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32 堕天使の抱擁
しおりを挟む「はい、残虐な兵士の魂と対になっていた命だけを奪い、この命と、無残に殺された人々の清らかな魂を対にして、人々を生き返らせようとしたのです」
「そんな事ができるんですか」
「この宇宙はとても広いですから、多くの世界には、できる方もいらっしゃいます。ルシファー様には、自分が引き起こした悲壮な死を責め苛む日々と【皆殺しの天使】という汚名だけが残りましたの」
湯呑の酒を飲む表情が暗い。
「この事件を切っ掛けに、ルシファー様の行いを日ごろから毛嫌いしていた上級神が、自分達の仕組んだ戦争の邪魔をしたとして、神界からルシファー様を追放するべきだと騒ぎ出しましたの」
ルシファーが兵士を皆殺しにしたのは事実だけど、戦争の邪魔って、上級神の言い分は何。
どう考えても納得の行く話じゃないわ。
もう一杯飲んじゃおうかな。
明日は大事な日だから、我慢しておこうかな。
「この事が引き金となって、天界では天使と神の間で喧々諤々の挙句に色々とあったのですけど、心の内より天界に嫌気がさしたルシファー様は、自ら堕天使となりましたの。最終的には魔界へと下りて、魔王になりましたけど」
講談に一段落つけたかのように、エポナさんが湯吞を持って酒をズズズズッ。
「あたし、ルシファーに対する考え改めるよ」
ティンク、素直でよろしい。
「戦場での出来事は後に【堕天使の抱擁】と呼ばれるようになったのですが、未だに完成された術を使えないのです」
「ルシファーは、今でも出来ないんですか」
「ルシファー様は、この魔法を封印していらっしゃいます。自分の力不足で悲劇を生み出してしまったと酷く落胆なさいまして。ルシファー様の前でこの話はなしですよ。あの方、傷付きやすいですから」
言える訳がない。
ティンクは、ちと不安材料だな。
作戦決行の朝。
私達は結界に弱点がないか、再度捜してみる事にした。
精霊界という一つの界を、常時そっくり囲っている。
その大きさからしたら、膨大な信者エネルギーを使っているに違いない。
総てを分厚い結界で囲うのは、いくらセクメントでも叶えられない筈だ。
そもそも、セクメントの目的は精霊界への出入りを制限する事ではなく、精霊達が呼吸した後の魔素が魔界に流出するのを防ぐことにある。
信者エネルギー節約の為に、結界の薄い部分が必ずあるとの意見が、しずちゃんから出されていた。
何時もの様な大酒は飲まずに、信じられない早寝をしたのは無駄ではなかった。
「あったよー」
精霊界の上空から、ティンクの声がする。
見上げれば何かを指さしているようだけど、ここからでは姿が小さくて指し示す方向がよく見えない。
皆してティンクの方へと飛んでいく。
そして、私だけが取り残された。
これを見ていたエポナさんが慌てて降りてきて「奈都姫様、精霊界へご挨拶に伺った時の事を思い出してください。簡単に飛べましてよ」こうアドバイスすると、再び飛び去って行った。
あの時はピーターパンだーとか言って喜んだけど、妖精の粉で一時的に飛べただけだと思っていた。
私ってば、飛べたのー?
