Close to you 可愛い女の子達は海斗を求めた

第3話 喫茶「純」

　放課後、海斗は松本蓮と鎌倉美月を連れて、行き付けの喫茶店、喫茶「純」に向かった。この喫茶店は元町商店街に有り、経営するマスターは同じく横浜山手総合学園の卒業生だった。生徒から親しみ易く、人望の有るマスターが生徒達のお悩み相談までしてくれるのだ。喧嘩した友人との仲直りの仕方や、進路相談、そして恋の相談まで多種多様なのだ。また場所柄、他校の生徒にも多く利用され、情報交換の場にもなっていた。生徒は思い思いの時間を過ごしていた。

　海斗達は席に着き、ホットコーヒーを注文した。
「あっそうだ！　葵はうまくやっているかな？」
　海斗は葵の心配をしていた。松本蓮も思い出した。
「今朝、海斗が一緒に来た、あの中等部の親戚の子？」
「うん、引っ越して来たばかりだからね」
　鎌倉美月も続いた。
「ねえ海斗、朝はよく聞けなかったから、ちゃんと聞かせてくれないかな？」
　海斗は二人の顔を真剣に見つめた。口止めをして、幼馴染の二人だけに家の事情を話したのだ。
　松本蓮は事実を聞いて驚いた。
「えー！　海斗それじゃあ、あんな可愛い子と、あの家で一緒に住んでいるの？！　それはダメだよ～、同棲じゃん！　葵ちゃんとお風呂に入ったり、同じベッドで寝たり、あっ、間違えちゃったとか言って、葵ちゃんの下着を付けたりするんでしょう？！」

　海斗は松本蓮の頬をつねって否定をした。
「そんな事、するか！　どの口が言うんだ！　どれだけ妄想しているんだよ！」
　鎌倉美月も呆れた顔をした。
「そうよ、そんな事、考えるのは蓮だけだよ、バカみたいね！」
　松本蓮はごまかした。
「冗談だよ！　ジョーク、ジョーク」

　鎌倉美月の表情が曇った。
「でもね、他人が一つ屋根の下かー。妹とは言え他人だからね～、間違いが無いとは言えないわよね。もし海斗にその気が無くても葵ちゃんがその気になったら、ちゃんと止められるの？　そこがひっかかるなあ」
　海斗はクラスメイトの、中山美咲に片思いをしていた。急に現れた女の子には興味は無かったのだ。
「妹だよ。無い無い！　そんな事ないよ」

　すると突然、端のテーブルにいた男性客が、大きな声を上げた。
「わっ、なんだこりゃ！　おいおい、この店は客に虫を食わせるのか！」
　ウェイトレスは、ビックリして客の皿を覗いた。サンドイッチの下にゴキブリが入っていたのだ。ウェイトレスは頭を下げて誤った。
「お客様、大変申し訳有りませんでした。直ちに作り直します」

　すると男性はテーブルの上にあった、コップの水をウェイトレスにぶちかけた。
「舐めた真似をするのは止めろよ！　お前の態度でとっても気分が悪くなった」
　男性客は益々、態度が大きくなった。マスターは慌てて男性に歩み寄った。
「失礼致しました。直ぐに新しいものを作りします。お代も頂きませんから、勘弁して下さい」

　男性客は立ち上がりマスターの耳元でお金を要求していた。海斗達からは遠くて声は聞こえなくても、指でお金のマークをつくり指を三本立てたのだ。

　男性は大声で言った。
「周りに内緒にするからさあ、それでいいだろ」

　すると割って入る声がした。
「マスター、私、見ていたよ！　あのおじさん、小さな黒いフィルムケースから何かをお皿に出していたよ！　証拠に左のポケットに黒いフィルムケースが入っているから調べて見てよ！」　
　鎌倉美月が見ていたのだ。松本蓮は男性客に歩み寄り、左のポケットに手を伸ばした。
「ドンッ！」
　鈍い音が聞こえた。松本蓮は腹を殴られ、その場にうずくまった。

