上 下
11 / 108

11 只より安い物はない

しおりを挟む

 メイドが身の回りの世話してくれるって、異世界博物館て何者。
 条件良すぎ。
 どんだけ金持ってんだよ。
 なんだかとんでもない落とし穴がありそうだわ。
 ドボン嫌だなー。
 などと考えているうちに寝てしまった。

 夜明け頃になって、部屋を片づける気配で目が覚めた。
 夕べは早く寝たので、さほど苦もなく起きられる。
「エポナさん、どうも気になる事があるんだけど、聞いていいかな」
「なんでしょう」
「夕べの雑草、どこから持ってきたの。この辺はみんな枯草ばかりでしょ。昨日のは若芽だったわよね」
「牧草のことですか。わたくし、博物館が建てられている敷地の一角に農地を持っていまして、牧草はそこで一年中新鮮なものを刈っています」
 ロバは美食家らしい。
「食にこだわりがあるんですね」
「はい、今はベジタリアンです。朝食の準備ができていますので、一緒に食べませんか」
 一人暮らしが長かったので、何もかもエポナさんがやってくれるのがなんだかくすぐったい。
「忙しいのに。なにからなにまで、どうもありがとうございます」
「いいえー、いいのですよ。これが私のお仕事ですから」

 お仕事ですからの一言で済む仕事ぶりではない。
 エポナさんは講習の準備と言って片づけているが、家の物を有るだけ全部クローゼットとガレージに放り込んでいる。
 終いには浴槽からトイレ・キッチンに至るまで、ありとあらゆる物を撤去して、赤黒の渦へぶん投げている。
 中から過激な音が聞こえるのには、もう慣れた。
 昨日の今日で家の中は空っぽ。
 もはや生活空間ではない。
「あのー。食事をするにしても、食卓ないし。トイレも洗面台もないんですけど。どうやって生活すればいいんでしょうか。エポナさん」
「大丈夫です。今日から奈都姫様には、クローゼットで生活していただきます。私はガレージに寝泊りさせていただきます」
「クローゼットで‥‥ガレージで?」
「どうぞ、お入りください」
 まるで自分のクローゼットのように私を招き入れるのは、中にいた分身のエポナさん。
「うわっ! なんじゃこりゃ」
 中に入ると、両側に五人づつ。
 十人のエポナさんが並んでお辞儀をしてる。
「おかえりなさいませ」
 同一人物の分身だと分かっているのに、圧倒されて後ずさりした。 エポナさんの本体に背中を押される。

 激しい破壊音がしていたわりには、壊れた物の破片すらない。    
 ピッカピカのツルンツルン床は大理石。
 両脇に、二階へ登る幅の広い階段。
 吹き抜けになった中央に大きな丸テープルがあって、朝食の支度が済んでいる。
 宮殿か?
「なんですかこれ」
「お遊びですわ。私達が帰る頃には、お部屋が復元されていますわよ」
 いや、このままの方がいいです。
「食事が済んだら、不動産屋へまいりますので御仕度を。go-go go-go」
 食後の休憩もそこそこ、身支度を急き立てられる。
「不動産屋さん、まだ開いてないですよ」
「大丈夫です。昨夜のうちに連絡しておきました」
 なんて仕事のできる人なんだ。
「ねえ、これ着なさいって事ですか」
「はい、お似合いかと」
 着替えですと置かれた服は、ブラウンのタイトスカートに白のシャギーニット。
「私、身長低いし童顔だから。こういうのはちょっと」
「それで御願いします」
 こう言って現れたエポナさんは、黒いゴシック調のワンピース。
 手には魔導書みたいなノートを持っている。
 秘書のつもりらしいが、何処から見てもドラキュラの嫁だ。
 目立ち過ぎている。
「本当にこれで行くんですか」
「はい、相手は限りなく詐欺師に近い輩ですので、なめられてはいけません。第一印象が肝心ですの」

 ガレージに入る。
「ランボルギーニ・アヴェンタドール・コンバーチブルって‥‥エポナさん、どこからこんなもの持って来たんですか」
「異世界にある国の侯爵様から、借金のかたに」
「私、こんなの運転できませんよ」 
「御心配には及びません。わたくしが運転いたします」
「安全運転で御願いしますよ」
「もちろん」
 ロバさんだけあって制限速度厳守の安全運転は、徒歩移動と大して変わらない。
 道行く人の注目のまとだ。
 エポナさんは自慢げにしているけど、私は恥ずかしくて顔を上げられない。
 北風に曝され寒い思いをして、ようやく不動産屋の前に横づけ。
「ヤクザみたいな止め方やめましょうよ」
「これで良いのです。お嬢様はこれから一言もしゃべらないでください」
 なんだ、呼び方が変わったよ。
 背筋を伸ばしたエポナさんが、不動産屋の社員に車の鍵を渡す。
「御願い」
 エポナさんの言葉に「?」社員が不思議そうに立ったままでいる。
「さっさと駐車場に止めて来いやボケナス! 頸動脈嚙み切るぞ」
 エポナさんの顔が引き攣った鬼の形相になった。
 いかん、私も同類と思われてしまう。
 逃げ出したい。

