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第25話 大切な人

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 (写真部の部室にて)
 放課後に海斗達は写真部部室に居た。松本蓮は修学旅行で撮った大量の写真データをパソコンに読み込ませ、写真の整理をしていたのだ。海斗は松本蓮の隣でパソコンの画面を眺めていた。

 相変わらず鎌倉美月は女子部員とガールズトークをしていた。女子の声は廊下にまで聞こえる程、盛り上がっていた。どうやら野球部のエースとマネージャーが破局したらしい。

 しばらくすると鎌倉美月は、松本蓮と一緒に笑う女の子の声を耳にした。鎌倉美月は振り向くと、写真を見ながら笑う佐藤美優の姿が有った。海斗達は風呂場で倒れた京野颯太の話で盛り上がっていたのだ。

 鎌倉美月は聞き耳を立てて様子をうかがった。海斗達と殆ど一緒に行動していたのに、知らない話をしていたのだ。鎌倉美月の心に動揺が走った。我慢しても心のザワザワが止まらないのだ。そして遂に鎌倉美月は行動に出てしまった。

 鎌倉美月は佐藤美優に歩み寄り、腕を組んだ。
「ねえ佐藤さん、ここは写真部の部室で貴重品が多いから、部外者は入れない事になっているのよ」
 松本蓮は軽く答えた。
「ああ、ごめんね。少しの間だったし俺も海斗も居るし、いいかな~って思って」
「規則なんだから、出て行ってよ」
 すっかり部室はヘンな空気になった。松本蓮は言い返した。
「いいじゃん、そんなきつい言い方をしなくたって。女子だって写真部らしい事をしないで、喋っているだけじゃん!」
「ルールはルールよ! 海斗も分かっているんだから、部外者を入れさせないでよ!」
 強引な態度をする鎌倉美月に海斗も驚いた。すると松本蓮は我慢が出来なかった。
「じゃあいいよ! 出ていけば、いいんだろ!」

 松本蓮はパソコンを海斗に頼み、佐藤美優と部室を出て行った。とうとう松本蓮は鎌倉美月のそばから離れて行ったのだ。残された鎌倉美月は泣き出した。女子部員は白い目で海斗をにらみ付けた。
 森幸乃は海斗を廊下に連れ出した。
「伏見君、いくら幼馴染だってダメだよ。近すぎて分からないのかな。女の子は皆、気付いているよ、まったく鈍感なんだから。今日は帰った方がいいよ!」
「ごめん森さん、それじゃあ帰るよ。美月のこと宜しく頼むね」
 海斗はパソコンの電源を落とし帰る事にした。

 一方の松本蓮は佐藤美優を誘い、喫茶「純」に居た。二人は珍しくカウンターに座わりホットコーヒーを二つ注文した。カウンターは主に相談者が座る習慣があるのだ。
「松本君、ごめんなさい。あんなに鎌倉さんが怒ると思わなかったの」
「いいんだよ、あいつ最近、変なんだ」
「ねえ、ココって、クレーマー事件の店?」
「えっ、何で佐藤さんが知っているの?」
「学園で知らない人なんか、いないと思うよ。松本君が殴られた店でしょ」
「酷いなあ、まあ、そうなんだけどね」
マスターは密かに笑った。

「私、来てみたかったの、このお店。常連の生徒が行く感じがして、入りにくかったのよ」
「そんな事ないよ、今度は友達を誘って来てね」
「今ココに松本君と二人で居るって不思議、今度は橋本さんと二人で来ようかな」

 マスターは松本蓮に声をかけた。
「うちの店も有名になっちゃったね松本君、今日はいつもの仲間と違う様だね」
 松本蓮は困った顔をした。
「この子は同じクラスの佐藤さん。写真の撮り方やカメラの事が知りたいって言うから、相談にのっていたら美月のやつ、当たり散らして来たんだよ。だから今、写真部から出て来たんだ」
 佐藤美優も続いた。
「私、恥ずかしいけどBLが好きなの。だから写真部の松本君にカメラの事、写真の撮り方を、教えて貰いたかったのに、ごちゃごちゃになちゃって……」
マスターはうなずいた。

 佐藤美優は自分が撮影した写真をスマホから見せた。マスターと松本蓮はスマホの画面をのぞき込んだ。マスターは感想を話し掛けた。
「おー、良く撮れているね。ホントに男の子達ばかりだね~」
「へ~、俺も海斗も写っているんだ。これだけ撮っていれば、嫌でも写真に興味を持つのも分かるよ」
 すると海斗が入って来た。
「なんか、蓮が出て行って、ヘンな空気になっちゃってさあ、森さんが今は帰った方が良いって言うから俺も出て来ちゃったよ。ここに居ると思って来てみたんだ。マスター、俺もホット」

