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代田と川谷
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ーーどうしてこんなことになったんだ。
川谷は頭を抱えていた。
昨日は会社のチームでの飲み会で、年間目標の達成会のような少しめでたいムードだった。みんながみんなの日頃の成果を労い、無礼講というほどでもないが和やかで賑やかな雰囲気の集まりだったのだ。
そこに珍しく、代田律貴の姿があった。今はフリーとして働いているから厳密に言えば部外者だが、元うちのチームのメンバーであり、今も多くの原稿を担当してくれていて収益目標に大きく貢献したとして呼ばれていたのだった。
「お疲れ様、久しぶりだね代田くん。来てくれるなんて、意外だったな」
「川谷さん、お疲れ様です。……僕も、たまには外に出なきゃなって……あと、浅倉さんに是非って言っていただけたので」
「そうなんですよー!久々に代田くんとも飲みたいなって!」
相変わらず愛想はなくボソボソと喋る代田。それでも誰に対しても明るくにこやかな浅倉という男とはそれなりにうまくやっているらしい。
「代田さんってぇ、今彼女さんとかいるんですかぁ?」
酒の席はだんだんと盛り上がっていくと、仕事の話もしなくなっていく。とあるチームの女子社員が代田にそんな質問を投げかけていた。
代田が会社を辞めた後に入ってきた子だ。その声色は、狙っているのがすぐにわかるものだった。
(……あいつ、案外女にモテるんだな。まあ確かに、よく見りゃ地味だけど綺麗な顔立ちではあるか)
川谷は様子を見ながらそんなことを考えた。
「……い、今は、居ないですけど……」
「へえ~、そうなんですね。寂しかったりしないですかぁ?」
「あ、え……その…………」
代田も少し酒が入っているからなのか、いつも以上に口が回らず、込み入った質問にうまく受け答えができない。
川谷はそのハッキリとしない代田の様子にイライラしつつも、見兼ねて助け舟を出す。
「こらこら、代田くん困ってるから。そういうのは、答えにくい場合もあるでしょ」
「はぁい。そうですよね、ごめんなさい」
「……あ、いえ……」
川谷が割って入ると、女子社員も少し残念そうにしながらも素直に引っ込んだ。代田は相変わらずよく感情の読めない顔で俯き気味になっていた。
それから特に会話もなかったが、川谷は心のどこかで代田の『今は居ない』という言葉がひっかかっていた。
当たり前ではあるかもしれないが、こんなおどおどした何を考えているのかよくわからない奴にも恋人がいたりするんだな。そんなふうに考えてしまった。こういう奴と付き合うのは、いったいどんな奴なんだろうか。
飲み会もお開きになり、各々挨拶も済ませて解散の流れになった。川谷もさて帰ろうとしたところで、代田に呼び掛けられたのだった。
「あ、あの……っ、かわたにさん」
「おお、代田くん。今日は来てくれてありがとうね」
川谷は無難に元先輩らしい態度を取る。
「……その、さっきはありがとうございました」
「さっき?……ああ、あれか」
代田は普段よりも少し頬が赤く、目つきがとろんとしているしいつも以上に喋りがたどたどしい。そんな酔っている状態でも、助けてくれた川谷にきちんとお礼を言わなければと頑張って話し掛けたのだった。
「ちょっと……答えにくかったので……すごく助かりました」
「あんなの、気にしなくていいよ。真面目に答えようとしないで、適当に誤魔化したらいいのに」
「………たしかに」
「…っ、あはは!思いつきもしなかったって顔」
「わ、わらわないでください」
あんな簡単な駆け引きや適当な嘘さえつけなくて、本当にどんな女と付き合ってきたのだろうと川谷は思ってしまった。けれど確かに、不器用なところは可愛らしいとも言えるのか。そんなふうに感じた。
そんなことを珍しく考えてしまったからか、普段であれば川谷もそのまま会話を切り上げて変えるところが、少し興味に負けて踏み込んだことを聞いてしまったのだ。それじゃあ、あの言い寄っていた女の子とやってることは同じだ。
「答えにくいってことは、もしかして別れたばっかりとか?もしくは相手が男とか」
「…………はい、そうです」
「……え」
川谷は、まともな返事が返ってくるとは思っていなかった。けれど、そうだ、そういえば誤魔化すとかそういうのができないって話をしてたんだったと我に帰る。
いや、誤魔化せよって話を今したんだから、誤魔化せよ。そうも思ったが、本当にそういうことがうまくできないらしい。
「………重いって…言われて、少し前にふられたばかりで………ずっと、ひきずってて」
「…そう、だったんだ」
話すほどにギャップのある男だ。こんな何事にも興味がなさそうな顔をしておいて、別れる原因になるほど重く人を好きになるのか。
そんな男がふと寂しそうな表情を隠さずにいるものだから、酔ってピンクに染まった頬も潤んだ小さな瞳も、つい色っぽく感じてしまった。
「……すみません…こんなこと……おれ、誰にも話すことあまりなくって…………かわたに、さん……?」
それからのことは、よく覚えていない。何せ川谷だって酔っていたのだ。
酒の勢いで行動するなんて、俺もまだまだ若いな、なんて人ごとのように思った。
