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第2-2章 後宮下女→皇后(新版)
「傾国が女狐を憐れむなんて」
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「まず何が聞きたいですかぁ? 色々と知りたいですよねえ? しょうがないなあ、今のわたしはとっても気分がいいですからぁ、大盤振る舞いで教えちゃいましょう」
黒曜宮妃は見慣れた仕草でおどけるけれど、わたしには異質なモノが目に映っているようにしか思えなかった。そんな有様ですら侍らせていた第二皇女と翠玉宮妃がよだれを垂らしながら興奮するのだから、正直目を背けたい。
「武官共のこの有様や禁軍を寝返らせたのは貴様か?」
「はい。強靭な精神力で魅音の魅了に耐えてた青玉宮って心の支えを失ったお馬鹿さん達なんて簡単に誘惑出来ましたよ。ちょっと頑固だった人も甘く囁いたら心を溶かしちゃってましたねえ」
黒曜宮妃は第二皇子の問いかけには可愛く、けれどどこか人を小馬鹿にするような口調で答えた。
「なら文官達や翠玉宮はどうしたのさ?」
「はっ、たかが二十前後の青二才がわたしより優れていると本気で思ってるんですか? 翠玉宮なら討論会を開いて完膚なきまでに叩きのめしてやりましたよ」
彼女は義姉様の質問には嘲笑と共に吐き捨てて答えた。
成程、それで第三皇子は完全に折れてしまったわけか。第三皇子を拠り所にしていた文官達も連鎖的に黒曜宮妃に屈し、心奪われて。今も第三皇子はその時の事を思い出したのか、平伏したまま体を震わせていた。
「だったらどうして猫目姉達がそんな風になってるのさ?」
「ん? 紅玉宮みたいなお子様でも興味津々なんですね。それはですね――」
「紅玉宮殿下。耳が腐りますから聞かない方がいいですよ」
黒曜宮妃が何かを言い出す前に魅音が暁明様の耳を塞ぐ。暁明様も彼女を信頼して自分の耳を塞いだ彼女の手の上に自分の手を添えた。嫉妬は……する暇もなかった。
そこから語られた第二皇女と翠玉宮妃の陥落は……記録するべきではない。あえて要点を絞るとすれば、身も心も汚しつくして心をへし折り、廃人寸前になったところで愛を授ける。結果、二人は黒曜宮妃に依存するしかなくなる……ってところか。
「この、ゲスが!」
「邪悪っていうのはお前みたいな女を言うんだろうね……!」
当然聴者の評価は散々。特に第二皇子と義姉様は今にも剣で斬り伏せかねないほど怒っていた。わたしも頭が沸騰するほどだったけれど、今ここで下手を打てば命取りになりかねない、とかろうじて自制した。
「何がともあれ黒曜宮殿下が翠玉宮殿下と猫目宮殿下の支持を集めたのは分かった。で、何故黒曜宮殿下が次の皇帝になられたのかを教えていただけないかな?」
数少なく冷静だったのは兄様は淡々とした口調で問いかけた。第一皇女の伴侶としてではなく、春華国の北方を任された諸侯王として。
いや、要点をまとめたら確かにそうなんだけれど、もっと言い方があっても良い気がするのだけれど。
「宮廷内の支持をまとめ上げたんですからぁ、別に問題なくないですかぁ?」
「青玉宮殿下や紅玉宮殿下が留守の間に強行する即位で地方が納得するとでも?」
「田舎なんて天帝の代理人である皇帝の命令に従っていればいいんですぅ。その皇帝をどう選ぼうと貴方達には関係無いでしょう?」
「大いにある。何せ女狐が皇后だった時代は例外なく諸侯王の権力が削がれたからね。黒曜宮妃、貴女の親戚筋である南伯候殿も女狐の再来には難色を示していた」
