8 / 8
8話
しおりを挟む
誰も居なくなったスタッフルームの壁に追い詰められ、逃げ場を無くしてしまった。
敏之は、目の前で嬉しそうに笑いながら迫り来る憧れの人を怯えた様に見上げながら、何故こんな状況になってしまったのだろうかと必死に考える。
もう嬉しいのか怖いのか、それさえもわからない。
ただ、嫌じゃない。もっと触れていたい。
それだけは確かで、そしてそれが全てであるような気もしていた。
「あの、ちょっと待って下さ……」
「だぁめ、待たない」
「……っん、ぅ」
唇に柔らかい感覚が触れると同時に、混乱し続けている頭の中がしびれる。
忍び込んでくる舌の熱さに、それ以上思考を巡らせる余裕はなくなってしまった。
ぎゅっと瞳を閉じてしまった敏之に気をよくしたのか、そのまま腰に回された手にぐっと引き寄せられ、身体を包み込まれる。
どこもかしこも密着した身体は、火を噴いてしまいそうな程熱くて、何よりも目の前のこの人に求められている事実が嬉しくて、敏之はもうこれ以上逃げる事は不可能だと知った。
十分に熱を絡ませ合った後、離れる瞬間に唇から糸を引く繋がった証が、やけに艶めかしくて恥ずかしい。
満足に呼吸が出来なくなっていた敏之は、荒く呼吸を整えながら、解放された安堵感よりもまたすぐに触れて欲しくなっている、飢餓感に驚く。
同意なんてしていないはずだったのに、許可を取ってくれた様でいて、ほぼ無理矢理だったと言っても過言ではないはずなのに、二度キスをされただけで、離れたくないという気持ちにさせられている。
憧れは、簡単に「好き」に変換されてしまうから、厄介だ。
ほんの数分前までは、そんな対象ではなかった。
考えられるはずもない相手だったはずなのに、もうその優しい笑顔が自分だけのものいなる事を、望んでしまっている。
「敏之くん? ごめんね、苦しかった?」
「大丈夫、です」
「僕の事、嫌いになっちゃったかな」
「違います」
「じゃあどうして、そんな苦い顔してるの?」
「自分の単純さに、呆れてるというか……チョロすぎじゃないかっていうか……。俺の問題であって、隆宏さんのせいじゃないです」
「それってもしかして、期待して良いって事かな?」
俯いてしまう前に、両頬が捕らえられる。
真っ直ぐに向けられる笑顔は、きっと敏之だけのものじゃないと、頭の何処かではわかっているのに、冷静になりきれない。
このまま、悪い大人に引っかかってしまってはいけないと、大きな警鐘が鳴っているのにも気付いているのに、止まらない。
今この時、自分だけに向けられている笑顔を、手放したくない。
(あぁ本当に。人を好きになるのは一瞬で、どうしようもないんだな)
士朗と雪哉の二人に、負けず劣らずの急展開だ。
むしろ、相手が一筋縄ではないと理解しているにも関わらず、気持ちを止められない敏之の方が、重症かもしれない。
「…………はい」
もう、どうしていいかわからない。
降参するように、自分から隆宏の肩に顔を埋めるようにくっつくと、鼓膜を揺るがすチュッというリップ音が耳に触れた。
「ふふ。溺れる位、愛してあげる」
「お手柔らかに、お願いします……」
びくりと震えた敏之の身体をぎゅっと抱き込んで、内緒話をする様に告げられた、この後を伺う甘くて妖艶な言葉に、敏之の身体は更に跳ねた。
それでも、逆らえない気持ちに背中を押されるようにしてゆっくりと頷くと、苦しい位に隆宏の腕が敏之を抱きしめる。
それはまるで、狡猾な鷹に狙われた哀れな小鳥が、捕われた瞬間の様だった。
END
敏之は、目の前で嬉しそうに笑いながら迫り来る憧れの人を怯えた様に見上げながら、何故こんな状況になってしまったのだろうかと必死に考える。
もう嬉しいのか怖いのか、それさえもわからない。
ただ、嫌じゃない。もっと触れていたい。
それだけは確かで、そしてそれが全てであるような気もしていた。
「あの、ちょっと待って下さ……」
「だぁめ、待たない」
「……っん、ぅ」
唇に柔らかい感覚が触れると同時に、混乱し続けている頭の中がしびれる。
忍び込んでくる舌の熱さに、それ以上思考を巡らせる余裕はなくなってしまった。
