上 下
15 / 45

義妹がずるいと言ってくる。わたしも婚約者を持つべきだと

しおりを挟む
「ずるいずるい! お義姉様ばかりずるいわ!」
「ミッシェルまでわたしに物をねだってきた!?」

 ミッシェルが王太子妃教育を受けるようになって少し経ったある日、ミッシェルが突然ぶりっ子になってしまった。お手本がポーラなのか、仕草や声色の一つ一つが妙に実の妹を彷彿とさせる。普段のミッシェルを知るわたしからしたら違和感どころか拒絶反応に蕁麻疹が出そうなのだけれど、躊躇やわざとらしさを感じさせない辺り徹底している。

 げんなりして頭を抱えていたらミッシェルは普段の優雅な様子に戻っており、こちらに微笑みかけている。けれど目が「どうだったかしら?」とご満悦だったので、「勘弁してくれ」と深くため息が出た。

「で、何がずるいって? わたし、ミッシェルを満足させる私物なんて無いんだけど」
「物は別にいらないわ。どうせねだったってポーラに持っていかれるもの。私がずるいと言ったのはジュリーの境遇よ」
「何が? 今更公爵の後継者に戻りたくなったのか?」
「私だけ婚約者がいることよ」

 貴族の子息、息女が結ぶ婚約は家と家との契約の意味合いが強い。夜会や宴の類で運命の出会いを果たして恋を成就させる、なんて夢物語だ。だから親同士が話し合って子が幼少の頃から婚約関係にしてしまう家もざらだ。

 ミッシェルはたまたま王太子に見初められて早々と相手が見つかったけれど、そろそろ婚約者をあてがってもおかしくない年齢ではあった。生粋の貴族令嬢であるミッシェルは当然に受け止めているとばかり思っていたのに。どうしてわたしを妬んでくる?

「公爵家を継ぐことが決まったのだから、公爵家に迎え入れるに相応しい殿方を見つけないと」

 あー、成程。公爵家の娘になった同年代のわたしが自由を謳歌するのが羨ましいわけか。ミッシェルも意外と可愛らしい所あるじゃないか。とは言ってもまだ男を作りたいって気分ではないので、完全に余計なお世話だ。

「勘弁してくれ……。それにまだわたしが後を継ぐと決まったわけじゃない」
「一応お母様が生前に私の相手にと考えていた方々を紹介しましょうか?」
「それは先代様がミッシェルに相応しいと見込んだ人達でしょうよ。いかにも貴族様ーって奴はうんざりなんだけど」
「今度から参加する夜会で相手を見つけてらっしゃい。でなければ、そのうち公爵家の婿に相応しい殿方がジュリーの伴侶になってしまうわ」
「そうなったら出奔してやる」
「逃げられると思ってるの? 我が公爵家の情報網と人脈、そして資金から」

 半ば命令に近い無茶振りにわたしは頷かざるを得なかった。

「とは言ってもねぇ」

 まずわたしが公爵家の娘だからとすり寄ってくる輩は論外。貧民街では日中から飲んだくれるだけの駄目旦那のために夜も働く女性が少なからずいた。何が悲しくてわたしがおんぶだっこしてやらなきゃいけないんだ。それなら独り身で充分だ。

 次にわたしが夜の女の娘だと蔑んでくる奴も却下。そんな男が婿入りしたら最後、次第にそのムカつく本性を表して毎日喧嘩する未来しか見えない。能力が問題なかろうとわたしの心の平穏が無くなるので、それならいないほうがマシだ。

 だからといってわたしを目一杯愛してくれる完璧な紳士がいいかというと、それも嫌だったりする。わたしは決して殿方に甘やかされて美しくなる方の女ではない。自分で頑張って報われる人生を送りたい。わたしが必要でなくなる優秀すぎる存在は要らない。

 結論。話していて楽しく、互いに尊重しあえて、共に歩んでいける人がいい。
 ……わたしには贅沢すぎる。こんなんだから昔からモテないんだろう。

「帰りたいなぁ。帰ってもいいかなぁ?」

 公爵家の娘としての義務で何度か夜会には参加しているけれど、その独特の雰囲気にはいつまで経っても慣れやしない。

 大人達がどんな話をしているのかと耳を傾けると、大抵は自慢話のぶつけ合いで、情報の交換少数や手掛ける政策や事業の打ち合わせをする者は残りの何割か。どの職人が手掛けた宝飾品が素晴らしいだの、とある貴族が投資に失敗して多額の借金を抱えてるだの、実にくだらない。

 だからと成人前の子供達が仲良くしているかと言えば、当然そんなことはない。家同士の仲が悪ければ子だって付き合わないし、むしろ家の爵位を笠に着て馬鹿にしたり媚びへつらったり。社交界の縮図のように見えてならなかった。わたしよりも年下の女の子がやんごとなき家柄の男の子に甘えてすり寄る様にはめまいがしたものだ。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...