月が綺麗と君は云ふ。

琴葉

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3、あと二日、か。

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一週間と五日後。

その日は夕暮れ時から雨が降り、夜更けには風も強くなっていた。



「……あと二日、か」



借家の軒下に座り込んで紫煙を燻らせていた男は、思わず零れた独り言に苦く笑う。

そして寒々しい空気と冷たい雨が妙なことを口走らせたのだと決め付けると、部屋に戻るかと腰を上げた。


と、



「…宗次郎さん…」



ぱしゃりと水が跳ねる音がして。

あと二日は聞けなかったはずの声がした。



「…、」



ついに幻覚でも見えたかと何度か瞬きを繰り返すが、目の前のそれは変わらない。

びしょ濡れの着物と袴を纏った、乱れた髪の女が傘もささずに立っていた。



「おま、……何してんの?約束は明後日だったよな?何でいるんだよ。何で濡れてんだよ。つーか何で、……何で泣いてんの?」



頰を伝う雨とは違う涙をぽろぽろと零し続ける女は、ぐすりと鼻を啜って青褪めた唇を開く。



「…宗次郎、さん……」

「っ、」



ぽと、と煙草が水溜りに落ちる音がした。


女の細い手首を掴んだ男は、借家に入り階段を駆け上って二階にある自身の部屋へ連れ去る。

そしてドアが閉まると同時に濡れそぼった女を強く抱き竦めた。



「……宗次郎さん、」



女がまた、名前を呼ぶ。

ぎゅ、と。

男が女を抱く力が強くなる。



「…何が、あった?」



唸るような低い声にも、女は安堵したように息を吐いてそっと目を閉じた。



「………結婚が決まりました」



小さく、空気が震える。

っ、と男が息を飲む。

ぽろ、と女が涙を落とす。



「…そうか、」



掠れた声で返事をした男はゆっくりと女から離れて背を向けると押入れの戸を開ける。

そして手拭いを数枚取り出すと、女に渡してやった。



「……ありがとう」

「学校は辞めるのか?」



男が突然放った問いに女は驚いたような表情を見せてから、眉尻を下げて小さく頷く。



「ええ。……来週には」

「来週?」



余りにも早過ぎる話に男は思わず眉を寄せて声を低めた。

来週には女学校を辞めるという事は、



「……来週辞めて、そのまま東京を出て長野にある相手の家で挙式」

「…、」



何も言わずに背を向けて文机の前に腰を下ろす男に、女は手拭いをぎゅっと強く握り締めて言葉を続ける。



「相手は長野の大地主の御曹司らしくて、父も必死なの。うちは名ばかりで資産の少ない家だから」

「………んな事より、さっさと体拭け。……風邪引いたら嫁にも行けねぇぞ」



背を向けたまま、ぼそりと男が呟いた。



「…、」

「…、」



雨がぱらりと窓を叩く。



「…………お願い。………抱いて、」



雨に濡れたまま、ぽつりと女が呟いた。



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