上 下
90 / 108

90 痛いの痛いの痛ーい

しおりを挟む
 二十五匹分の予告が出揃った時、予告にある地域に絞って百有った結界を二十五に減らす。
 これでモイラの負担はずっと軽くなったはずだ。
 無関係の地域で変換した魔素は、ご丁寧に元の状態に戻している。 余裕ぶちかましてくれるお子様ですわ。

 地図に念獣の位置が浮き出た所へ、モイラと手を繋いでエポナさんが飛ぶ。
 ルシファーとベルゼの地図に捕獲済み印が出たら、二人が飛んで行って念獣を閉じ込めた結界を運んで来る。
 一時保管の為に作った大きな結界の中に入れると、念獣意外の者が入ってないかを調べるのが私とリンちゃんの仕事。
 珍しくリンちゃんと離れ離れになっているティンクは、ルシファーとベルゼの後先を行ったり来たり、捕獲前後の地域に異常の有無を確認している。
 精霊界での魔獣討伐に比べたら何の事はない。
 一時間もしないで、二十五匹の念獣回収が完了した。

 異常がなければダブル悪魔の後から帰ってくるはずのティンクが、みんな揃っているのに帰ってこない。
 心配ではあるが、結界の中に閉じ込めた念獣を本に取り込むのが先だ。
 モイラが本に書かれている念獣の名前を、一匹ずつ読み上げる。
「みんなモイラが捕まえた。お家はここだよ。帰っておいで」
 念獣達が一斉に結界の中でウゴウゴ始めた。
 モイラが結界を解く。
 開いた本の中に、全ての念獣が吸い込まれて捕獲完了。

「大変だよー」
 ティンクが血相を変えて帰ってきた。
「遅かったわね。どうしたの」
「人が死んでるよー」
「えー!」
 私達の仕事が原因なら、とんでもない話になってくる。
 慌てて、ティンクの転移魔法で全員が現場へ飛ぶ。
 出た先は森の中、女性が横たわっている。
 キノコを採集をしていたらしく、おなかが大きい。
 妊婦だ。

「何があったんですかね」
 ルシファーとベルゼが探偵か刑事のように妊婦を覗き込み、エポナさんは女性の体に触れて生死の確認をしている。
「亡くなってから三十分程経過してますわね。残念ですけど、医療魔法では御救いできません」
 「私、ちょっとの昔に戻って見てくるの」
 モイラが消えた。
 二・三分。
 遺体の前で待っていると、モイラがヒュッと現れた。
「おばさん、石の念獣とぶつかってたの」
 運悪く、念獣が出現した地域を囲んだ結界の中に、同時に居合わせていた。
 念獣の出現から結界を縮小して閉じ込めるまでは、長くかかっても一分かそこらだ。
 不運が重なっての事故だが、私達の責任となると事は重大だ。

「しずちゃんに言って命の結界を二つ、こちらに送ってもらってください」
 ルシファーが大きな声で誰にともなく言い放つ。
「今、連絡しますわね」
 エポナさんがすかさず答えると、念話でしずちゃんを呼び出す。
「しずちゃん、急いで命の結界を二つ、こちらに送って頂戴」
「了解」
 命の結界を送れと言うからには、緊急事態と素早く察した。
 しずちゃんが理由をどうこう聞く前に動いてくれた。
「転送室に着いたのを送るより、あたしが行った方が早いよ」
 言い終わる前に、ティンクが飛び出す。
 それでも、異世界博物館の保管庫から転送室までには時間がかかる。
 冷静になって考えれば、目の前に横たわっている女性は既に亡くなっている。
 慌てて動く必要はない。
 分かっていても気が急いてしまう。

 五分ほどして「持ってきたよー」
 ティンクが飴玉位の、小さな命の結界を二つ持ってきた。
 これを使ってルシファーが何をやろうとしているかは、一緒にヘルから死者蘇生魔術を教わった私にはよくわかる。
 一度に妊婦と体内の子を蘇生させようとの試みだ。
 でも、一つの体に二つの命がある。
 たぶんだけど、妊婦と胎児に対して、私とルシファーが同時に死者蘇生魔術をかけなけいとダメだよね。
「ルシファー、貴方が一人で二回やったらどうかな」
「きっとですけど、こういった場合は同時にやらないとダメなんじゃないですかね」
 周りで二人の会話を聞いている分には、何の話か理解しずらいところだろう。
 命の結界を持ってきた時点で、凡その見当はついていたようだ。
 エポナさんが早くやれとばかりに地団駄を踏んで、それが繰り返されている。
 徐々にきつい足踏みになってきている。
 いかん、不味い飯が待っている。

