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11 只より安い物はない
しおりを挟むメイドが身の回りの世話してくれるって、異世界博物館て何者。
条件良すぎ。
どんだけ金持ってんだよ。
なんだかとんでもない落とし穴がありそうだわ。
ドボン嫌だなー。
などと考えているうちに寝てしまった。
夜明け頃になって、部屋を片づける気配で目が覚めた。
夕べは早く寝たので、さほど苦もなく起きられる。
「エポナさん、どうも気になる事があるんだけど、聞いていいかな」
「なんでしょう」
「夕べの雑草、どこから持ってきたの。この辺はみんな枯草ばかりでしょ。昨日のは若芽だったわよね」
「牧草のことですか。わたくし、博物館が建てられている敷地の一角に農地を持っていまして、牧草はそこで一年中新鮮なものを刈っています」
ロバは美食家らしい。
「食にこだわりがあるんですね」
「はい、今はベジタリアンです。朝食の準備ができていますので、一緒に食べませんか」
一人暮らしが長かったので、何もかもエポナさんがやってくれるのがなんだかくすぐったい。
「忙しいのに。なにからなにまで、どうもありがとうございます」
「いいえー、いいのですよ。これが私のお仕事ですから」
お仕事ですからの一言で済む仕事ぶりではない。
エポナさんは講習の準備と言って片づけているが、家の物を有るだけ全部クローゼットとガレージに放り込んでいる。
終いには浴槽からトイレ・キッチンに至るまで、ありとあらゆる物を撤去して、赤黒の渦へぶん投げている。
中から過激な音が聞こえるのには、もう慣れた。
昨日の今日で家の中は空っぽ。
もはや生活空間ではない。
「あのー。食事をするにしても、食卓ないし。トイレも洗面台もないんですけど。どうやって生活すればいいんでしょうか。エポナさん」
「大丈夫です。今日から奈都姫様には、クローゼットで生活していただきます。私はガレージに寝泊りさせていただきます」
「クローゼットで‥‥ガレージで?」
「どうぞ、お入りください」
まるで自分のクローゼットのように私を招き入れるのは、中にいた分身のエポナさん。
「うわっ! なんじゃこりゃ」
中に入ると、両側に五人づつ。
十人のエポナさんが並んでお辞儀をしてる。
「おかえりなさいませ」
同一人物の分身だと分かっているのに、圧倒されて後ずさりした。 エポナさんの本体に背中を押される。
激しい破壊音がしていたわりには、壊れた物の破片すらない。
ピッカピカのツルンツルン床は大理石。
両脇に、二階へ登る幅の広い階段。
吹き抜けになった中央に大きな丸テープルがあって、朝食の支度が済んでいる。
宮殿か?
「なんですかこれ」
「お遊びですわ。私達が帰る頃には、お部屋が復元されていますわよ」
いや、このままの方がいいです。
「食事が済んだら、不動産屋へまいりますので御仕度を。go-go go-go」
食後の休憩もそこそこ、身支度を急き立てられる。
「不動産屋さん、まだ開いてないですよ」
「大丈夫です。昨夜のうちに連絡しておきました」
なんて仕事のできる人なんだ。
「ねえ、これ着なさいって事ですか」
「はい、お似合いかと」
着替えですと置かれた服は、ブラウンのタイトスカートに白のシャギーニット。
「私、身長低いし童顔だから。こういうのはちょっと」
「それで御願いします」
こう言って現れたエポナさんは、黒いゴシック調のワンピース。
手には魔導書みたいなノートを持っている。
秘書のつもりらしいが、何処から見てもドラキュラの嫁だ。
目立ち過ぎている。
「本当にこれで行くんですか」
「はい、相手は限りなく詐欺師に近い輩ですので、なめられてはいけません。第一印象が肝心ですの」
ガレージに入る。
「ランボルギーニ・アヴェンタドール・コンバーチブルって‥‥エポナさん、どこからこんなもの持って来たんですか」
「異世界にある国の侯爵様から、借金のかたに」
「私、こんなの運転できませんよ」
「御心配には及びません。わたくしが運転いたします」
「安全運転で御願いしますよ」
「もちろん」
ロバさんだけあって制限速度厳守の安全運転は、徒歩移動と大して変わらない。
道行く人の注目のまとだ。
エポナさんは自慢げにしているけど、私は恥ずかしくて顔を上げられない。
北風に曝され寒い思いをして、ようやく不動産屋の前に横づけ。
「ヤクザみたいな止め方やめましょうよ」
「これで良いのです。お嬢様はこれから一言もしゃべらないでください」
なんだ、呼び方が変わったよ。
背筋を伸ばしたエポナさんが、不動産屋の社員に車の鍵を渡す。
「御願い」
エポナさんの言葉に「?」社員が不思議そうに立ったままでいる。
「さっさと駐車場に止めて来いやボケナス! 頸動脈嚙み切るぞ」
エポナさんの顔が引き攣った鬼の形相になった。
いかん、私も同類と思われてしまう。
逃げ出したい。
「社長さん。菜花さんとこのお嬢様に、随分となめた真似してくれてるじゃないの。今すぐ警察に、御恐れながらと訴えて出ても良いんですよ。どうします」
どういった事情かは知らないが、私がここの社長にいじめられているみたいになっている。
「その件につきましては、はい、そちら様にご納得いただける回答を用意して御座います。この金額でよろしいでしょうか」
社長が差し出したのは、土地の売買契約書。
地番は隣の空地。
その横には、むき出しで一千万の札束が置かれた。
「えっ」
しゃべるなと言われていたのに、思わず声が出てしまった。
「お嬢様、ここにサインを」
エポナさんが指示した場所に名前を書く。
「あと、ここにも」
何か所かにサインをして契約成立。
「では、これからはくれぐれもこの様な手落ちのないように御願いしますね」
エポナさんが契約書を魔導書のようなメモ帳に挟む。
社長は、土産の茶菓子でも持たせるように、私に一千万の入った紙袋を差し出す。
「おりがとうございました」
外には先ほど鍵を渡された社員が立っている。
「これ、僕には運転できませんでした」
「あら、自転車と一緒よ」
エポナさんの嘘つき。
車に乗って少し走ると、ハザードを焚いて左端に停めたエポナさん。
「あー、怖かった」
「えっ、怖かったんですか」
「そりゃそうですわよ。あの方たちは現役バリバリの武闘派ですもの。その場でパンッなんて事だってー。まだ足が振るえてますわ」
これを聞いた私は、どんなリアクションをとればいいんだ。
「何でお金付きで隣の土地が手に入ったんですか」
当然の理由を訊ねる。
「あの社長、奈都姫様のおばあ様から預かっていたお金を使い込んでいましたの」
「お金?」
「ええ、おばあ様が亡くなる一月ほど前ですわ。奈都姫様のために隣の土地を買って、家を新築する予定だったのです」
「私の為に」
「ええ、退職金とご両親の保険金とか、もろもろ合わせて五千万ほど。それをおばあ様が亡くなったのを良い事に、奈都姫様には教えないでいたのです」
「えっー」
「驚くのも無理ありませんわね」
「何でそんな事まで知ってるんですか。そっちで驚いたんです」
「そこはそれ、なんですから」
答えになっていない。
「次はアルバイトのお店に寄ってから、工務店に行きますわよ」
「はい」
エポナさん、ちょっと怖い。
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