どれ、やってみるべか。
「飛べる。私は飛べる。私はちょっとだけ大き目の妖精」
フンワリ。
ん、ん、ん、飛べたー。
皆と合流して上空から鑑定眼で見ると、確かに分かりやすく結界の色が薄くなっている。
「特に、あの大樹の真上。あそこが一番薄くなってるよ」
動きの早いティンクは、すでに精霊界上空に張られた結界総ての調査を済ませていた。
「よし、穴を空けるのはあそこにしよう。いったん降りて配置の再確認をする」
黄麒麟さんの指示で、私達は一旦地上へと降り立った。
昼食時は作戦中なので食べられない。
遅めの朝食で作戦完了まで持たせる。
食事をしながら配置の確認をする。
流石に酒の肴になるような物は出ていない。
とは言え、空酒でも行けちゃう人達だ。
出陣前の一杯なんて言い出すのではと心配したけど、そこまで出鱈目はやらない。
良識ある変人達で良かった。
作戦決行前の最後の確認。
「ルシファーを一番前に配置して、その後ろに僕としずちゃんが張り付く、破壊の魔力量を上げる為に、僕達二人は自分の魔力をルシファーに流す。ルシファーの横で、この破壊の魔波を神力に変換するのがエポナさん。エポナさんの後ろにはなっちゃんがついて、神力をエポナさんに流す。ティンクは常に突撃できるように、ルシファーの手の上に乗れ」
皆さん、食事に夢中で聞いているのかいないのか。
やはり、非常識な変人達だったか。
「エポナさんに私の力を流すって言いましたけど、私、魔力と神力の区別なんてできませんよ。だいいち、私に信者いないし。神族じゃないし」
「大丈夫ですよ。なんでもいいからわたくしに流し込んでください、わたくしが選別して使います」
「あー、そういう事ですか。納得」
これで安心して飯が食えるぞ。
食後、全員で軽くお昼寝。
本来なら昼食後のお昼寝だけど、今日は昼食がないから。
重大作戦の決行前には体を休めておかないとね。
正午前、各自起きだして準備運動を済ませる。
「さて、始めるか」
全員でゆっくり大樹の上空へと向かう。
正午。
天界と人間界は真夜中である。
黄麒麟さんが合図を出す。
「一気にいくよ。3.2.1.発射ー」
一瞬の出来事だった。
穴が空くと同時にティンクが突進して中に入り、仮の結界を張ってから飛び出してきた。
さらに穴を大きくすると、全員で恒久的結界を張る。
これら一連の事を瞬時で済ませた。
黄麒麟さんとしずちゃんが消えて、私とルシファーとエポナさんで残った結界を破壊する。
あっという間もない出来事だったけど、失敗したらどうしようといった不安が頭を過る。
「気づかれましたわね」
エポナさんが、ルシファーの肩に手を置く。
「ああ、間に合ってくれればいいが」
ここへティンクが現れて報告してくれる。
「神界の封じ込め成功。人間界の結界完了」
「やったー。間に合ったー」
三人で喜んでいると。
再度、各界の状況を確認しに行ったティンクが戻ってきて、追加の情報を伝えてくれる。
「早く行った方がいいよ。ローが魔界への進軍を始めたよ」
進軍ってか、なんて馬鹿な事をしでかしてくれたんだ。
しかし、これでローを捜す手間が省けた。
「精霊界への説明はあたしがしておく。すぐに追いつくから、先に行っていいよ」
そうだね。
ティンクなら、行って来いの間に私達を追い越すかも。
私達が結界を破壊していた頃。
しずちゃんは封じた信者達を魔界の管理人に引継ぎ、ローが出陣した先で進軍を止める準備を手伝っていた。
ローの軍団を止めようとしているのは、人間界・近隣諸国の兵士に魔界の兵士が加わった連合軍だ。
近隣諸国は度々ローの侵略を受け、随分と煮え湯を飲まされて来ていた。
人間界の軍は急遽決起したもので、まだ統制がとれていない。
私達がローの討伐に参戦する事を、魔界の管理人である玄武から連絡されている。
勝ち目があると参戦した国が多いから尚更だ。
魔界軍は、精霊界が解放されたので魔素が十分に行き渡り、力を存分に発揮できる状態にある。
ただ、この戦いは人間界での戦闘なので、人間界の軍から指示があるまで動けないでいる。
今のところ、ロー軍対連合軍のにらみ合い状態だ。
今にも両軍が衝突するのではと緊迫した状況の時、黄麒麟さんは、天界で拘束したセクメントに最後通告をしていた。
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