「余計な事をするなよ！　学生は勉強だけしていれば、いいんだよ！ 」
　海斗が駆け寄り、男性客の右腕を力いっぱい掴んだ。
「おじさんが正しいなら、ポケットの中身を見せれば、いいじゃん！」
　海斗は男性客の表情を見抜いた。
「見せられないなら……、美月！　警察に電話だ！」
　鎌倉美月は慌てて自分のスマホから警察に電話を掛けた。男性は強引に海斗の手を振り払い、悔しそうに店を去って行った。学生が多かった店内から拍手が聞こえた。海斗はホッとして、崩れる様に椅子に座った。

　マスターは海斗の肩に手を置いた。
「皆、助けに来てくれて有難う。でもこんな危ない事はしてはいけないよ。何かあったら親御さんに説明が出来ないからね。……でも助かったよ。本当に有難う」
　マスターは心から感謝を伝えた。男性が居た席にはカバンの忘れ物が有った。
　間もなく警察が来て現場検証が始まった。喫茶「純」の前にはパトカーが止まり、お店は臨時休業となった。海斗達は大げさになった事に気付かされた。

　（海斗の自宅にて）
　海斗は事情聴取が終わり帰宅した。葵はうるんだ瞳で玄関に駆け付けた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん大丈夫だったの？　とっても心配したんだよ」
　海斗は校外のことだから知られるはずが無いと思っていたのだが、この手の話は光の如く伝わるのが早かった。

　葵はスマホの画面を見せた。
「喫茶「純」にて、伏見海斗とその仲間が、男性客と喧嘩をして負傷した。喧嘩をした学生は山手警察署に補導されたもよう」

　葵は学園の裏サイトで話題になっている事を伝えた。
「お兄ちゃん、無事に帰って来てくれて良かった。怪我していない？」
　海斗は心配している葵に笑い飛ばした。
「ハッハッ！　それ面白いね。フェイクニュースだよ。しかし困ったもんだね、こんな嘘で有名人かー。中等部までね……。なんで俺だけ実名なんだよ？！　警察沙汰は本当だけど、事実とは違うよ。お兄ちゃん達が喫茶店に来た、クレーマーの逮捕に協力しただけなんだ。感謝される話だから心配しないでね」
　海斗は心配する葵の頭を撫でた。葵はうなずき頬を赤くした。

　海斗は廊下を進みリビングに入ると、キッチンで明子が夕食を作っていた。
「お帰り海斗さん、もうすぐ食事になるから、良かったら先にお風呂に入ってきてね」
「それから大きめの洗濯かごに変えておいたから、そこに洗濯物を入れてね」
「ありがとう、お、……お母さん」

　海斗は、あこがれていた日常の会話が出来て、ちょっぴり照れた。母親の居ない時間が長かった為、世話を焼いてくれる母親の存在に幸せを感じたのだ。海斗は部屋に荷物を置き、脱衣室に向かった。

　脱衣室に入ると海斗は気が付いた。やっぱり違う、いつもは寒々しい脱衣室だったけど、温かくて良い香りがする。

「ムム？　」

　葵さんが先に入っていたのかな？　海斗は服を脱ぎ洗濯かごに入れた。
　なに、何、な～に、今、何か見ちゃった。そっかー、俺の服の下には葵ちゃんの……。ちょっと見ちゃおうかな。いかん、いかん。これじゃあ、蓮の妄想みたいじゃないか！　それはまずいだろ……でもちょっとだけなら……。
　海斗の服に隠れた洗濯物に、手を伸ばしたり引いたりを繰り返した。葛藤する事、二〇分が経過した。既に変態なのだ。

　（リビングにて）
　明子はソファーに座っている葵に声を掛けた。
「葵、もう少しで、ご飯が出来るから海斗さんに声をかけてきてー」
「はーい」
　葵は脱衣室に向かった。まだ浴室に居ると思った葵はノックもせずに、脱衣室のドアを開けた。