春華国の歴史上、中央集権化を進めた時期が何度かあった。つまり諸侯王を解体して中央から派遣した役人に地方を治めさせる郡県制に移行しようとしたわけだ。結果的に外敵からの防衛は地方任せにすべき、との判断で毎度頓挫したらしいけど。
「つまりぃ北伯候の嫡男さんは……」
「書面では報告したが私は父から北伯侯の座を継承した。正式な挨拶は次の皇帝陛下にする予定だ」
「……北伯侯さんは黒曜宮殿下が皇帝になるのが不満なんですかぁ?」
「大義が無い、と言っているだけだ。聞けば皇帝陛下の遺言は従うに値せず、伝国璽は行方知れず、三公も意見が割れているそうだけど?」
「……っ。それは――」
三公のうち丞相は最初から第二皇女と第四皇子を支持していて、立法を司る御史大夫は翠玉宮の陥落で第四皇子に傾いた。けれど軍事を司る太尉は今もなお第二皇子を、そして彼が認めた暁明様の味方だ。
そう、太尉は第二皇子が万が一に備えて討伐軍に同行させていたんだ。
だから黒曜宮妃の魔の手を逃れられた。
「俺は青玉宮として紅玉宮を支持する」
「あたしは藍玉宮として紅玉宮殿下を支持する」
「これで数の上では皇位継承者候補からの支持は三対三だね。それにいくら黒曜兄達が宮廷内を掌握したからって、今の状況じゃあ全く意味がないと思うんだけれど?」
現在第五皇子軍は帝都を制圧した状態。いくら近衛兵達や赤き親衛隊が残っているからって宮廷にいつまでも閉じこもるのは無理でしょうね。極端な話、このまま宮廷を包囲し続けて遷都を敢行、帝都をもぬけの殻にしたっていいわけだ。
故に、拮抗。
現時点では第四皇子が玉座に座れるわけがない。
なのに既成事実を作るみたいに強行したのは……まだ何かあるから?
「そして、僕は黒曜兄を支持しない。僕が次の皇帝になろう」
暁明様は堂々とした口調で宣言をした。
それがとても格好良くて惚れ惚れして。
一体彼はどれほどわたしの心を掴んで離さないつもりなのか。
我に返ったわたしはもう一度黒曜宮妃を見つめた。事実を突きつけられた黒曜宮妃は……勝ち誇ったような不敵な笑みをこぼした。
「紅玉宮妃。わたしぃ実は貴女を見誤っていましたぁ。北方の田舎娘だからもっと阿呆かと思っていたんですけれどぉ、知恵が回るようですねぇ」
「……褒め言葉として受け取るのが難しいんですけど?」
「まさかぁあんなところに隠しておくなんて考えもしなかったですよぉ」
「……ッ!?」
わたしは愕然としてしまった。
そして次には歯と膝が振るえ、危うくその場で崩れ落ちようとしたところを暁明様に支えられた。
そんなわたしの様子から彼は深刻な事態に陥っていると悟ってくれたようだ。
「もしかして、アレを見つけてしまったの?」
「大変だったんですよぉ失くしものを探索する方術を持つ方士を言いなりにするの。ま、おかげでぇこうしてコレが手元に戻ってきたんですけどぉ」
「そ、それは……!」
「そう、コレこそが今のわたしの夫、黒曜宮が皇帝である何よりの証です!」
黒曜宮妃が高々と掲げたのは、正しく皇帝の証だった。
すなわち、わたしが金剛宮に隠していたはずの伝国璽が彼女の手にあった。
「さあ、皆の者頭が高い! 新たなる皇帝陛下の前に跪き、頭を垂れなさい!」
わたしは今にも気を失いそうなぐらい頭がぐらぐらする状態で暁明様を見つめた。すがるような眼差しに暁明様は……残念ながら悔しそうに顔を歪めるだけ。それでもうどうしようもないんだと悟ってしまった。
「おのれぇこの女狐めがっ!」
「ほぉらぁ青玉宮も早く早く。コレが目に入らないんですかぁ?」
「ぐ、うぅ……ッ! 無念だ……!」
第二皇子が跪いた。青玉宮妃も従わざるを得なかった。
