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第2-2章 後宮下女→皇后(新版)

「傾国の悪女の過去は悲惨でした」

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「全ての傾国の悪女が、魅音様だった?」
「転生の方術、だって?」
「はい」

 わたしと暁明様が聞き返すと魅音は静かに頷いた。馬車が車輪を回す音が煩く耳に入ってくるっていうのに、会話に集中しているからか魅音の告白が頭に響くようだった。

「春華国に女として生まれる、以外は何も共通点がありませんでした。時には有力豪族の愛娘。時には生まれた瞬間に捨てられた孤児。けれどどんなに恵まれた、悲惨な出生でも必ず時の皇帝ないしは皇子の目に止まり、寵愛を受けてしまいました」
「それが傾国の美女が度々現れる理由、か」
「けれどそれはどれもわたしの上辺に魅了されているだけに過ぎません。わたしの凡てを愛してくださり、わたしが心から愛した方は……『あの方』の他にはいません」
「だとすると、まさか――」

 思い出すのは書院での黒曜宮妃の説明だった。女狐の歴史はとても古く、建国の父である高祖にまで遡るとか。傾国の美女もまた同じぐらい昔から出現していたとしたら、魅音として今を生きる存在はかつて――。

「はい。わたしはかつて春華国初代皇帝である高祖様の妃でした」

 ――高祖に愛し愛されていたことになる。

 沈黙が馬車内を支配する。方術の存在を知らなければ誇大妄想とも取れる主張は、そうであったなら色々と辻褄が合うほどしっくりくるものだった。
 どうして皇族の寵愛を拒まないのか、容姿を捨てないのか。それはひとえに高祖への愛が故だったんだ。

 ただ、高祖から寵愛を受けた妃というと一人思い浮かぶのだけれど、彼女の最後はとてつもなく悲惨だったと歴史学で教えられた。確か高祖亡き後に高祖からの愛を一身に受けた妃に嫉妬した皇后は――、

「当時貴妃だったわたしは高祖様が亡くられた時後を追うべきだったんです。高祖様に御子を頼むと言われ思い留まりましたが……間違いでした」

 ――拷問すら生ぬるい残虐非道な仕打ちを受け、救いのない最後を迎えた。
 その詳細は文章を眺めただけでも吐き気をもよおす程で、実際目の辺りにした当時の皇帝は心を病んで若くして亡くなった、と記録されている。

「尊敬していたのに、わたしは、皇后様のことを……。共に高祖様のために尽くそうと誓った同志だったのに……。あの人はわたしを親の仇のように憎み、恨んでいた!」

 魅音は涙を流しながらうつむき、絞り出すように声を出した。けれどそれは決してただの怒りや悲しみなんかではなく、愛憎入り交じったとても複雑な感情に彩られていた。それだけで彼女がどれほど当時の皇后を慕っていたかが分かる。

 けれど……正直な話、当時の皇后を憎みきれなかった。だってもし魅音が暁明様の愛を一身に受けてわたしが見向きもされなくなったら、間違いなく嫉妬のあまりに激しく憎悪したでしょう。愛は容易く人を狂わせてしまうから。

「ようやく楽になれる、と貴妃だった人生が終わったのだけれど……気がついたら次が始まっていました」
「転生の能力が発動したから、ですか?」
「今度は悪目立ちしないように慎ましく生きようと心がけたのですが……勝手に愛され、勝手にもてはやされ、そして憎まれ、また破滅したんです」
「そしてそれの繰り返し、か……」

 天も凄惨な道を歩ませたものだ。何度繰り返しても、どんなにあがいても、結局幸せになれない結末は変わらないなんて。わたしが魅音だったらとっくの昔に心折れていたかもしれない。
 
 ただ、傾国の美女に降りかかった終焉は決して運命なんかじゃない。
 傾国現れる時、また女狐も現れる。
 傾国が退場した後女狐が国母となり、更に国を栄えさせてきた。
 そうやって今の春華国が築き上げられたんだ。

「破滅の仕方は様々でしたが、次に当時の歴史を学ぶと、そのどれもが女狐と称された傑物によるものだったそうですね」
「もしかして、女狐って呼ばれた皇后達も魅音様と同じように生まれ変わりを?」
「わたしもそうだと確信して警戒していたんですが、どうも違うみたいなんです。それを確信したのは……前回でした」

