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死者は勝利者にあらず

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 そんなある日、ちょうど母が妹を身ごもった頃だったか。母のもとに女公爵がやってきたらしい。
 そして母に問いただしてきた。「愛人としてあの人に取り入るつもり?」、と。
 母はすぐさま頭を沸騰させて色々と口走ったそうな。女公爵の護衛が手打ちにしようと剣の柄に手を伸ばしたけれど、女公爵は手を少し上げるだけで抑え込む。

「愛、ねえ。婚姻も夜伽も所詮は貴族と貴族とが結ぶ契約に過ぎないわ。それ以上の価値を見出そうとする貴女やあの人は否定しないけれど、私には縁が無さそうね」

 女公爵は母の誇りを、貴族様の不満を、一笑に付した。

「これからもあの人に抱かれようと構わなくてよ。天地がひっくり返ろうと我が公爵家が貴女達を認知することは無い、とだけ言っておくわ。そして己を弁える貴女達には施しを与えてあげる」

 女公爵は笑いながら金貨を何枚か床へと放り捨てた。母が何年もかけて汗水垂らして働いてようやく得られるだろう金額を、女公爵は哀れみを込めて母の目の前に放ったのだ。「拾いなさい、這いつくばるのが貴女にはお似合いよ」と言われるようだった、と母はつばを飛ばしながら説明した。

 結局のところ母は貴族様の愛人ではあったけれど、かといって貴族様が密かに匿って裕福に過ごす、みたいな生活は送れなかった。どれもこれも女公爵に財布を握られてしまい、お小遣い程度ではたまに夜の街に足を運び、母を贔屓に指名して稼がせるのが精一杯だったんだとか何とか。

 しかし、その邪魔だった女公爵はもういない。
 辛酸を嘗めながら我慢していた母が勝利者になったのだ。

「あのブス女が死んだと聞かされた時、私は天に感謝したわ。そしてあのムカつくブス女の足跡なんて残してやるもんか、と誓ったのよ」
「それがミッシェルを冷遇する理由なのか?」
「ええ。ああ、彼女本人は何も悪くないわよ。恨むならあのブス女を母に持つ自分を恨んで欲しいものね」
「勝手な……。子は母親を選べないのに」

 思わず溢れた愚痴は果たしてミッシェルに向けられたものか、それともわたし自身に向けられたものだったか。

「母さんがどう思おうと次の公爵はミッシェルだ。下手な真似はしないでよね」
「ええ、そうね。あの娘は正当な後継者なんだもの。今はせいぜい不満をぶつける程度で済ませておいてあげる」

 母の口ぶりは気になったけれど、結局のところ母のミッシェルいびりはそこまで加速していかなかった。というのも母自身が多くの家庭教師を雇って自分の再教育に時間を費やしたからだ。ミッシェルが大人しくしている限りは目障りではないようで、特にこれといって揉め事は起こしていない。
 立場にふさわしくあるべし、という母の信念が垣間見えて、そこはわたしも尊敬しているし、見習うべきだと考えている。

「なんか拍子抜けね。ジュリーの母親ったら思いの外真面目じゃないの。どれだけいびられるかって想像を膨らませていたのに。ほら、屋根裏部屋に押し込められるとか、腐った匂いのするスープを飲まされるとか。色々とあるじゃないの」
「さすがに保身と天秤にかけられたら馬鹿な真似は出来ないって」
「成り上がろうとする姿勢は私好みよ」
「わたしとしてはこっちを巻き込まない限りは幸せになって欲しいな。だって母さんはすごく頑張ってきたんだからさ。少しぐらい報われたっていいよね」
「流石にそれは私には叶えられないわ。今後を占うのはあの人の立ち回り次第だもの」

 ミッシェルにとって母の変化は喜ばしいらしい。正妻の娘と愛人って関係で出会わなければもっと意気投合出来たでしょうに、と惜しむぐらいに。わたしとしてはミッシェルと母が犬猿の仲にならなかったことは胸をなでおろしたいところだ。

「それで、母さんの努力は報われるのかな?」
「夜の街上がりの後妻って出自は社交界ではあの人の足を引っ張るでしょう。けれど、要はそれを跳ね返せるほどの結果を示せばいいのよ。己の気品が元娼婦にも劣る、と突き付けられれば淑女方だって屈辱に耐えながらも黙らざるを得ないわ」
「ならいいんだ。徒党を組んで母さんを排除してこないか心配で」
「曲がりなりにも公爵夫人という肩書があるんだもの。その心配は杞憂よ」

 それなら母は問題ない。この先も公爵家でうまくやっていけるだろう。
 問題なのは……、

「なあ、ミッシェル」
「なあに、ジュリー?」
「その、何だ? 妹と弟が迷惑じゃない?」
「ん? あの二人? 気に障らないと言えば嘘になるけれど、ちゃんと私の意に沿っているから問題無いわ」
「……アレで?」
「そう、アレで」

 調子に乗ってる妹と弟だろう。
 おそらく今後暫くの間はわたしの頭痛の種になること必至だ。
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