義姉様も武器を捨て、その場にかしずいた。兄様も同じようにした。
暁明様が悔しそうに、そしてわたしが涙をこらえきれずに膝を屈しそうになった時、わたし達の腕を取った人がいた。
彼女、魅音だけは立ったまま黒曜宮妃を見つめていた。物悲しげに。
黒曜宮妃にとってはそれが不愉快だったようで、軽く舌打ちした。
「ほらどうしたんですか魅音。皇后となるわたしが命じてるんですけど」
「哀れですね皇后様」
「……今、何て言いましたかぁ?」
「哀れだ、と言いました。もうご自分ではそう思えなくなるほど堕落しましたか?」
謁見の間がどよめいた。一体この女は何を言っているんだ、と。
かくいうわたしもそうだったんだけど、同時に魅音しか分からない事情があるんだとも察した。
それが黒曜宮妃の癪に障ったようで、美貌が台無しになるぐらい顔を歪ませた。
「かつて皇后様はわたしにおっしゃいましたよね。私が高祖様を支えてきた、高祖様のそばにいるのは私が相応しい、高祖様の寵愛を得るお前が許せない、と。その時のわたしはどうでしたか? その時の貴女様は?」
「あぁ、当時の貴女は学も芸も頭も無いくせに外見の良さだけで高祖様にすり寄って誘惑する売女同然の最低な女でしたけど、それがどうかしましたか?」
「そして皇后様はその叡智と慈悲深さで高祖様を長きに渡り支えていました。今なら分かります、全ての女性はあの時の皇后様を称えるべきだ、と」
「今更媚を売って命乞いですかぁ? 貴女らしいですねぇ。何度繰り返してもそうなんだから腹が立つんですけど」
「ええ。わたしも貴女様も、それぞれ転生と借衣の方術で人生を繰り返してきました。故に、問います。今のご自分は胸を張って皇后様と同じだと言えますか?」
「そんなの決まって――」
黒曜宮妃は慌てて手で口を閉ざした。その表情は青ざめている。
一方の魅音は攻め手を緩めない。何故か苦しそうな面持ちで。
「わたしは違いました。前回までの記憶や経験は引き継いでますけれど、わたしはわたしです。貴妃と呼ばれた当時とはもう別人なんです。高祖様を誑かした毒婦のような傾国の悪女は……あの時死んだんです」
「……黙りなさい」
「一方の貴女様はどうなんですか? 確かに能力は以前のまま……いえ、経験を積んで更に磨きがかかっているようですけれど、人格については変わっていないと断言できますか? 借衣で乗っ取ってきた少女達の影響を受けていないと?」
「黙れって言ってるんですよ。聞こえませんでしたか?」
「黙りません。どうやら皆を魅了する容姿だか能力だかは前回わたしを乗っ取った際に得たようですが……いよいよかつて皇后様だった貴女様がわたしに突き付けた言葉が似合うようになりましたね」
「黙れって言ってるでしょう! これ以上喋るならその口を裂きますよ!」
――傾国の悪女め。お前はこの世に生きていてはならない。
我慢できなくなった黒曜宮妃は怒りで髪を振り乱した。さすがの第二皇女達も怯えた様子で黒曜宮妃から離れる。
「黙れぇ! 黙れ、黙れ黙れ黙れ! どの口が言う!? 高祖様を誘惑して堕落させた下賤な売女が! よりによってこのわたしが傾国ですって!?」
「その猫目宮殿下と翠玉宮妃様の惨状を見てもまだ認めないと? 当時の皇后様が今の貴女様をご覧になったら発狂するかもしれませんね」
「大体お前はいつもそうだ! 毎度毎度わたしの前に姿を現してきて嘲笑って男を掠め取って、目障りなのよ!」
「知りませんよそんなの。認めたくありませんが、天が定めた宿命だとか?」
「……っ!」
