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女公爵は用無しに向ける情けは無い
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「現フィールディング公代は優秀だった。優秀だったけれど、じゃあ果たして前フィールディング公にとって必要な存在かと聞かれたら、どう答える?」
「……要らないわな。せいぜい後継者の子種をもらうぐらい?」
シャーロットは領地の運営から私生活の何から何まで一人で事足りた。彼女が人を使うのは雇用の問題と時間の節約のために過ぎない。であれば、彼女がデヴィットに課した役目は伴侶でも助手でもなく、単なる種馬に過ぎなかった。何故なら判断が必要な問題はシャーロット自身が処理した方が早く、単純労働や定常作業は人を雇えば済む話だから。
ミッシェルが誕生してから更に拍車がかかった。ミッシェルの教育は家庭教師やシャーロット自身が行ったために、とうとうデヴィットは存在意義を失った。お飾り、腰巾着、公爵の紐、など、散々な評価を浴びる屈辱を味わったらしい。
こうしてデヴィットは歪んだ。
そこに聡明だったかつての青年の面影はどこにもなかった。
「前フィールディング公って、もしかして人の心が分からない?」
「仕事を円滑に進めるための社交性は抜群だったから、仕事に関わらない範疇には全く気を配らなかったっぽいね」
「それで恨みを買ってたら意味がないと思うんだけれどね。脅威にもならない、とかたかくくってたのかな」
「生前はその優秀さで不満を黙らせていた、とはみんな認識が一致しているようだよ」
婚姻後すぐにシャーロットの本性を知ったデヴィットは酒、女に溺れるようになった。己の優越感を満たすために夜の街に足を運び、やがて母と知り合って子宝を設けるまでにそう時間は要らなかった。
シャーロットがデヴィットの愛人を見逃したのは愛人こと母がそれをひけらかそうとしていなかったため。デヴィットを咎めなかったのは母やわたし達庶子を認知せずに己をわきまえて仕事をこなしていたため。とどのつまり、シャーロット自身に影響を及ぼさない些事だとみなしたからか。
デヴィットの心境はシャーロットの死後の動向を見れば分かる。
デヴィットにとって己の妻は目の上のたんこぶ、生意気な女だったに違いない。
「ま、義父が公爵家で我が物顔をしている現状を踏まえたら、前フィールディング公は間違っていたんだろうさ」
「そこも実は奇妙な点でね。少なくとも前フィールディング公はフィールディング公爵令嬢に当主の座を譲るまでの予定をしっかり立てていたんだ」
「つまり、未成年のミッシェルを残して途中退場したのは全くの想定外だった、と?」
「食事に盛られる毒、旅の途中の事故、ありとあらゆる不幸の可能性を潰すぐらい用心深かったし、健康にも気を使っていた。だからこそ前フィールディング公の死は誰からも驚かれた、って聞いた」
何もかもが覆ったのはシャーロットが死んでから。
デヴィットは我が物顔で愛人一家を呼び寄せて公爵家を牛耳っている。ミッシェルが大人しくして逆らわないものだから余計に暴走する傾向だ。母や妹がいいようにしようとそ知らぬ顔するどころか発破をかける始末。
皆が言うように完璧に近い優秀さを誇っていたなら、自分に突然不幸に見舞われても問題なくミッシェルに公爵の座が継承されるよう幾つも保険をかけておくべきだろう。それとも、来るべき時まで自分が君臨していれば問題ない、とでも考えていたか。
「じゃあ前フィールディング公はどうして亡くなったの? こんな手落ちな状況になるほど突然だったんでしょう?」
「分からない」
「は? 分からない?」
「ある日、侍女が朝起こしに行ったら既に亡くなっていた。これが公爵家から国王陛下にされた説明だ」
それ、信じる馬鹿がいるのか?
ハイそうですかと受け入れられたら暗殺なんてやりたい放題だろう。
しかし暗殺したならもっと上手い筋書きを考えられただろうし、どういうことだろう?
