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今日をもって全員クビだ出ていけ

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「ね~え、旦那様ぁ。このお屋敷の中、少々臭うんじゃありませんか?」
「臭う? お前達を迎えるにあたって徹底的に掃除させた筈なんだがなぁ」
「いいえ、まだ強烈に残っていますわ。あの不細工な堅物の残り香が」
「ああ、成程な。確かに目障りだな。高い賃金を出してやってるのに公爵夫人になったお前を敬おうともせん」
「露骨に態度には出していませんから我慢していますけれど、頭を下げたくない相手に従うのって結構疲れると思うんです」
「そうだな。いっそお前達を迎え入れたのをきっかけに心機一転、総入れ替えするか!」

 わたし達が公爵家に招かれてから少し経ったある日、母が貴族様に大きな胸を押し付けつつすりより、耳元で甘く囁いた。母曰く、こうすると男の脳と股間に直撃するんだとか何とか。出来る限り艶っぽく、そして身体を密着させると効果的らしい。

 朝っぱらから鼻の下を伸ばす貴族様は無表情で淡々と業務をこなす使用人達を一瞥し、顎を撫でる。そして母に誑かされた貴族様はさぞ名案とばかりに使用人達の解雇宣言を行ったのだった。

 さすがの公爵家に忠実な使用人達も動揺を隠しきれていない様子で、中にはミッシェルに視線を向ける人もいた。とうのミッシェル本人は我関せずと黙々と朝食を取り続けていたのだけれど。それに気づいてか気づかなかったかは分からないけれど、貴族様が面白くなさげにミッシェルを睨みつける。異論は許さん、とでも言いたげだったけれど、これにもミッシェルは反応を示さなかった。

「なんだミッシェル。何か言いたいことでもあるのか?」
「いえ、お父様」
「今日は気分がいい。言いたいことがあれば言ってみろ」
「長年公爵家に忠誠を誓ってくれた者達です。それに見合った退職金と、次の就職に役立てる紹介状を準備していただければ」

 ミッシェル、あっさりと女公爵に従ってきた者達を見捨てる。
 これには貴族様もご満悦。
 前者はまさか女公爵の実子であるミッシェルから用無し扱いされるとは夢にも思っちゃいなかっただろうし、後者はミッシェルが生意気にも反対してくるとか考えていたのかもしれない。

「勿論だとも。私とてケチではない。なあに、アレだけアイツに重宝されたんだ。すぐに新しい仕事に就けるさ!」

 とまあ、こんな感じの朝食を終えた後、使用人達は一斉に執事や家政婦長の元へと直談判しに行ったらしい。ただし現時点では貴族様が公爵家の実験を握っている以上、最後には彼の一言が全て物を言う、ということでクビは免れないらしい。それならせめてミッシェルから貴族様に嘆願出来ないか、と何人か言い出したそうだけど、これもまたミッシェルの立場を悪化させるだけだからと自制を求めた。結局彼らは悔しさと憤りを飲み込んで屋敷から去る決断を下したのだった。

 それから旧使用人達が離れる準備を進める期間中、ほとんどの者がミッシェルへお別れの挨拶に訪れたらしい。「残念です」やら「また戻ってきますから」やら「お側にいられずとも私共は貴女様に忠誠を誓っております」みたいに言われたらしいけれど、後からミッシェルに聞いたら大して頭の中に残ってない、とはっきり言われた。もう二度と会わない人間のことを覚えていても仕方がないのだそうだ。

 そして、旧使用人達はミッシェルだけに見送られて屋敷を離れていった。
 ――その後、何が待ち受けているかも知らずに。

「本当に引き止めなかったな」
「ええ。もう彼女達は私には必要無いもの」

 わたしとミッシェルは不定期に意見を交換している。女公爵に忠誠を誓って自分を可愛がってくれた使用人達が一掃されてもミッシェルは何ら悲しむ様子を見せなかった。それどころかまるでせいせいしたかのように晴れやかな表情を浮かべている。

「侍女さんはあれだけ献身的に身の回りの世話をしてくれてたじゃないか。まだ短くしかこの屋敷にいないわたしにだって分かったんだけど」
「ええ。彼女は物心ついた頃から私の傍にいたわ。姉と言っても過言じゃなかった。けれど彼女がいなくても別に困らないのよ」
「執事さんだって結構貴族様の執務を手伝ってたって聞いてたけれど」
「あの人が忠誠を誓っていたのは公爵家、つまりお母様と私よ。私が成人するまで自分が支えるつもりだったみたいね。その分、彼は贔屓をする」
「料理長さんの食事は美味しかったなぁ。頬がとろけ落ちるってアレを言うんだな」
「彼もお母様が気に入って引き抜いてきたのよ。影では愛人にうつつを抜かしてたお父様に不満たらたらだったみたいね」

 結局のところ、ミッシェルは使用人達に何の情も湧いていなかった。彼らの思いはミッシェルに届いていなかったのだ。一旦受け止めて拒絶したのか、貴族様に虐げられないよう自分を押し殺しているのか、それとも単純に感じ取れなかったのか、わたしには分かりかねた。
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