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第1-1章 私は悪役令嬢となりました

私は侍女と朝を迎えました

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「失礼いたします。お嬢様」

 丁度わたしとの団欒が終わった辺りで起床の時間を知らせに侍女のトリルビィが入室してきました。

「おはようございます、トリルビィ」
「……!?」

 窓辺のテーブル席でくつろいでいる私を見たトリルビィは息を呑みました。どうしてそうも大層驚くのでしょう? 普段時間が許す限り微睡みの中にいるものですからそのせいでしょうか? 眉を潜めてましたら私の侍女は慌てふためきます。

「だ、旦那様と奥方様を呼んでまいります!」
「お待ちください。まずはどうして早起きしただけの私を見るなり驚いたのかの説明を要求いたします」
「……っ。失礼いたしました。お嬢様は三日ほど気を失っておられたのです」
「……三日も?」

 何とか呼び止めて事情を聞いてみますと、なんと気を失ってから三日経過したらしいのです。どうやらよほど神より授けられし天啓に衝撃を受けてしまったようです。命に別状は無かったとはいえお父様方を心配させてしまいましたね。

「お父様方への報告であれば私が自ら食事の場で致します。まずは私の身支度を整えてもらえます? それと我儘を言いますが服を着替えさせる前に身体を軽く拭いてもらえれば」
「……直ちに準備いたします」

 逸る気持ちがありながらもトリルビィは私の意を汲んで恭しく首を垂れ、一旦退室していきました。私もわたしも前世では身の回りの世話は自分でやっていましたし、寝巻ぐらい脱ごうとも考えましたが、そうするとトリルビィから責められるんですよね。

 そう間も置かずに戻ってきたトリルビィは軽く掻いた寝汗を水拭きしつつ手慣れた様子で私を着替えさせていきます。更に蒸した布巾を髪に当てて寝癖を取ってから丹念に髪を梳かします。少し癖毛なものですからどうしても毛先が少し波打ってしまいますね。

「あの、お嬢様?」
「はい、何でしょう?」

 気が付いたら化粧鏡の向こうにいる私の後ろからトリルビィがこちらをじぃっと眺めていました。別に昨日今日で私の面相が変わるわけではないと思いましたが、どうも彼女にとっては全然違うように見えるみたいですね。

「楽しい夢でも見られましたか?」
「ええ、中々面白い夢でした。どうしてです?」
「普段より晴れ晴れとしたご様子に見受けられましたので」
「明るい? 私が?」

 アレを夢と表現して良いのでしょうか?

 わたしの世界は私の常識では計り知れないほど豊かでした。恵まれた環境に居ながら皆さん忙しくされていましたね。しかしながらわたしから言わせれば今の私の暮らしぶりは豪奢なのだそうです。わたしは隣の芝は青いと表現していましたっけ。

 夢見は……あまり良いものではありませんでしたね。私が順当に成長した暁には破滅が待ち構えていると突き付けられましたので。
 今気分が良いのはきっとわたしと知り合えたからでしょう。私の苦しみも悩みも全てをさらけ出せる、もう一人の私に。

「失礼ながら……このところ暗く沈んでいらっしゃいましたので」
「いえ、確かに私は気落ちしていました」

 聖女の存在が前世以上に絶対視された教国連合に生を受けた事。神より呪いのように以前と同じ奇蹟を授けられた事。そして私を神の定めし運命の奴隷にしようと直接語られる天啓。全て私の生きる気力を削ぎ落とす要素でしたから。

「あの……やはりお嬢様も不安なのでしょうか?」
「聖女適性検査でしたらもうそれほど緊張していませんよ。先延ばしにしようと神に祈りを捧げようと、なるようにしかならないのですから」

 トリルビィは仕える主人である私を案じてくれました。髪を編んでもらっているもので彼女へは振り向けませんが、鏡越しに笑いかけるぐらいは出来ます。

「ですが、適正が低すぎてしまったらお嬢様はどうなってしまうのでしょう?」
「無能者扱いされて白い目で見られるでしょうね」
「わたしは、お嬢様に辛い目に遭って欲しくはありません」

 教国連合に生を受けた女性は聖女適性値の高さこそが全てに勝る正義として扱われます。信じられないのですが性格も教養も血統すら二の次なのです。トリルビィは心配なのでしょう。私が検査の日を境に蔑まれて罵られるようになる悪夢になるのでは、と。
 けれど私の恐れは全くの逆。聖女として宿命づけられてしまえば前世の二の舞です。幸いにもわたしがこの悩みを解決してくださりましたから今は余裕が生まれていますし、幾分か気が楽になっています。

「大丈夫ですよ。聖女の適性が著しく低かろうと私は私です」

 私は私。ですので神が何か言っていようと今回の私は生を謳歌させていただきます。
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