黒曜宮妃はしばらく息を荒げたまま魅音を睨んでいたけれど、やがて自分の頬を思いっきり自分で叩くと、深呼吸して冷静さを取り戻した。この切り替えの速さにわたしは恐怖を覚えた。
「春華国は高祖様とわたしのものですぅ。最初から、前も、今回だって。そしてこれからもずっとずっと、ずぅ~っと、ね」
それはもはや義務ではなく、執念ですらなく、呪いだった。あえて例えるなら子離れ出来ない母親、辺りか。
「国母であり続けて春華国を守る……立派です。が、それは貴女様が皇后様として変わらなかったら、の話ではありませんか? 皇太子以外の皇子を皇帝に据えるのだって始めは皇太子が病弱だったり頭が足らなかったりと、資格が無いと判断したのが理由だったでしょう。今回のように相応しい人物を謀殺するだなんてもってのほかです」
「何とでも言えばいいですよーだ。今回もこうしてわたしの伴侶を皇帝の座に据えられました。あとは逆らった愚か者共を粛清すれば、わたしによる約束された繁栄の時代の再来ですぅ」
「……それはどうでしょうか?」
「……なんですって?」
魅音は勝ち誇る黒曜宮妃を指差し、次に自分の手を指差した。その仕草で彼女は黒曜宮妃が持つ伝国璽を示しているんだと分かった。
お前は何を言っているんだ、とばかりに伝国璽に視線を移した黒曜宮妃は……顔を白くした。
「……違う。コレは伝国璽じゃない」
「「「……!?」」」
「コレは予備だ! 万が一に備えて皇后が所持するもう一つの伝国璽! それが何故今わたしの手に!?」
今明かされる衝撃の真実とはこのこと。
謁見の間にいた者達の驚きはどれほどだったか。
「まさか貴女……!」
「ええ。皇后様がわたしをまた嵌めてくるとは予想してました。まさか伝国璽を押し付けてくるとまでは思いませんでしたが、紅玉宮妃様に渡す前に皇后のものとすり替えておきました」
そしてわたしもまた欺かれていたのは衝撃だ。
恨みがましく見つめていたら魅音は「謝罪は後でいくらでも」と申し訳無さそうに軽く頭を下げてきた。
「じゃあ、今皇帝の伝国璽はどこに……?」
「ここにあるぞ!」
目に見えて狼狽える黒曜宮妃に宣言をする者が後方から一名。
この場の全員が後ろへと目を向け、その者達の到来にどよめいた。
「あら、賑やかね。折角だからあたくしも混ぜて頂戴」
「とうとう尻尾を見せおったか女狐め。ここで会ったが百年目じゃ」
貴妃様と徳妃様。
二人の妃の参上はこの謁見の間に可憐な花を咲かせたようだった。
黒曜宮妃は見慣れた仕草でおどけるけれど、わたしには異質なモノが目に映っているようにしか思えなかった。そんな有様ですら侍らせていた第二皇女と翠玉宮妃がよだれを垂らしながら興奮するのだから、正直目を背けたい。
「武官共のこの有様や禁軍を寝返らせたのは貴様か?」
「はい。強靭な精神力で魅音の魅了に耐えてた青玉宮って心の支えを失ったお馬鹿さん達なんて簡単に誘惑出来ましたよ。ちょっと頑固だった人も甘く囁いたら心を溶かしちゃってましたねえ」
黒曜宮妃は第二皇子の問いかけには可愛く、けれどどこか人を小馬鹿にするような口調で答えた。
「なら文官達や翠玉宮はどうしたのさ?」
「はっ、たかが二十前後の青二才がわたしより優れていると本気で思ってるんですか? 翠玉宮なら討論会を開いて完膚なきまでに叩きのめしてやりましたよ」
彼女は義姉様の質問には嘲笑と共に吐き捨てて答えた。
成程、それで第三皇子は完全に折れてしまったわけか。第三皇子を拠り所にしていた文官達も連鎖的に黒曜宮妃に屈し、心奪われて。今も第三皇子はその時の事を思い出したのか、平伏したまま体を震わせていた。
「だったらどうして猫目姉達がそんな風になってるのさ?」