「社長さん。菜花さんとこのお嬢様に、随分となめた真似してくれてるじゃないの。今すぐ警察に、御恐れながらと訴えて出ても良いんですよ。どうします」
 どういった事情かは知らないが、私がここの社長にいじめられているみたいになっている。
「その件につきましては、はい、そちら様にご納得いただける回答を用意して御座います。この金額でよろしいでしょうか」
 社長が差し出したのは、土地の売買契約書。
 地番は隣の空地。
 その横には、むき出しで一千万の札束が置かれた。
「えっ」
 しゃべるなと言われていたのに、思わず声が出てしまった。
「お嬢様、ここにサインを」
 エポナさんが指示した場所に名前を書く。
「あと、ここにも」
 何か所かにサインをして契約成立。
「では、これからはくれぐれもこの様な手落ちのないように御願いしますね」
 エポナさんが契約書を魔導書のようなメモ帳に挟む。
 社長は、土産の茶菓子でも持たせるように、私に一千万の入った紙袋を差し出す。
「おりがとうございました」
 外には先ほど鍵を渡された社員が立っている。
「これ、僕には運転できませんでした」
「あら、自転車と一緒よ」
 エポナさんの嘘つき。
 車に乗って少し走ると、ハザードを焚いて左端に停めたエポナさん。
「あー、怖かった」
「えっ、怖かったんですか」
「そりゃそうですわよ。あの方たちは現役バリバリの武闘派ですもの。その場でパンッなんて事だってー。まだ足が振るえてますわ」
 これを聞いた私は、どんなリアクションをとればいいんだ。

「何でお金付きで隣の土地が手に入ったんですか」
 当然の理由を訊ねる。
「あの社長、奈都姫様のおばあ様から預かっていたお金を使い込んでいましたの」
「お金?」
「ええ、おばあ様が亡くなる一月ほど前ですわ。奈都姫様のために隣の土地を買って、家を新築する予定だったのです」
「私の為に」
「ええ、退職金とご両親の保険金とか、もろもろ合わせて五千万ほど。それをおばあ様が亡くなったのを良い事に、奈都姫様には教えないでいたのです」
「えっー」
「驚くのも無理ありませんわね」
「何でそんな事まで知ってるんですか。そっちで驚いたんです」
「そこはそれ、なんですから」
 答えになっていない。
「次はアルバイトのお店に寄ってから、工務店に行きますわよ」
「はい」
 エポナさん、ちょっと怖い。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

転生者はめぐりあう(チートスキルで危機に陥ることなく活躍 ストレスを感じさせない王道ストーリー)

佐藤醤油
ファンタジー
アイドルをやってる女生徒を家まで送っている時に車がぶつかってきた。 どうやらストーカーに狙われた事件に巻き込まれ殺されたようだ。 だが運が良いことに女神によって異世界に上級貴族として転生する事になった。 その時に特典として神の眼や沢山の魔法スキルを貰えた。 将来かわいい奥さんとの結婚を夢見て生まれ変わる。 女神から貰った神の眼と言う力は300年前に国を建国した王様と同じ力。 300年ぶりに同じ力を持つ僕は秘匿され、田舎の地で育てられる。 皆の期待を一身に、主人公は自由気ままにすくすくと育つ。 その中で聞こえてくるのは王女様が婚約者、それも母親が超絶美人だと言う噂。 期待に胸を膨らませ、魔法や世の中の仕組みを勉強する。 魔法は成長するに従い勝手にレベルが上がる。 そして、10歳で聖獣を支配し世界最強の人間となっているが本人にはそんな自覚は全くない。 民の暮らしを良くするために邁進し、魔法の研究にふける。 そんな彼の元に、徐々に転生者が集まってくる。 そして成長し、自分の過去を女神に教えられ300年の時を隔て再び少女に出会う。

異世界楽々通販サバイバル

shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。 近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。 そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。 そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。 しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。 「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

処理中です...