ります。そして私の指より滲み出てきた血を指で掬い取りました。
 そして、あろう事か私の血を舐め取ったのです。途端にその女性は眉をひそめました。

「薄いですね。水を味わっているみたいです」
「何て事なの……。こんな形で欺かれていただなんて」

 女性の淡々とした報告を聞いたエレオノーラは顔に手をついて天を仰ぎました。あいにく屋内なので少し趣向を凝らした天井が見えるだけですが。あと「神よ」と呟くのは余計だと思うのです。それと仰ぎたいのはむしろ私の方ですよ。

「聖女になりすまそうとする輩は少なからず見てきましたが、聖女から逃れようとする者には初めて会いましたよ」
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