「ん? 紅玉宮みたいなお子様でも興味津々なんですね。それはですね――」
「紅玉宮殿下。耳が腐りますから聞かない方がいいですよ」
黒曜宮妃が何かを言い出す前に魅音が暁明様の耳を塞ぐ。暁明様も彼女を信頼して自分の耳を塞いだ彼女の手の上に自分の手を添えた。嫉妬は……する暇もなかった。
そこから語られた第二皇女と翠玉宮妃の陥落は……記録するべきではない。あえて要点を絞るとすれば、身も心も汚しつくして心をへし折り、廃人寸前になったところで愛を授ける。結果、二人は黒曜宮妃に依存するしかなくなる……ってところか。
「この、ゲスが!」
「邪悪っていうのはお前みたいな女を言うんだろうね……!」
当然聴者の評価は散々。特に第二皇子と義姉様は今にも剣で斬り伏せかねないほど怒っていた。わたしも頭が沸騰するほどだったけれど、今ここで下手を打てば命取りになりかねない、とかろうじて自制した。
「何がともあれ黒曜宮殿下が翠玉宮殿下と猫目宮殿下の支持を集めたのは分かった。で、何故黒曜宮殿下が次の皇帝になられたのかを教えていただけないかな?」
数少なく冷静だったのは兄様は淡々とした口調で問いかけた。第一皇女の伴侶としてではなく、春華国の北方を任された諸侯王として。
いや、要点をまとめたら確かにそうなんだけれど、もっと言い方があっても良い気がするのだけれど。
「宮廷内の支持をまとめ上げたんですからぁ、別に問題なくないですかぁ?」
「青玉宮殿下や紅玉宮殿下が留守の間に強行する即位で地方が納得するとでも?」
「田舎なんて天帝の代理人である皇帝の命令に従っていればいいんですぅ。その皇帝をどう選ぼうと貴方達には関係無いでしょう?」
「大いにある。何せ女狐が皇后だった時代は例外なく諸侯王の権力が削がれたからね。黒曜宮妃、貴女の親戚筋である南伯候殿も女狐の再来には難色を示していた」
春華国の歴史上、中央集権化を進めた時期が何度かあった。つまり諸侯王を解体して中央から派遣した役人に地方を治めさせる郡県制に移行しようとしたわけだ。結果的に外敵からの防衛は地方任せにすべき、との判断で毎度頓挫したらしいけど。
「つまりぃ北伯候の嫡男さんは……」
「書面では報告したが私は父から北伯侯の座を継承した。正式な挨拶は次の皇帝陛下にする予定だ」
「……北伯侯さんは黒曜宮殿下が皇帝になるのが不満なんですかぁ?」
「大義が無い、と言っているだけだ。聞けば皇帝陛下の遺言は従うに値せず、伝国璽は行方知れず、三公も意見が割れているそうだけど?」
「……っ。それは――」
三公のうち丞相は最初から第二皇女と第四皇子を支持していて、立法を司る御史大夫は翠玉宮の陥落で第四皇子に傾いた。けれど軍事を司る太尉は今もなお第二皇子を、そして彼が認めた暁明様の味方だ。
そう、太尉は第二皇子が万が一に備えて討伐軍に同行させていたんだ。
だから黒曜宮妃の魔の手を逃れられた。
「俺は青玉宮として紅玉宮を支持する」
「あたしは藍玉宮として紅玉宮殿下を支持する」
「これで数の上では皇位継承者候補からの支持は三対三だね。それにいくら黒曜兄達が宮廷内を掌握したからって、今の状況じゃあ全く意味がないと思うんだけれど?」
現在第五皇子軍は帝都を制圧した状態。いくら近衛兵達や赤き親衛隊が残っているからって宮廷にいつまでも閉じこもるのは無理でしょうね。極端な話、このまま宮廷を包囲し続けて遷都を敢行、帝都をもぬけの殻にしたっていいわけだ。
故に、拮抗。
現時点では第四皇子が玉座に座れるわけがない。
なのに既成事実を作るみたいに強行したのは……まだ何かあるから?