「地獄の拷問がねー」
 私が二の足を踏んでいると、ルシファーが内緒の念話で「良い方法を見つけたんですよ」
「何」
「魔法を使って痛みを和らげれば、難なく苦痛を乗り越えられるんですよ」
 極めて悪質というか、飛びっ切りずる賢い反則技を教えてくれた。
「やったことあるの?」
「ええ、教わった次の日に、何もやらないのと傷みを和らげる魔法をかけたのと両方」
 比べる必要が有ったのか。
 痛みを和らげる魔法をかけた時だけで良かったんじゃないのか。
 
「生き返った時に、私達が目の前に居たのでは具合が悪いですわね。かくれんぼ結界の中から術を」
 エポナさんの計らいで、私達は妊婦に見えない状態になった。
「本当に痛くなかったのね?」
「ええ、普通にやったら、マジ地獄の拷問って感じだったけど、魔法を使ってやった時は、軽い片頭痛でしたよ」
 ルシファーの言葉を信じて、二人で同時に妊婦と胎児に死者蘇生魔術を施す。
 どうせ私とルシファーは、術の後に何某かの事後処理をする余裕はない。
 死者が蘇った後、怪我の治療はエポナさんに任せた。
 倒れているのがいきなり起き上がる不自然は、キノコ狩りの途中で眠くなって、野原でちょっと居眠りしたという記憶に差し替えるのがティンクの役割だ。
  
 死者蘇生魔術は上手くいって、妊婦は眠い目を一擦りしてからキノコ狩りを始めた。
 私はと言うと、加護があるから状態異常は起こらないはずなのに、鎮痛剤が効かないレベルの頭痛に襲われている。
「あー‼ 頭痛いー。これで軽い片頭痛程度って。あんた、脳みそ悪魔並ね」
「そうです、私が悪魔です」
 救くわれないのは私です。

 一大事を何とか解決。
 急いで寮に帰った。
 寮の庭が見慣れない景観になっている。
 今夜はしずちゃんの奢り。
 王都から屋台や街の人達を呼んで、盛大なお祭り騒ぎが催される予定になっていた。
「御帰りなさい。大変だったねー。まあ一杯やって、温泉にでも入って来なさいよ」
 私達には一ヶ月分の仕事を一日でやらせておいて、自分は今日もキャンプ痕の石窯前。
 ノッタリマッタリしている。
「しずちゃんだけー、ずるいっすよ。自分達は大変だったんすからー」
 ルシファーに対して以外、序列というものに縁のないベルゼらしい物言いだが、言いたい気持ちは分からないでもない。
 しかーし、今ここで一番大変な思いをしているのは私だ。

「まあまあまあ、そんなに目くじら立てないで、白鯨のベーコンも有る事だし、やってやって、お疲れさまです」
 無限生ビールサーバーをドンとテーブルの上に置く。
 ジョッキから泡が零れる生ビ―ル。
 頭痛いの痛いの痛ーいけど、飲まなければ絶対に後悔する。
「エポナさん、頭痛いの治してー」
「あらまあ、早く言ってくださいよ。チチンチンチンプリプルフリフリ・痛いの痛いの痛ーい。はいっ飛んでったー」
 公の場で言ってはいけないような呪文だったけどな。
 傷みがすっきり消し飛んだ。

 そんなこんなでジタバタした後、御風呂からあがって見れば、本格的な夕餉宴会の支度が整っていた。
 傾いた石柱の入口から寮の入口まで、ずらり両側に並んだ屋台は百件近く。
 温泉を中心に、所々キャンプファイヤーが焚かれ、その周りには椅子とテーブルが置いてある。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

死んだら男女比1:99の異世界に来ていた。SSスキル持ちの僕を冒険者や王女、騎士が奪い合おうとして困っているんですけど!?

わんた
ファンタジー
DVの父から母を守って死ぬと、異世界の住民であるイオディプスの体に乗り移って目覚めた。 ここは、男女比率が1対99に偏っている世界だ。 しかもスキルという特殊能力も存在し、イオディプスは最高ランクSSのスキルブースターをもっている。 他人が持っているスキルの効果を上昇させる効果があり、ブースト対象との仲が良ければ上昇率は高まるうえに、スキルが別物に進化することもある。 本来であれば上位貴族の夫(種馬)として過ごせるほどの能力を持っているのだが、当の本人は自らの価値に気づいていない。 贅沢な暮らしなんてどうでもよく、近くにいる女性を幸せにしたいと願っているのだ。 そんな隙だらけの男を、知り合った女性は見逃さない。 家で監禁しようとする危険な女性や子作りにしか興味のない女性などと、表面上は穏やかな生活をしつつ、一緒に冒険者として活躍する日々が始まった。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~

三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】 人間を洗脳し、意のままに操るスキル。 非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。 「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」 禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。 商人を操って富を得たり、 領主を操って権力を手にしたり、 貴族の女を操って、次々子を産ませたり。 リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』 王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。 邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

処理中です...