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第2話 女難の相の始まり

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 伏見海斗と伏見葵が通う横浜山手総合学園は進学を目指す普通科の他に、横浜港で働く社会人を育成する港湾課がある。JR石川町駅から徒歩二〇分。横浜港を一望できる小高い山の上に有り、周辺には女子校が点在した。最寄りの石川町駅は、日本一女子生徒が利用する駅として有名な駅なのだ。

 海斗は葵を連れて学校へ向かった。海斗の後ろを黙って歩く葵に、速度を落とし隣に並んだ。
「ねえ葵さん、いつも朝食有り難う。料理上手なんだね」
「う、うん、私、料理を作の、好きだよ。でも朝は忙しいから手伝える時だけだよ」
「それと……未だ恥ずかしいかも知れないけど、俺の事、お兄ちゃんって呼んで欲しいな。呼んでくれると嬉しいな。まだ、心の整理がつかないと思うけど、良い兄妹になれると思うんだ」
「うん、いいよ、海斗さん……あっ違った! お兄ちゃん、お、お兄ちゃんさんは、昔から横浜にお住まいですか?」
「お兄ちゃんさんは、可笑しいよ。お兄ちゃんにしてよ。そうだね、お爺ちゃんの代から横浜に住んでいるって、お父さんから聞いたよ。葵さんは、千葉の船橋に居たんだよね」
「うん、……ねえ、お兄ちゃん、私、新しい学校でうまくやっていけるかな? 横浜の環境に慣れるかな? お父さんと、お兄ちゃんと仲良くなれるかな?」
葵は心配そうな顔をして海斗を見つめた。
 海斗は元気よく答えた。
「大丈夫だよ、きっと上手くいくよ! 沢山心配があっても同じ学校だしね。お兄ちゃんが守ってあげるよ。心細い時は言ってね。頼よれるお兄ちゃんになるからね!」

 葵は家庭環境が変わった上に、学校まで変わり友達がいなくなった。心配な事だらけで、押しつぶされそうだった。しかし海斗の言葉に救われた。

 葵は顔を上げ微笑んだ。
「はい、お兄ちゃん、頼りにします」
 海斗は葵の素直な返事に照れた。
「葵さん、俺は葵ちゃんって呼んでもいいかな? や、やっぱ葵さんかな?」
「葵でいいよ。お母さんからも、そう呼ばれているしね。呼び捨てでいいよ。お兄ちゃんだからね、家族だもんね」

 葵は小さい頃から兄弟が欲しかったのだ。中でも兄に憧れがあったのだ。
「前の学校は、部活に入っていたの?」
「美術部だよ。絵描くのが好きなの。絵を描いている時って無心になれていいの」
「そうなんだ、俺は写真部に入っているんだ。あまり興味は無かったけどね。幼馴染みの親友が写真好きでね、つられて入っちゃった。ねえ葵は新しい学校でも美術部に入るの?」
「えっ、この学校にも美術部が有るの?」
「有るよ、美術部! 部活に入れば友達作りも早いかもね」
「うん! 入ろうかな」
 二人はお互いを意識しながら、心の距離を縮めていくのであった。

 学校に到着すると、海斗は葵を中等部の入口まで送り教室に向かった。海斗は高等部普通科2年B組の教室に入ると、松本蓮が声を掛けてきた。
「なあ海斗、あの子、誰なの? あの一緒に歩いていた可愛い女の子だよ!」
 松本蓮は教室の窓から、校門を眺めていたのだ。彼は幼稚園からの親友である。海斗に彼女がいない事も、回りに女の子の存在がいない事も知っていた。
 すると鎌倉美月が会話に加わった。
「ねえ海斗、彼女出来たのー? いつから付き合っていたの? 私、全然知らなかった!」

 海斗は友達に、親が再婚した話はしたくなかった。ましてや、いきなり家庭の事を聞かれるとも思ってもいなかったのだ。鎌倉美月も幼稚園からの親友だ。小さい頃から三人は仲良く遊んでいたので、海斗の変化に土足で踏み入り海斗の心を踏み散らかしたのだ。

 海斗は目をそらし、二人に慣れない嘘を付いた。
「ち、違うよ、あの子は親戚の子で……しばらくの間、ウチで預かる事になった、だけだよ!」
 鎌倉美月は目を細めた。
「ふ~ん、私学に転校までして、しばらくの間、預かるの? 海斗、手を見せて!」