「そして、僕は黒曜兄を支持しない。僕が次の皇帝になろう」
暁明様は堂々とした口調で宣言をした。
それがとても格好良くて惚れ惚れして。
一体彼はどれほどわたしの心を掴んで離さないつもりなのか。
我に返ったわたしはもう一度黒曜宮妃を見つめた。事実を突きつけられた黒曜宮妃は……勝ち誇ったような不敵な笑みをこぼした。
「紅玉宮妃。わたしぃ実は貴女を見誤っていましたぁ。北方の田舎娘だからもっと阿呆かと思っていたんですけれどぉ、知恵が回るようですねぇ」
「……褒め言葉として受け取るのが難しいんですけど?」
「まさかぁあんなところに隠しておくなんて考えもしなかったですよぉ」
「……ッ!?」
わたしは愕然としてしまった。
そして次には歯と膝が振るえ、危うくその場で崩れ落ちようとしたところを暁明様に支えられた。
そんなわたしの様子から彼は深刻な事態に陥っていると悟ってくれたようだ。
「もしかして、アレを見つけてしまったの?」
「大変だったんですよぉ失くしものを探索する方術を持つ方士を言いなりにするの。ま、おかげでぇこうしてコレが手元に戻ってきたんですけどぉ」
「そ、それは……!」
「そう、コレこそが今のわたしの夫、黒曜宮が皇帝である何よりの証です!」
黒曜宮妃が高々と掲げたのは、正しく皇帝の証だった。
すなわち、わたしが金剛宮に隠していたはずの伝国璽が彼女の手にあった。
「さあ、皆の者頭が高い! 新たなる皇帝陛下の前に跪き、頭を垂れなさい!」
わたしは今にも気を失いそうなぐらい頭がぐらぐらする状態で暁明様を見つめた。すがるような眼差しに暁明様は……残念ながら悔しそうに顔を歪めるだけ。それでもうどうしようもないんだと悟ってしまった。
「おのれぇこの女狐めがっ!」
「ほぉらぁ青玉宮も早く早く。コレが目に入らないんですかぁ?」
「ぐ、うぅ……ッ! 無念だ……!」
第二皇子が跪いた。青玉宮妃も従わざるを得なかった。
義姉様も武器を捨て、その場にかしずいた。兄様も同じようにした。
暁明様が悔しそうに、そしてわたしが涙をこらえきれずに膝を屈しそうになった時、わたし達の腕を取った人がいた。
彼女、魅音だけは立ったまま黒曜宮妃を見つめていた。物悲しげに。
黒曜宮妃にとってはそれが不愉快だったようで、軽く舌打ちした。
「ほらどうしたんですか魅音。皇后となるわたしが命じてるんですけど」
「哀れですね皇后様」
「……今、何て言いましたかぁ?」
「哀れだ、と言いました。もうご自分ではそう思えなくなるほど堕落しましたか?」
謁見の間がどよめいた。一体この女は何を言っているんだ、と。
かくいうわたしもそうだったんだけど、同時に魅音しか分からない事情があるんだとも察した。
それが黒曜宮妃の癪に障ったようで、美貌が台無しになるぐらい顔を歪ませた。
「かつて皇后様はわたしにおっしゃいましたよね。私が高祖様を支えてきた、高祖様のそばにいるのは私が相応しい、高祖様の寵愛を得るお前が許せない、と。その時のわたしはどうでしたか? その時の貴女様は?」
「あぁ、当時の貴女は学も芸も頭も無いくせに外見の良さだけで高祖様にすり寄って誘惑する売女同然の最低な女でしたけど、それがどうかしましたか?」
「そして皇后様はその叡智と慈悲深さで高祖様を長きに渡り支えていました。今なら分かります、全ての女性はあの時の皇后様を称えるべきだ、と」
「今更媚を売って命乞いですかぁ? 貴女らしいですねぇ。何度繰り返してもそうなんだから腹が立つんですけど」
「ええ。わたしも貴女様も、それぞれ転生と借衣の方術で人生を繰り返してきました。故に、問います。今のご自分は胸を張って皇后様と同じだと言えますか?」
「そんなの決まって――」
黒曜宮妃は慌てて手で口を閉ざした。その表情は青ざめている。
一方の魅音は攻め手を緩めない。何故か苦しそうな面持ちで。
「わたしは違いました。前回までの記憶や経験は引き継いでますけれど、わたしはわたしです。貴妃と呼ばれた当時とはもう別人なんです。高祖様を誑かした毒婦のような傾国の悪女は……あの時死んだんです」
