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第1-1章 私は悪役令嬢となりました

私は少年と契約を交わしました

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「……なら、教会の総本山に行く。聖女様なら救ってくれる筈だ」

 それでも諦めきれないチェーザレは僅かな、しかし決して叶わない希望を口にしました。

 聖都に赴くまでに日数を要しますし呼び出すにしろ相応の期間が必要でしょう。それまでに女性の体力が保つとは到底思えません。偶然救済の旅に出ている聖女を連れてくるにしろ多くの手間が必要でしょう。言い方は悪いですが貧民一人のためにそんな労力は誰もかけません。

「幻滅させますが、聖女の奇蹟は労働です」
「……へ?」

 そもそも、聖女に縋れば救われるとの認識が誤っております。

「労働には対価が付き物です。対価とは何も金銭ばかりでなく名声、影響力など様々な形があります。残念ながら貴方様やそちらの女性の救済はそのどれにも当てはまらない。聖女が善意を示したくとも教会が奇跡の行使を認めません」
「なん、だよそれ……何なんだよそれ!」

 どうしようもない現実にとうとうチェーザレは怒りを露わにしました。彼は怒りを露わに私に掴みかかりました。私が身体をねじってかわすと体勢を崩してまた倒れかけます。こうなるのでしたら大人しく受け止めれば良かったですね、と彼を支えながら思いました。
 チェーザレは「畜生」だとか「どうして神様は母さんを見放すんだよ」だとか嘆きながら大粒で涙をこぼしました。運命にただ翻弄されるばかりでなく抗った末につぶかった壁はとても高くて彼には飛び越えられない。そうした残酷な仕打ちに弱音を吐かざるを得ませんか。

「……なあお前」

 それでも彼は諦めません。袖で涙を拭い落とすと彼は私の両腕を掴みました。私に向ける眼差しはとても強いものでした。

「お前ではありません。キアラとお呼び下さい。それがお父様とお母様から頂いた名です」
「じゃあキアラん所のお父さんとお母さんに何とか言えないかな……?」

 母親を治療してほしい、ではなくて相談を持ちかける、ですか。きっとチェーザレは私の正体を看破してはいないでしょう。藁にも縋りたい思いからに違いありません。ただこの状況を改善するとなるとやはり先ほどの問題が浮上してくるかと。

「キアラ、助けてくれよ! 母さんを……!」

 私に救いを求められると先ほどから無視していた声が頭に鳴り響いてきました。気を逸らそうとチェーザレに意識を集中させても駄目。耳を塞いでも駄目。恐ろしい事にかつて酷い最期を迎えたのになおその声は全てに優先させる使命だとの義務感が生じるのです。

 神は言っていました。全てを救えと。

 うるさい……! 私は神に従って人を救うんじゃない。
 前回は神から与えられた使命を全うするための救済でした。今回は違います。神託も教会も関係ありません。そしてチェーザレや女性のためだなんて正義面する気もございません。奉仕する自分に酔いしれようとも思いません。

「チェーザレ。何点かを厳守していただけるなら貴方の願いに応えましょう」
「……っ! 本当か!?」

 私はただ私がやりたい欲求に従うまでです。
 その結果が神や教会ではなく私に回帰するように。

「まず一つ、この場で起こった事は誰にも喋らないでください」
「……誰にも言わなければいいんだろ? 分かった」

 もし言い触らした場合はどんな手段を用いてでもチェーザレと女性は破滅させます、とは語らないでおきましょう。まさか救いの主が命を奪うかもしれないだなんて夢にも思っていないでしょうから。今は恩を売るのが先決です。

「次に、何らかの形で恩返しをして下さい」
「は? 何だよそれ?」
「別に。こちらから指定はしません。チェーザレが思うようにしていただければ」
「……分かったよ。でもちゃんと母さんを助けてくれるんだよな?」

 無償の奉仕はその価値を失わせます。しかし彼から将来に渡り毟り取る程の重荷を背負わせるのは得策ではないでしょう。あくまでも対価は彼が決めればよろしいかと。もし路傍の小石が礼だと仰るのでしたら、私はそれが彼が考える救済に吊り合う報酬だと解釈しますので。

「最後に、私を決して聖女だと敬わない事。もう沢山ですので」
「聖、女?」

 そしてこれは肝心な約束になります。神の奇蹟の代行者だと思われたくありませんので。聖女ではなく私個人による厚意とでも認識していただければ。そもそも命の恩人だと過度に崇拝されるのも御免被りますし。

 彼が私の言葉を理解する前に私は母親の前へと歩み寄りました。女性も私の気配を感じ取ったのでしょう、当惑した様子を見せました。こちらへ顔を向けないのは光を失ったからと思われます。私の顔を認識出来ないのは好都合ですね。

「癒しを」
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