 海斗の態度が可笑しいと思った鎌倉美月は、腕を引っ張り手相を眺めた。

「ふ~ん、あっ! ダメだよ、この線! 女難の相が出ているわ! ねえ見て、これが女難の相よ、解る? 何か不吉ね。あの子のせいかしら?」

 鎌倉美月は手相占いが得意で、さらに霊感が強く、見えないものまで見えてしまうのだ。故に、彼女の発言は決して侮ってはいけないのだ。

「幼馴染だから言うけど。この線は気を付けないといけないのよ。女性が原因で精神的にも肉体的にも、または金銭的にも苦労するのよ。本当に悩まされる相なんだから」

 海斗は幸せな生活に実感を覚えたばかりなので、鎌倉美月の言う事を鵜呑みには出来なかった。

 すると、教室にチャイムが響いた。担任の長谷川桃子先生が入って来ると、生徒達をぐるりと見回した。
「おはよう、今日も揃っているね! 朝晩は未だ肌寒く体調を崩す者が多いいから、体調管理に尽すようにして下さい。皆さん風邪をひいていませんか? 遅くまでテレビを見たり、ゲームをしては、いけませんよ」
 長谷川先生は優しく、時に熱血で生徒に向き合う人気の先生だった。
「引き続き転校生を紹介します。入って来て下さい!」

 ドアがゆっくりと開き、少女が入って来た。金色のロンググヘアーにキラキラと輝く青い瞳、お人形さんのような少女だった。教室の男子はどよめいた。更に女子まで歓声を上げる程の美少女だった。

 長谷川先生は、両手を大きく叩いた。
「おーい、いいですかー! 皆さん、静かにして下さい。彼女は以前ニューヨークに住んでいて、お父さんの転勤の都合で本校に転校して来ました。それでは小野さん、自己紹介をお願いします」
 歓声を上げた生徒達は、テレビのボリュームを下げる様に静かになった。

 転校生はお辞儀をして、自己紹介を始めた。
「ハロー、エブリワン! 私の名前は小野梨沙と申します。梨沙と言う名前は、梨の白い花から取り、花言葉は「愛情」とされ、周りの人から愛されるようにと、また、Lisaと書けば世界でも読める名前を父が付けてくれました……」
 彼女は黒板を使い帰国子女は違うと思わせるような自己紹介をした。紹介を終えると、ある生徒を指さした。
「海斗、会いたかったよ! また、遊ぼうねー!」
 生徒の視線は転校生から海斗に移った。またまた教室がざわめいたのだ。

 海斗は、きょとんとして首を傾げた。あんな美人で青い目をした知り合いなんて、いないと思った。……あっ! 思い出した。お父さんの友人家族と、小学校低学年の頃、海や山に行きバーベキューをした家族の存在を。やんちゃで青い瞳の子と遊んだっけ。確か、あの家族、小野さんだ!

 長谷川先生は静かにさせる為に。机を叩いて教壇に注目させた。
「もう、いいですか、静かにしましょう! 伏見が知り合いなら丁度良かった。いろいろ教えてあげて下さいね。席も隣が空いているので、小野さんは伏見の隣に座って下さい」

 海斗はドキドキしていた。あのやんちゃな子が、こんな美人になったんだ。こんな美人が、そばに来るなんて。

 すると小野梨沙はゆっくりと歩き席に着いた。小野梨沙は海斗に微笑み掛けたが、海斗は緊張をして会釈しか出来なかった。

 休み時間に入り、小野梨沙の周りには女子生徒が群がっていた。海斗は席を立ち松本蓮に歩み寄った。
 松本蓮も席を立ち、突然海斗の頭にヘッドロックをして羨んだ。
「なんでお前だけが……羨ましい! いつの友達なんだ?!」
 鎌倉美月、中山美咲、林莉子も、海斗達に歩み寄った。
 林莉子は不審な目で海斗をに睨んだ。
「伏見君に、こんなに綺麗な友達が居るなんて知らなかったな~、あ~あ、いいのかな~」

 中山美咲は黙って様子を見ていた。海斗にも言い分が有った。
「俺だって、分からなかったよ! そんな昔の事。だいち忘れていたし。親同士の家族で遊んでいただけだよ。小さい頃の記憶なんて覚えている人の方が少ないでしょ」

 隣に居た鎌倉美月は、幼稚園の頃を思い出した。
「私は覚えているけどな……忘れるなんて海斗だけだよ!」
 中山美咲は責められる海斗をかばった。
「ねえねえ、伏見君が困っているよ。からかうのは止めようよ」

 海斗は中山美咲に嫌われないように必死だった。今まで築き上げた信用を、こんな不慮の事故のようなもので撃沈する訳にはいかなかったのだ。

 鎌倉美月は海斗に睨みつけた。
「私の占いは当たるのよー! それとも転校生の事かしら、気を付けるべし! 分かった?」

「止めてよ、止めて! 注意するよ」
海斗は、初めて女難の相を意識した。
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