 マスターはコーヒーを入れながら話しかけた。
「松本君には、心当たりは無いのかい?」
「まったく無いよ。悪い事もしてないし、写真の好きな人に取り方を教えているだけだし、佐藤さんの撮影動機はともあれ、美月よりよっぽど写真部に向いていると思うよ」
 マスターは一呼吸置いて、優しく話し掛けた。
「松本君は鎌倉さんの事、どう思っているのかな?」
「小さい頃から一緒にいて、一緒に遊んだ幼なじみだよ。海斗と俺たち三人は仲の良い親友なんだ。写真を教えたぐらいで……。そうか! 美月、家で何か有ったのかな?」
 海斗は答えた。
「それが家で何か有ったとは、他の女子からも聞いて無いんだ。俺も考えて見たんだけど、もしかして、あれじゃない? この間の動物園で、風のいたずらでパンツが見えちゃったじゃん。あれを怒っているんだよ!」
 松本蓮もピンときた。
「それだよ海斗! 原因が解って良かったよな。じゃあ、今度は俺達もパンツを見せるか!」
「それでイーブンだね。蓮、恥ずかしいけどパンツ見せるよ。新しいパンツ下ろそうかな、でもどこで見せる?」
 佐藤美優は笑った。
「ププ、男の子って鈍感ね。私だって、そんなつもりじゃ無いのにね」

 海斗は思った。「鈍感?」度々出てきたような? なんで鈍感なんだ。
 マスターは優しく答えた。
「は、は、は、パンツなんか見せても解決しないよ」
 マスターは松本蓮に耳打ちをした。
「鎌倉さんは松本君の事が好きなんだよ。松本君は分かっていたかな? 解って行動出来たかな?」

 松本蓮は一瞬で真っ赤になった。海斗は不思議な顔をした。
「マスター、蓮に何を言ったの?」
「は、は、は、秘密だよ」
 マスターは目線を外し微笑んだ。

 松本蓮はしばらく動けなかった。過去に遡り美月と交わした言葉と行為の歯車が、一つ一つ噛み合ってくる事を感じた。
 マスターは松本蓮に言った。
「解決をするには、どちらにしても向き合わないとダメだよ。よーく考えて答えを見付け出してね」
松本蓮はゆっくりとうなずいた。

 その日の夜、松本蓮は海斗にマスターから聞いた事を電話で打ち明けたのだ。海斗はようやく鈍感の意味を理解した。自分の行動を反省したのだ。海斗は幼馴染の二人を見守る事を決めた。

 (翌日の教室にて)
 今朝の美月は腫れぼったい顔をしていた。松本蓮は彼女の表情も見ずに言った。
「昼休みに大事な話が有るから、写真部の部室に来てよ」
「うん、わかった。でも海斗も来てよ。暇でしょ?」
鎌倉美月は心細かった。そばに居た海斗も立ち会う事になった。

 (昼休みの写真部にて)
 松本蓮は部長から部室の鍵を預かり、昼休みに開けて待っていた。すると鎌倉美月と海斗が部室にやってきた。

 松本蓮は鎌倉美月の正面に立ち、ゆっくりと話した。
「ごめん美月、美月の気持ちが分からなくて、美月と海斗と俺は小さい頃からいつも一緒にいて、仲の良い兄妹みたいに思っていた。今も仲の良い親友だよな」
 鎌倉美月は鼻をすすり始めた。三人の関係が終わる事を察していた。
 松本蓮は続けた。
「三人で勉強したり、遊んだり、笑ったりして、過ごす時間はとっても楽しかった。だから気が付かなかったんだ。最近、美月は俺とよく衝突するけど、俺の事が嫌いか?」
 鎌倉美月は、ゆっくり首を横に振った。
松本蓮は深く頭を下げた。

時が止まった……

 鎌倉美月は泣き出しながら震えていた。部室の空気は張り詰めて、鼻をすする音だけが響いた。
松本蓮は右手を鎌倉美月に差し出し、声を張った。
「俺、最近嫌われているのかと思ったよ。でもね、美月の笑った顔が好きだよ。いつも俺の事を気にしてくれるしさ。美月の気持ちが分からなくてごめんね。だから、だから俺から大事な事を言うよ。……あ、俺の彼女になって下さい」

 鎌倉美月は泣きながら微笑んだ。
「うん、彼女になってあげる。蓮に当たって、ごめんね」
 三人の中で止まった時間が再び動き出した。二人は手を取り合った。

 すると廊下から歓声が聞こえた。
「キャー!」
 海斗は廊下を見ると、小野梨沙、中山美咲、林莉子が喜んでいた。
 松本蓮は急に恥ずかしくなり我に帰った。
「えー!? もー、見世物じゃないんだからなー!」

 彼女達は鎌倉美月を囲み泣いていた。小野梨紗は声を震わせた。
「感動したわ、プロポーズっていいね」
「私はもっと前から気が付いていたけどね。ねえ、美咲」
「そうだよね莉子、修学旅行の時に話をしていたのよね。鈍感な伏見君は、いつ頃分かったのかしら」

 海斗は内緒の事だったのに、皆が揃い教室に居るかのような錯覚を覚えた。
「……な、なんで皆、ここに居るの? 三人だけの、はずだったのに」
 林莉子は笑いながら答えた。
「バ、バカね。教室であんな事を言ったら、感の良い人なら分るわよ! 前に教室で遊園地に誘った誰かさんと同じだよね、やっぱり似た物同士ねー」
皆は微笑んだ。小野梨紗は鎌倉美月に話しかけた。
「鎌倉さん、良かったね。いつから松本君の事が好きだったの?」
 皆の視線は鎌倉美月に集った。
「え~と、え~と、……内緒! 」
 鎌倉美月は、長い片思いだった事が言えなかった。
「えー!」
 皆はがっかりすると、中山美咲は時計を見た。
「もう五時限目、始まるよ」
皆は慌てて教室に戻るのであった。
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