「ジュリーの疑念ももっともだ。直ちに国王陛下直々の調査班が結成されて調査が入ったけれど、何も齟齬がなかった。病気でも外傷でもなく、前フィールディング公は不幸にも突然死した。それが最終報告さ」
「怪しさ満点だけれど、詳しく調査した結果がそれなら飲み込むしかないか」
母が言っていた。行きている自分こそが勝利者だ、と。
なら、どんなに優秀で才知にあふれていようがシャーロットは敗北者だろう。
何故なら、もはや彼女の意思を継いで守り立てようとする者はいないのだから。
実の娘であるミッシェルを含めて。
「もしかしたらさ、前フィールディング公は一つ計算違いをしていたのかもしれないな」
「興味深い意見だ。閣下がどう間違えたの?」
「ミッシェルが前フィールディング公と違う価値観を持ったってらへん」
「成程ね」
彼女の残した功績、そして罪が今後どのような影響を及ぼすか。
それはシャーロットと深く関わった者達が決めていくことだろう。
「……要らないわな。せいぜい後継者の子種をもらうぐらい?」
シャーロットは領地の運営から私生活の何から何まで一人で事足りた。彼女が人を使うのは雇用の問題と時間の節約のために過ぎない。であれば、彼女がデヴィットに課した役目は伴侶でも助手でもなく、単なる種馬に過ぎなかった。何故なら判断が必要な問題はシャーロット自身が処理した方が早く、単純労働や定常作業は人を雇えば済む話だから。
ミッシェルが誕生してから更に拍車がかかった。ミッシェルの教育は家庭教師やシャーロット自身が行ったために、とうとうデヴィットは存在意義を失った。お飾り、腰巾着、公爵の紐、など、散々な評価を浴びる屈辱を味わったらしい。
こうしてデヴィットは歪んだ。
そこに聡明だったかつての青年の面影はどこにもなかった。
「前フィールディング公って、もしかして人の心が分からない?」
「仕事を円滑に進めるための社交性は抜群だったから、仕事に関わらない範疇には全く気を配らなかったっぽいね」
「それで恨みを買ってたら意味がないと思うんだけれどね。脅威にもならない、とかたかくくってたのかな」
「生前はその優秀さで不満を黙らせていた、とはみんな認識が一致しているようだよ」
婚姻後すぐにシャーロットの本性を知ったデヴィットは酒、女に溺れるようになった。己の優越感を満たすために夜の街に足を運び、やがて母と知り合って子宝を設けるまでにそう時間は要らなかった。
シャーロットがデヴィットの愛人を見逃したのは愛人こと母がそれをひけらかそうとしていなかったため。デヴィットを咎めなかったのは母やわたし達庶子を認知せずに己をわきまえて仕事をこなしていたため。とどのつまり、シャーロット自身に影響を及ぼさない些事だとみなしたからか。
デヴィットの心境はシャーロットの死後の動向を見れば分かる。
デヴィットにとって己の妻は目の上のたんこぶ、生意気な女だったに違いない。
「ま、義父が公爵家で我が物顔をしている現状を踏まえたら、前フィールディング公は間違っていたんだろうさ」
「そこも実は奇妙な点でね。少なくとも前フィールディング公はフィールディング公爵令嬢に当主の座を譲るまでの予定をしっかり立てていたんだ」
「つまり、未成年のミッシェルを残して途中退場したのは全くの想定外だった、と?」
「食事に盛られる毒、旅の途中の事故、ありとあらゆる不幸の可能性を潰すぐらい用心深かったし、健康にも気を使っていた。だからこそ前フィールディング公の死は誰からも驚かれた、って聞いた」
何もかもが覆ったのはシャーロットが死んでから。
デヴィットは我が物顔で愛人一家を呼び寄せて公爵家を牛耳っている。ミッシェルが大人しくして逆らわないものだから余計に暴走する傾向だ。母や妹がいいようにしようとそ知らぬ顔するどころか発破をかける始末。
皆が言うように完璧に近い優秀さを誇っていたなら、自分に突然不幸に見舞われても問題なくミッシェルに公爵の座が継承されるよう幾つも保険をかけておくべきだろう。それとも、来るべき時まで自分が君臨していれば問題ない、とでも考えていたか。
「じゃあ前フィールディング公はどうして亡くなったの? こんな手落ちな状況になるほど突然だったんでしょう?」
「分からない」
「は? 分からない?」
「ある日、侍女が朝起こしに行ったら既に亡くなっていた。これが公爵家から国王陛下にされた説明だ」
それ、信じる馬鹿がいるのか?
ハイそうですかと受け入れられたら暗殺なんてやりたい放題だろう。
しかし暗殺したならもっと上手い筋書きを考えられただろうし、どういうことだろう?
「ジュリーの疑念ももっともだ。直ちに国王陛下直々の調査班が結成されて調査が入ったけれど、何も齟齬がなかった。病気でも外傷でもなく、前フィールディング公は不幸にも突然死した。それが最終報告さ」
「怪しさ満点だけれど、詳しく調査した結果がそれなら飲み込むしかないか」
母が言っていた。行きている自分こそが勝利者だ、と。
なら、どんなに優秀で才知にあふれていようがシャーロットは敗北者だろう。
何故なら、もはや彼女の意思を継いで守り立てようとする者はいないのだから。
実の娘であるミッシェルを含めて。
「もしかしたらさ、前フィールディング公は一つ計算違いをしていたのかもしれないな」
「興味深い意見だ。閣下がどう間違えたの?」
「ミッシェルが前フィールディング公と違う価値観を持ったってらへん」
「成程ね」
彼女の残した功績、そして罪が今後どのような影響を及ぼすか。
それはシャーロットと深く関わった者達が決めていくことだろう。
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