 前回、といえば最も新しいとされる女狐こと太上皇后の時代か。黒曜宮妃によれば彼女は傾国と女狐を兼ね備えた稀有なる存在だったそうだが、皇后になる前は彼女より優れた才女がいたんだとか。

「当時、わたしは今太上皇后と呼ばれている娘でした」
「……え?」

 そして明かされる衝撃の真実。
 色々と疑問が湧き上がったけれど、とりあえず魅音の話を聞くことにした。

「今度こそ女狐にしてやられまいとわたしは死力を尽くしました。過程は省きますが、そのかいもあってわたしは後に皇帝になる皇子と共に、別の皇子妃になっていた彼女を公の場で断罪したのですが……逆転されました」
「逆転?」
「女狐もまた方士だったんです。その方術をあえて名付けるなら……借衣」

 魅音は語る。断罪劇のあらましを。

 当時の皇子妃を断罪した魅音だったけれど、彼女は自分勝手な言い分を口走りながらやぶれかぶれに魅音に突撃したそうだ。魅音はこれまでの恨みも込めて自分で返り討ちにしようと身構え……それが間違いだったと気付いた時には遅かった。

 ――気がついた時、魅音の目の前で自分が笑っていた。
 自分と共に歩んできた皇子が軽蔑と憎悪の眼差しを向けていた。

 魅音は、皇子妃として宮廷を混乱させた罪で処刑されたのだ。
 魅音を乗っ取った皇子妃の身代わりとして。

「身体を衣のようにして着替える能力、それが借衣です。入れ替わったわたしと彼女はその後相手として生きることになり、彼女はわたしに代わって国母になりましたとさ」
「そんな、酷い……」
「それでようやく合点がいきましたよ。何故女狐が毎度傾国を目の敵にするのか」
「まさか――」

 ――女狐とは、高祖様の皇后だった方なのです。
 魅音は悲しそうにそう告げた。

「でも、魅音の転生の方術と違って太上皇后様の借衣の方術は任意に発動するんじゃないの? どうして何度も別人として人生をやり直してるの?」
「皇后様は自分こそが高祖様の伴侶であり国母である、との自負を持っていました。高祖様の国、高祖様のご子息、高祖様の民。春華国の全ては自分が守らねば、と使命感を抱いているのでしょう」
「だから何度だって世直しするって? 尋常じゃないよ……」
「そして今、わたしは魅音として生まれ変わり、紅玉宮殿下の妃になりました。なら皇后様は既に皇子妃として表舞台に上がっている、と考えるべきでしょう」
「また皇后になって春華国を統治するために、か」

 もはやそんなのは使命感だなんて言葉では片付けられない。執念にも等しい。異常とも表現出来よう。後の時代は子供達に任せよう、と普通は思う筈なのに。まるでいつまでも子離れできない親のようだ。

「どなたが皇后様なのかはわたしにも分かっていません。いつも最後の最後に分かるぐらいなので、巧妙に普通の少女のように演じているんでしょう」
「そう考えると誰も彼も怪しく思えてくるなぁ」
「勿論、紅玉宮妃である雪慧様も皇后様かもしれない、と疑えるのですが……」

 それは無い、と言い切れないのが方術の恐ろしいところだ。無自覚に皇太子夫妻を亡き者にし、宮廷を混乱に陥れ、暁明様が皇帝になった瞬間にわたしの自我が当時の皇后に塗り潰されるかもしれないんだ。

「わたしは、今一度信じてみたいと思います。同じ殿方のために尽くす同志として、雪慧様を」
「……いいんですか? わたしは暁明様を独り占めしたいですし、暁明様の愛が魅音様に向くなんて耐えられません。当時の皇后様のような残虐な仕打ちすらしてしまうかも……」
「いえ、それは有りえません。雪慧様が愛する方はわたしごときに横恋慕する男なんですか?」
「……そんなわけないじゃないですか」

 わたしは暁明様の方を向いた。心配になったわたしを安心させるように暁明様は笑みを浮かべながら力強く頷いてくれた。それがわたしにとってはとても嬉しくて、頼もしくて。思わず涙が溢れてしまった。

「どうかわたしにも雪慧様が目指す平穏な毎日に参加させてください」
「ええ、大歓迎ですよ」

 わたしと魅音は固く握手した。
 わたし達はようやく本当の意味で分かり合い、朋友になった。そんな気がした。

 天よ。願わくば、魅音にも幸があらんことを。
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