「……黙りなさい」
「一方の貴女様はどうなんですか? 確かに能力は以前のまま……いえ、経験を積んで更に磨きがかかっているようですけれど、人格については変わっていないと断言できますか? 借衣で乗っ取ってきた少女達の影響を受けていないと?」
「黙れって言ってるんですよ。聞こえませんでしたか?」
「黙りません。どうやら皆を魅了する容姿だか能力だかは前回わたしを乗っ取った際に得たようですが……いよいよかつて皇后様だった貴女様がわたしに突き付けた言葉が似合うようになりましたね」
「黙れって言ってるでしょう! これ以上喋るならその口を裂きますよ!」
――傾国の悪女め。お前はこの世に生きていてはならない。
我慢できなくなった黒曜宮妃は怒りで髪を振り乱した。さすがの第二皇女達も怯えた様子で黒曜宮妃から離れる。
「黙れぇ! 黙れ、黙れ黙れ黙れ! どの口が言う!? 高祖様を誘惑して堕落させた下賤な売女が! よりによってこのわたしが傾国ですって!?」
「その猫目宮殿下と翠玉宮妃様の惨状を見てもまだ認めないと? 当時の皇后様が今の貴女様をご覧になったら発狂するかもしれませんね」
「大体お前はいつもそうだ! 毎度毎度わたしの前に姿を現してきて嘲笑って男を掠め取って、目障りなのよ!」
「知りませんよそんなの。認めたくありませんが、天が定めた宿命だとか?」
「……っ!」
黒曜宮妃はしばらく息を荒げたまま魅音を睨んでいたけれど、やがて自分の頬を思いっきり自分で叩くと、深呼吸して冷静さを取り戻した。この切り替えの速さにわたしは恐怖を覚えた。
「春華国は高祖様とわたしのものですぅ。最初から、前も、今回だって。そしてこれからもずっとずっと、ずぅ~っと、ね」
それはもはや義務ではなく、執念ですらなく、呪いだった。あえて例えるなら子離れ出来ない母親、辺りか。
「国母であり続けて春華国を守る……立派です。が、それは貴女様が皇后様として変わらなかったら、の話ではありませんか? 皇太子以外の皇子を皇帝に据えるのだって始めは皇太子が病弱だったり頭が足らなかったりと、資格が無いと判断したのが理由だったでしょう。今回のように相応しい人物を謀殺するだなんてもってのほかです」
「何とでも言えばいいですよーだ。今回もこうしてわたしの伴侶を皇帝の座に据えられました。あとは逆らった愚か者共を粛清すれば、わたしによる約束された繁栄の時代の再来ですぅ」
「……それはどうでしょうか?」
「……なんですって?」
魅音は勝ち誇る黒曜宮妃を指差し、次に自分の手を指差した。その仕草で彼女は黒曜宮妃が持つ伝国璽を示しているんだと分かった。
お前は何を言っているんだ、とばかりに伝国璽に視線を移した黒曜宮妃は……顔を白くした。
「……違う。コレは伝国璽じゃない」
「「「……!?」」」
「コレは予備だ! 万が一に備えて皇后が所持するもう一つの伝国璽! それが何故今わたしの手に!?」
今明かされる衝撃の真実とはこのこと。
謁見の間にいた者達の驚きはどれほどだったか。
「まさか貴女……!」
「ええ。皇后様がわたしをまた嵌めてくるとは予想してました。まさか伝国璽を押し付けてくるとまでは思いませんでしたが、紅玉宮妃様に渡す前に皇后のものとすり替えておきました」
そしてわたしもまた欺かれていたのは衝撃だ。
恨みがましく見つめていたら魅音は「謝罪は後でいくらでも」と申し訳無さそうに軽く頭を下げてきた。
「じゃあ、今皇帝の伝国璽はどこに……?」
「ここにあるぞ!」
目に見えて狼狽える黒曜宮妃に宣言をする者が後方から一名。
この場の全員が後ろへと目を向け、その者達の到来にどよめいた。
「あら、賑やかね。折角だからあたくしも混ぜて頂戴」
「とうとう尻尾を見せおったか女狐め。ここで会ったが百年目じゃ」
貴妃様と徳妃様。
二人の妃の参上はこの謁見の間に可憐な花を咲かせたようだった。
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