……要するに、ムラッとしたのだ。あろうことか、あの無愛想で可愛げのない代田律貴の、弱く寂しげな一面に。
川谷は頭を抱えていた。
昨日は会社のチームでの飲み会で、年間目標の達成会のような少しめでたいムードだった。みんながみんなの日頃の成果を労い、無礼講というほどでもないが和やかで賑やかな雰囲気の集まりだったのだ。
そこに珍しく、代田律貴の姿があった。今はフリーとして働いているから厳密に言えば部外者だが、元うちのチームのメンバーであり、今も多くの原稿を担当してくれていて収益目標に大きく貢献したとして呼ばれていたのだった。
「お疲れ様、久しぶりだね代田くん。来てくれるなんて、意外だったな」
「川谷さん、お疲れ様です。……僕も、たまには外に出なきゃなって……あと、浅倉さんに是非って言っていただけたので」
「そうなんですよー!久々に代田くんとも飲みたいなって!」
相変わらず愛想はなくボソボソと喋る代田。それでも誰に対しても明るくにこやかな浅倉という男とはそれなりにうまくやっているらしい。
「代田さんってぇ、今彼女さんとかいるんですかぁ?」
酒の席はだんだんと盛り上がっていくと、仕事の話もしなくなっていく。とあるチームの女子社員が代田にそんな質問を投げかけていた。
代田が会社を辞めた後に入ってきた子だ。その声色は、狙っているのがすぐにわかるものだった。
(……あいつ、案外女にモテるんだな。まあ確かに、よく見りゃ地味だけど綺麗な顔立ちではあるか)
川谷は様子を見ながらそんなことを考えた。
「……い、今は、居ないですけど……」
「へえ~、そうなんですね。寂しかったりしないですかぁ?」
「あ、え……その…………」
代田も少し酒が入っているからなのか、いつも以上に口が回らず、込み入った質問にうまく受け答えができない。
川谷はそのハッキリとしない代田の様子にイライラしつつも、見兼ねて助け舟を出す。
「こらこら、代田くん困ってるから。そういうのは、答えにくい場合もあるでしょ」
「はぁい。そうですよね、ごめんなさい」
「……あ、いえ……」
川谷が割って入ると、女子社員も少し残念そうにしながらも素直に引っ込んだ。代田は相変わらずよく感情の読めない顔で俯き気味になっていた。
それから特に会話もなかったが、川谷は心のどこかで代田の『今は居ない』という言葉がひっかかっていた。
当たり前ではあるかもしれないが、こんなおどおどした何を考えているのかよくわからない奴にも恋人がいたりするんだな。そんなふうに考えてしまった。こういう奴と付き合うのは、いったいどんな奴なんだろうか。
飲み会もお開きになり、各々挨拶も済ませて解散の流れになった。川谷もさて帰ろうとしたところで、代田に呼び掛けられたのだった。
「あ、あの……っ、かわたにさん」
「おお、代田くん。今日は来てくれてありがとうね」
川谷は無難に元先輩らしい態度を取る。
「……その、さっきはありがとうございました」
「さっき?……ああ、あれか」
代田は普段よりも少し頬が赤く、目つきがとろんとしているしいつも以上に喋りがたどたどしい。そんな酔っている状態でも、助けてくれた川谷にきちんとお礼を言わなければと頑張って話し掛けたのだった。
「ちょっと……答えにくかったので……すごく助かりました」
「あんなの、気にしなくていいよ。真面目に答えようとしないで、適当に誤魔化したらいいのに」
「………たしかに」
「…っ、あはは!思いつきもしなかったって顔」
「わ、わらわないでください」
あんな簡単な駆け引きや適当な嘘さえつけなくて、本当にどんな女と付き合ってきたのだろうと川谷は思ってしまった。けれど確かに、不器用なところは可愛らしいとも言えるのか。そんなふうに感じた。
そんなことを珍しく考えてしまったからか、普段であれば川谷もそのまま会話を切り上げて変えるところが、少し興味に負けて踏み込んだことを聞いてしまったのだ。それじゃあ、あの言い寄っていた女の子とやってることは同じだ。
「答えにくいってことは、もしかして別れたばっかりとか?もしくは相手が男とか」
「…………はい、そうです」
「……え」
川谷は、まともな返事が返ってくるとは思っていなかった。けれど、そうだ、そういえば誤魔化すとかそういうのができないって話をしてたんだったと我に帰る。
いや、誤魔化せよって話を今したんだから、誤魔化せよ。そうも思ったが、本当にそういうことがうまくできないらしい。
「………重いって…言われて、少し前にふられたばかりで………ずっと、ひきずってて」
「…そう、だったんだ」
話すほどにギャップのある男だ。こんな何事にも興味がなさそうな顔をしておいて、別れる原因になるほど重く人を好きになるのか。
そんな男がふと寂しそうな表情を隠さずにいるものだから、酔ってピンクに染まった頬も潤んだ小さな瞳も、つい色っぽく感じてしまった。
「……すみません…こんなこと……おれ、誰にも話すことあまりなくって…………かわたに、さん……?」
それからのことは、よく覚えていない。何せ川谷だって酔っていたのだ。
酒の勢いで行動するなんて、俺もまだまだ若いな、なんて人ごとのように思った。
……要するに、ムラッとしたのだ。あろうことか、あの無愛想で可愛げのない代田律貴の、弱く寂しげな一面に。
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