ぎゅっと瞳を閉じてしまった敏之に気をよくしたのか、そのまま腰に回された手にぐっと引き寄せられ、身体を包み込まれる。
どこもかしこも密着した身体は、火を噴いてしまいそうな程熱くて、何よりも目の前のこの人に求められている事実が嬉しくて、敏之はもうこれ以上逃げる事は不可能だと知った。
十分に熱を絡ませ合った後、離れる瞬間に唇から糸を引く繋がった証が、やけに艶めかしくて恥ずかしい。
満足に呼吸が出来なくなっていた敏之は、荒く呼吸を整えながら、解放された安堵感よりもまたすぐに触れて欲しくなっている、飢餓感に驚く。
同意なんてしていないはずだったのに、許可を取ってくれた様でいて、ほぼ無理矢理だったと言っても過言ではないはずなのに、二度キスをされただけで、離れたくないという気持ちにさせられている。
憧れは、簡単に「好き」に変換されてしまうから、厄介だ。
ほんの数分前までは、そんな対象ではなかった。
考えられるはずもない相手だったはずなのに、もうその優しい笑顔が自分だけのものいなる事を、望んでしまっている。
「敏之くん? ごめんね、苦しかった?」
「大丈夫、です」
「僕の事、嫌いになっちゃったかな」
「違います」
「じゃあどうして、そんな苦い顔してるの?」
「自分の単純さに、呆れてるというか……チョロすぎじゃないかっていうか……。俺の問題であって、隆宏さんのせいじゃないです」
「それってもしかして、期待して良いって事かな?」
俯いてしまう前に、両頬が捕らえられる。
真っ直ぐに向けられる笑顔は、きっと敏之だけのものじゃないと、頭の何処かではわかっているのに、冷静になりきれない。
このまま、悪い大人に引っかかってしまってはいけないと、大きな警鐘が鳴っているのにも気付いているのに、止まらない。
今この時、自分だけに向けられている笑顔を、手放したくない。
(あぁ本当に。人を好きになるのは一瞬で、どうしようもないんだな)
士朗と雪哉の二人に、負けず劣らずの急展開だ。
むしろ、相手が一筋縄ではないと理解しているにも関わらず、気持ちを止められない敏之の方が、重症かもしれない。
「…………はい」
もう、どうしていいかわからない。
降参するように、自分から隆宏の肩に顔を埋めるようにくっつくと、鼓膜を揺るがすチュッというリップ音が耳に触れた。
「ふふ。溺れる位、愛してあげる」
「お手柔らかに、お願いします……」
びくりと震えた敏之の身体をぎゅっと抱き込んで、内緒話をする様に告げられた、この後を伺う甘くて妖艶な言葉に、敏之の身体は更に跳ねた。
それでも、逆らえない気持ちに背中を押されるようにしてゆっくりと頷くと、苦しい位に隆宏の腕が敏之を抱きしめる。
それはまるで、狡猾な鷹に狙われた哀れな小鳥が、捕われた瞬間の様だった。
END
0
お気に入りに追加
48
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうも俺の新生活が始まるらしい
氷魚彰人
BL
恋人と別れ、酔い潰れた俺。
翌朝目を覚ますと知らない部屋に居て……。
え? 誰この美中年!?
金持ち美中年×社会人青年
某サイトのコンテスト用に書いた話です
文字数縛りがあったので、エロはないです
ごめんなさい
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
突然現れたアイドルを家に匿うことになりました
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
「俺を匿ってくれ」と平凡な日向の前に突然現れた人気アイドル凪沢優貴。そこから凪沢と二人で日向のマンションに暮らすことになる。凪沢は日向に好意を抱いているようで——。
凪沢優貴(20)人気アイドル。
日向影虎(20)平凡。工場作業員。
高埜(21)日向の同僚。
久遠(22)凪沢主演の映画の共演者。
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる